[4-3]作戦決行


 第一印象は、不機嫌そうだな、だった。


 真剣な話し合いに水を差したのは、痩躯そうくでそこそこ背の高い妖精族セイエスの青年。長めの前髪と短く切り揃えられた後髪は紺青こんじょうで、神経質そうなつり気味の目も紺色だ。

 にこりともせず細めた両目でこちらを睨むように見つめている。


「てっめぇ、もいっぺん言ってみろ!」


 真っ先に反応して逆上するイルバートをギアが慌てて押さえたので、ラディンも急いでその支援に回った。

 冷めた目がこちらを一瞥いちべつする。人形みたいに綺麗な顔には、やはり不機嫌が漂っている。


「冷静さを欠くと、成功可能な作戦でも失敗しますよ、人間フェルヴァーのお兄さん」

「なにィ!」

「煽るんじゃねえよ!」


 火に油を注ぐ物言いにギアが苦言を呈し、目を丸くして見守っていたエリオーネがすすっと彼ににじり寄った。


「なになに、どんな作戦?」


 間近から上目遣いで話し掛け、彼女はさりげなくイルバートと青年の間に割り込む。彼はピクリと眉を動かしたが、促されるままにエリオーネへ注意を移したようだ。

 彼女は腰に手を当て、小首を傾げて艶やかに微笑む。


「君、何かイイ方法を思いついたんでしょ? 教えてちょうだいな」

「少し発想を変えれば簡単なことですよ。人質を先に助けようとするから、方法が見いだせないんです。討伐のための戦力は十分なのでしょう?」


 紺の双眸が視線を転じてギアを見た。


「ああ。沿岸警備隊を冒険者仲間たちに支援してもらえば、あんな程度の奴らどうにでもな。でも、先に人質を助けないと動きにくくて……、あッ!」

「気がついたようですね」


 青年が満足げに表情を緩め、言葉を続ける。


「人質を船内の一箇所――この場合は船倉でしょうか、そこに集めて、立て籠もるなりして防衛しつつ、討伐隊が駆逐を果たすまで時間を稼げばいいんです。そうすれば、最小人数で船内に潜入するだけで済みますよ」

「なるほどな。奴らを取っ捕まえてから、ゆっくり人質を助けだせばいいってか」


 逆転の発想と言うのだろうか。

 ギアの目が悪戯を思いついた子供のように輝いている。皆をぐるりと見回し、今は落ち着いているイルバートから離れて進み出た。


「そういうことなら部隊を分けよう。テレポートで潜入する部隊と、タイミングを見計らいつつ討伐軍と共闘する部隊。潜入するのは船倉の入り口をまもらなきゃならないからな。俺と……ラディンとルイン、エリオーネにおまえさん……名前なんだい?」


 ギアが順番に指さしながら、妖精族セイエスの青年に尋ねた。彼は怪訝そうに眉を寄せる。


「僕ですか? 僕はシャーリーア。……まさか僕も、潜入組ですか!?」

「当たり前だろ、発案者なんだから指揮を頼むぜ。よろしくな」


 青年――シャーリーアが異議を唱える隙もなく話を進め、ギアは残りの三人を見回した。


「フォクナー、モニカ。おまえたちとイルバートは討伐隊と一緒に動いてくれ。あんまり長くは保たないからな、迅速な対応を期待してるぜ」

「……わかった」

「大丈夫だって、任せておけ」


 唇を噛んで頷くイルバートの肩を強く叩き、ギアは笑顔で成功を請け負う。そしてグッと親指を立てて言った。


「オルファは必ず守ってみせるさ。だからイルバート、おまえは、早急に奴らを蹴散らして彼女を迎えにいってやれよ」


 勝利を確約するサインに、イルバートの表情が緩む。

 大切そうに持っていた銀の箱を差しだすと、ギアの手に握らせた。


「信じてるからな、ギア」

「ああ」


 ギアは、万が一を恐れたのだろう。

 向こうの状況は行ってみなければわからない。だが、彼の信頼を預かった以上失敗は許されない、とラディンも胸中で決意を固める。





 ギアの立てた作戦はこうだ。


 まず、ギア、ラディン、ルイン、エリオーネ、シャーリーアの五人が、テレポートで船倉部分に入り込む。そこに人質がいれば、そのまま扉を塞いで立て籠もる。

 作戦と言うには余りに大ざっぱだがやむを得ない。じっくり情報を集める余裕も、作戦を精査する時間もないのだ。

 行き当たりばったりとはいえ、同じ船に乗り合わせている以上、あちらも船を壊すほど乱暴な真似はできないだろうと踏んでいる。


「もしさ、船倉に人質がいなかったり、人質がバラバラの部屋に閉じ込められてたりしたら?」


 当然の危惧をラディンが口にすれば、ギアは難しい顔で考え込む。


「エリオーネに見つけて貰って連れてくるか、船室なら人を分けて両方死守するかだな」

「海賊たちの様子を観察して、彼らが人質のほうに向かうようなら、追撃するか先回りすればいいんですよ」


 さらりとシャーリーアは言うが、ギアはあれこれと気に掛かることがあるようだ。

 それでも結局、出たとこ勝負なのは変わらないわけで。


「そうだな。……とにかく、人命が最優先だ。不安はあるだろうが、よろしく頼むぜ」

「うん」

「なんでもいいわ、とっとと片づけちゃいましょ」


 ルインが答え、ラディンも頷く。

 エリオーネは平常運行だ。シャーリーアは無言だが、睨むようにギアを見ている双眸は、不服ながらも了承の意を映しているようだ。

 ギアは苦笑しつつ腕を伸ばし、めいめいがそれを掴んで目を閉じる。予め決められている魔法語ルーンのキーワードを唱えれば、呼応して黒い宝石が銀の光を放った。


 空間が歪み、割れ、自分たちを呑み込むのを――ラディンは精霊の動きによって感じていた。

 そうして瞬くほどの間に、五人の姿は暗い船倉へと場所を移したのだった。




 ***




「しまった、どのタイミングで突入するか打ち合わせるのを忘れちまった」


 五人が行った後でイルバートが思い出したように声を上げたが、もう遅い。

 モニカが慌てて鏡を掲げ、覗き込んだ。


「無事に着いたみたい」

「人質は全員同じ部屋にいるのか?」


 イルバートが不安そうな声で尋ねる。


「んー、よくわかんないけど、たくさん人いるよ」

「それじゃわかんねェよ!」


 苛立つ彼にモニカが唇を尖らせ言い返した。


「いくら占い師だって、知らない人のことなんか占えないもん」

「いいから行こうよー」

「だからそのタイミングかどうかわかんねェつってンだろ」


『行っていいよ』


 ソワソワしているフォクナーをイルバートが捕まえようとした所に、鏡からの指示が飛ぶ。驚いた拍子に取り逃がしたものの、今は後回しでいい。

 今度は姿を見せていないが、今のは羽根つきトカゲのクロの声だ。


「おまえッ、脅かすな……」

『いいから、早く!』


 切迫した声音にイルバートは一瞬固まり、それからモニカとフォクナーに言った。


「行くぜ! まずは警備隊と合流だ」

「おーっ」


 元気よくフォクナーが答えるが、イルバートの内心には不安しかなかった。

 それでも、考えて答えが得られるものでないのなら、今は一刻も早く自分たちの役目を果たすしかない。




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