5.作戦開始

[5-1]潜入作戦開始


 テレポートの魔法は本来、無属性の特殊魔法であるが、魔術の民と呼ばれる魔族ジェマであれば研鑚を積むことで使えるようになる。

 彼らは魔法との親和性が高い民であり、魔法に対する耐性も全般的に高い。


 その逆に、剣の民と呼ばれる人間族フェルヴァーは魔法の能力も、耐性も、六種族の中で一番低い。ギアほどの手練れになればそれを意志力で凌駕できるのだろうが、ラディンはまだその域に達していなかった。


 ――つまり、慣れないテレポートに酔った。


「お……成功したようだぜ!」


 湿気と生活臭とカビ臭さが混じった薄暗い空間。ぐるぐると回る視界を瞳を凝らして見据えつつ、ラディンは周囲を確認する。

 板張りの部屋、ギュウギュウと壁際に積み上げられた荷物。そして、身を寄せ合ってこちらを驚いたように見ている、たくさんの女性や子供たち。


「おいッ? 大丈夫かよ」


 ギアに背をバンバンと叩かれて、一瞬なにかが込み上げるのをなんとか我慢する。そこへシャーリーアが近づいてくると、ギアとの間に割って入った。


「大丈夫なわけないでしょう。あんな風にいきなり、移動魔法を掛けるなんて……。ああいうものは、呼吸を整え精神を集中させてから掛けるものなんです。多少なりとも耐性があったから良かったものの、小さな子供ならショック死しますよ」


 道理で、こんなに気分が悪いわけだ。


「とにかく早く塞いじゃいましょ、ココ。時間がもったいないわ」


 エリオーネも顔色が悪いが、やはりそこはプロである。シャーリーアはそれに頷くと、手に持っていたケースから何かを出してラディンの手に握らせた。


「これをどうぞ、ラディン」

「……?」

「酔い冷ましのタブレットです。乗り物用なので、少しマシになりますよ」

「……ありがと」


 彼は同じ物をエリオーネにも渡して、自分もそれを口に入れた。

 シャーリーアって口調はツンツンしているけど親切だよな、と思いつつ、ラディンも貰った錠剤を口に放り込んで、噛み砕く。柑橘系の酸味にミントの苦味が混じった味が口内に広がり、少し気分が良くなった気がした。


 その間にギアは状況確認を済ませたらしく、早速扉を塞ぎにかかっていた。それを手伝おうとルインが荷箱を押したり引いたりしていて、見兼ねたエリオーネが手伝いに向かう。


「あ、あのっ……あなたがたは」


 ラディンも手伝いに向かおうとしたところへ、若い女性に声をかけられた。

 不安そうに揺れる瞳を向けられて、どう説明したものかと思案していると、察したシャーリーアがそばまでやって来た。


「ご安心ください。僕らはあなた方を助けるように依頼された者です。今はまだ、皆さんをここから連れ出すことはできませんが、間もなく討伐隊が現れるはず。それまで海賊たちには、皆さんに指一本触れさせませんから」


 さっきまでの不機嫌はどこへやら。

 妖精族セイエスらしいさわやかな笑顔と優しげな口調に安心したように、女性はその場に座り込んでしまった。


「演技力は怪盗並みだわ」


 本人にとっては大いに不名誉であろう感想をエリオーネが呟いたが、シャーリーアは聞こえていないのか聞き流したのか意に介さず、人質の女性たちと会話を続けている。


「ところで、囚われている人質の方はここにおられる皆さんで全員でしょうか」

「……いいえ」

「といいますと、他の部屋にも囚われている人がいる、ということですね?」


 シャーリーアは冷静に受け答えをしているが、どうやら悪い方の予想が当たってしまったようだ。

 ギアは一瞬手を止めてそのやり取りを見つめていたが、すぐに作業を再開した。ラディンも慌てて倣う。どちらにしても無駄にできる時間はない。


「はじめは、わたしたち皆ここに入れられていたんだけど、ほんの少し前にローブ姿の魔族ジェマの人が来て、歌姫のオルファと、獣人族ナーウェアの坊やを連れて行ったのよ」

「なるほど。……ローブ姿というと、海賊らしくはないですね」

「たぶんその人、オルファさんをテレポートで攫ったひとじゃないかな?」


 ルインの口添えにシャーリーアが首を傾げる。そういえば彼は、昨日の件についてまだ知らないんだった。かといって今ゆっくり説明している時間もない。

 そうこうしているうちに急ごしらえのバリケードが完成し、ギアとエリオーネも会話に加わった。


「あたしが行く?」

「いや、入り口以外の隙間から入って来られた時に察知できないのは怖い。……そうだな」


 ブラウンの目が、シャーリーアを見た。

 ギアの表情を見て彼は察したのだろう、顔色がさっと青ざめる。


「僕ですか!?」

「ああ、頼むぜシャーリィ」

「急に馴れ馴れしくして誤魔化さないでください! 僕は盗賊じゃないんですよ?」

「大丈夫だ。おまえの演技力なら、海賊に白を黒って思い込ませるのだって不可能じゃない」


 ギアは何を言ってるのだろう。

 ラディンはいつもの癖でつい、ルインと顔を見合わせる。エリオーネが肩をすくめた。


「なにそれ」

「それは、さっきの仕返しですか」


 苛々と反論をかぶせるシャーリーアにギアはずいっと近づき、なんだか楽しげに口角を上げた。


「そういう訳じゃねぇが。ほら、何だ。この中で一番戦力にならなくて一番演技力がある奴と言えば、な?」

「僕の危険はどうなるんです?」


 褒めてるのか貶してるのか、どっちだかわからない。

 シャーリーアにしてみれば降って湧いた無茶振りなのだろうけど、ギアの口調はもう決めたとでも言わんばかりだ。


「シャーリィ。おまえ、光の魔法は使えるか?」

「……えぇ」


 質問の意図が分からず怪訝そうにシャーリーアが答えれば。

 ギアが笑顔で彼の肩をバシッと叩く。悪戯っ子のようにブラウンの目を輝かせて、嬉しそうに。


「それでいけるだろ。海賊にすれ違ったら【隠伏カメレオン】の呪文でやり過ごせばいい。作戦通りならすぐに討伐軍が動き出す。そんな中、魔法で隠れてる奴がいるなんて誰も考えやしないさ。おまえは頭が切れそうだから、大丈夫だよ」

「……行き当たりばったりもいいところです」

「だが、誰かがその役目を果たさなきゃならねぇ。この中で一番上手くやれそうな奴といったら、おまえしかいないだろ?」


 シャーリーアの不服は当然の反応としても、ギアの言は理にかなっている。その点については彼も、同意せざるを得ないのだろう。

 彼は少し考えていたようだが、やがて眉根を寄せたまま顔を上げた。


「解りました。……しかし、もし僕一人の手に余るようであれば、できないことはできません。最悪、僕は抜けます。できる範囲でなら、努力してみましょう」




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