[4-3]作戦決行
第一印象は、不機嫌そうだな、だった。
真剣な話し合いに水を差したのは、
にこりともせず細めた両目でこちらを睨むように見つめている。
「てっめぇ、もいっぺん言ってみろ!」
真っ先に反応して逆上するイルバートをギアが慌てて押さえたので、ラディンも急いでその支援に回った。
冷めた目がこちらを
「冷静さを欠くと、成功可能な作戦でも失敗しますよ、
「なにィ!」
「煽るんじゃねえよ!」
火に油を注ぐ物言いにギアが苦言を呈し、目を丸くして見守っていたエリオーネがすすっと彼ににじり寄った。
「なになに、どんな作戦?」
間近から上目遣いで話し掛け、彼女はさりげなくイルバートと青年の間に割り込む。彼はピクリと眉を動かしたが、促されるままにエリオーネへ注意を移したようだ。
彼女は腰に手を当て、小首を傾げて艶やかに微笑む。
「君、何かイイ方法を思いついたんでしょ? 教えてちょうだいな」
「少し発想を変えれば簡単なことですよ。人質を先に助けようとするから、方法が見いだせないんです。討伐のための戦力は十分なのでしょう?」
紺の双眸が視線を転じてギアを見た。
「ああ。沿岸警備隊を冒険者仲間たちに支援してもらえば、あんな程度の奴らどうにでもな。でも、先に人質を助けないと動きにくくて……、あッ!」
「気がついたようですね」
青年が満足げに表情を緩め、言葉を続ける。
「人質を船内の一箇所――この場合は船倉でしょうか、そこに集めて、立て籠もるなりして防衛しつつ、討伐隊が駆逐を果たすまで時間を稼げばいいんです。そうすれば、最小人数で船内に潜入するだけで済みますよ」
「なるほどな。奴らを取っ捕まえてから、ゆっくり人質を助けだせばいいってか」
逆転の発想と言うのだろうか。
ギアの目が悪戯を思いついた子供のように輝いている。皆をぐるりと見回し、今は落ち着いているイルバートから離れて進み出た。
「そういうことなら部隊を分けよう。テレポートで潜入する部隊と、タイミングを見計らいつつ討伐軍と共闘する部隊。潜入するのは船倉の入り口を
ギアが順番に指さしながら、
「僕ですか? 僕はシャーリーア。……まさか僕も、潜入組ですか!?」
「当たり前だろ、発案者なんだから指揮を頼むぜ。よろしくな」
青年――シャーリーアが異議を唱える隙もなく話を進め、ギアは残りの三人を見回した。
「フォクナー、モニカ。おまえたちとイルバートは討伐隊と一緒に動いてくれ。あんまり長くは保たないからな、迅速な対応を期待してるぜ」
「……わかった」
「大丈夫だって、任せておけ」
唇を噛んで頷くイルバートの肩を強く叩き、ギアは笑顔で成功を請け負う。そしてグッと親指を立てて言った。
「オルファは必ず守ってみせるさ。だからイルバート、おまえは、早急に奴らを蹴散らして彼女を迎えにいってやれよ」
勝利を確約するサインに、イルバートの表情が緩む。
大切そうに持っていた銀の箱を差しだすと、ギアの手に握らせた。
「信じてるからな、ギア」
「ああ」
ギアは、万が一を恐れたのだろう。
向こうの状況は行ってみなければわからない。だが、彼の信頼を預かった以上失敗は許されない、とラディンも胸中で決意を固める。
ギアの立てた作戦はこうだ。
まず、ギア、ラディン、ルイン、エリオーネ、シャーリーアの五人が、テレポートで船倉部分に入り込む。そこに人質がいれば、そのまま扉を塞いで立て籠もる。
作戦と言うには余りに大ざっぱだがやむを得ない。じっくり情報を集める余裕も、作戦を精査する時間もないのだ。
行き当たりばったりとはいえ、同じ船に乗り合わせている以上、あちらも船を壊すほど乱暴な真似はできないだろうと踏んでいる。
「もしさ、船倉に人質がいなかったり、人質がバラバラの部屋に閉じ込められてたりしたら?」
当然の危惧をラディンが口にすれば、ギアは難しい顔で考え込む。
「エリオーネに見つけて貰って連れてくるか、船室なら人を分けて両方死守するかだな」
「海賊たちの様子を観察して、彼らが人質のほうに向かうようなら、追撃するか先回りすればいいんですよ」
さらりとシャーリーアは言うが、ギアはあれこれと気に掛かることがあるようだ。
それでも結局、出たとこ勝負なのは変わらないわけで。
「そうだな。……とにかく、人命が最優先だ。不安はあるだろうが、よろしく頼むぜ」
「うん」
「なんでもいいわ、とっとと片づけちゃいましょ」
ルインが答え、ラディンも頷く。
エリオーネは平常運行だ。シャーリーアは無言だが、睨むようにギアを見ている双眸は、不服ながらも了承の意を映しているようだ。
ギアは苦笑しつつ腕を伸ばし、めいめいがそれを掴んで目を閉じる。予め決められている
空間が歪み、割れ、自分たちを呑み込むのを――ラディンは精霊の動きによって感じていた。
そうして瞬くほどの間に、五人の姿は暗い船倉へと場所を移したのだった。
***
「しまった、どのタイミングで突入するか打ち合わせるのを忘れちまった」
五人が行った後でイルバートが思い出したように声を上げたが、もう遅い。
モニカが慌てて鏡を掲げ、覗き込んだ。
「無事に着いたみたい」
「人質は全員同じ部屋にいるのか?」
イルバートが不安そうな声で尋ねる。
「んー、よくわかんないけど、たくさん人いるよ」
「それじゃわかんねェよ!」
苛立つ彼にモニカが唇を尖らせ言い返した。
「いくら占い師だって、知らない人のことなんか占えないもん」
「いいから行こうよー」
「だからそのタイミングかどうかわかんねェつってンだろ」
『行っていいよ』
ソワソワしているフォクナーをイルバートが捕まえようとした所に、鏡からの指示が飛ぶ。驚いた拍子に取り逃がしたものの、今は後回しでいい。
今度は姿を見せていないが、今のは羽根つきトカゲのクロの声だ。
「おまえッ、脅かすな……」
『いいから、早く!』
切迫した声音にイルバートは一瞬固まり、それからモニカとフォクナーに言った。
「行くぜ! まずは警備隊と合流だ」
「おーっ」
元気よくフォクナーが答えるが、イルバートの内心には不安しかなかった。
それでも、考えて答えが得られるものでないのなら、今は一刻も早く自分たちの役目を果たすしかない。
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