[4-2]波止場の作戦会議


 そうして待つことしばし。


 時間経過とともに、港には街の人々も集まってきていた。

 家に火を付けられた者や金品を奪われた者だけでなく、海賊たちに連れ去られた人の家族もいるのだろう。沿岸警備隊の人たちが人々に声を掛けては、状況を説明している。


「ねぇ、さっさと行こうよ」

「待てってば。まだ一人来てないんだよ」


 待つのに飽きたフォクナーがぶんぶん振り回す杖を、ギアがつかんで押さえた。不満げな声を上げて杖を取り返そうと奮闘しているちびっこ妖精族セイエスを横目で見つつ、ラディンは立ちあがる。


「おれ、ちょっと様子を見てこようか」

「入れ違っちゃわない?」

「すぐに戻るよ。どうせおれじゃ、作戦の案は出せないもん」

「待って、ラディン。あたし占ってみるね」


 ルインと話していたのが聞こえたのだろう、モニカがそばに来て鏡を取りだした。

 包んでいた布で軽く鏡面を拭くと、呼びかける。


「ねえ鏡よ鏡、クロちゃん。何かいい方法ないかな? なんでしょ?」

『ダメだよ、モニカ。すぐに他人を頼っちゃ。それくらい自分で考えてよ』


 即座に、冷たいお言葉が返ってきた。占うのでなく尋ねたのだから当然ではあるが、モニカはショックを受けたようによろめいて、そのあとじわじわと涙ぐんでしまった。


「だってわかんないもん! クロちゃんのイジワルっ、教えてくれてもイイじゃないっ!」

「ちょっとぉ。モニカ泣いちゃったじゃないの、どうしてくれるの!?」


 モニカも無茶振りだがエリオーネも理不尽だ。両方から責められて、羽根トカゲはひょこりと鏡面から不満げな顔を覗かせた。


『気づかれずに潜入して人質の安全確保ができればいいんでしょ? だったら、イルバートを待ちなよ』

「クロ、それってつまり、イルバートさえ来れば潜入が可能になるって事か?」

『しーらない』


 聞きつけて混じってきたギアの問いをかわし、クロはさっさと鏡に隠れてしまう。

 何にしても方針は教えてくれたわけで、ギアの方に視線を送ると彼は肩をすくめて頷いた。もう少し待つか、の意思表示だろう。

 だがエリオーネは不服らしく、すっとギアに近づいて囁いた。


「やっぱり行くわ。子供たちもたないでしょ。あたしが行って、頭領ボスの首取ってくるわよ」


 本気なのか冗談なのか、怖いことを言う。

 ルインがぎょっとした顔で振り返ったが、エリオーネは気にしている様子もない。

 彼女の技量レベルなら暗殺くらい簡単な任務ミッションかもしれないが、一人でというのは無謀にしか思えない。


「船があるのは海のド真ん中じゃん、どうやって気づかれずに近づくのさ」

「あたしは飛べるのよ? しかも盗賊スカウト。それくらいわけないわ」


 聞いてみたら、自信たっぷりに切り返された。えぇ、と眉を寄せるラディンの横で、ルインがおずおずと懸念を口にする。


「でも……中に入れたって、みんなを助けて外に出るのは無理じゃないかな」

「頭を潰せば海賊だもの、バラバラになるんじゃない?」

「ンなわけあるか。武装船が取り囲んでる状態で追い詰めたら人質が危ないだろ」


 ギアが割って入って止め、単独潜入案は没になった。

 しばらく沈黙が落ちたが、そこに足音が聞こえてきて、皆の視線がそちらに向かう。


「やっと来たか」


 路地から駆けてきたのはイルバートだ。彼の右手には、銀色に光る小箱が握られている。


「遅くなった……!」


 肩を上下させ荒い息をつきながら、それでも一刻でも惜しいのか、イルバートは背伸びをして沖に浮かぶ船を見やった。


「まだ膠着こうちゃく状態だよ。何かあった?」


 ラディンが聞くと、イルバートは答えの代わりに銀の小箱を開けて見せた。中に入っていたのは、菱形立方体ダイヤキューブに加工された黒銀河石ブラックオパールだった。中心に魔力の証といえる銀の光がちらついている。


「ねぇこれ、もしかして」


 エリオーネが目を輝かせてイルバートを見た。

 彼女の目は狙いを定める猛禽のようで、危機感を感じたイルバートはエリオーネから石を遠ざけるように二、三歩離れ、みんなを見回した。


「テレポ・ストーンさ」

「テレポ・ストーン?」


 思わずおうむ返ししたラディンとルインの声が綺麗にハモる。名前から想像はつくが、ラディンは魔法道具マジックツールの類にあまり詳しくない。にじり寄ろうとするエリオーネを割り込みで牽制しつつ、ギアがイルバートに尋ねた。


「どうやって手に入れたんだ? こんな高価な物」

「買ってきた。当たり前だろ」


 イルバートは胸を張って言ったが、ギアとエリオーネは黙って顔を見合わせている。よほど珍しい物か、よぼど高価な物なのだろう。


「テレポ・ストーンって何?」

「『無属魔法の転移魔法テレポートを一度だけ使える魔法石ルーンジュエル』らしいぜ。テレポートはわかるだろ?」

「え、だれでも?」

「そう、誰でもだ」


 世の中には便利な魔法道具マジックツールがあるんだな、と思ってラディンはしげしげと石を観察した。

 テレポートは空間移動魔法の一つだ。ある程度の技量レベルがあれば魔族ジェマにも使える魔法だが、系統は無属魔法であり、魔法道具マジックツールとしては希少で高価な物だとギアが説明を加えてくれた。


「でもテレポートって、行ったことのある場所じゃなきゃダメじゃなかったっけ?」

「正確には、行ったことある場所か見えてる場所だよ。海賊船なら距離が近いから、船内をある程度イメージできるなら大丈夫なはず……」


 ラディンとルインの会話を聞きながら、ギアはその場にしゃがみ込んで石のかけらを取り、地面にガリガリと船の断面図を描き始める。


「これが、船だとする。船室の造りはそれぞれ違うから解らないが、下は船倉だろう。奪った荷物や人質もそこだろうから、うまく出られりゃ行けそうだな」

「そうね。後は、どうやって無事に人質を助けだすかだわ」

「ワルモノなんてやっつけちゃえばいいじゃん」


 うーん、と考え込む大人組のそばにいつのまにか近づいてきていたフォクナーが、杖を掲げて堂々と宣言したが、ギアは苦笑いでその杖をつかんだ。


「そう簡単にはいかねえから、悩んでるんだろ」

「ボク、魔法でまとめてやっつけてあげるよ!」


 自分の実力を微塵も疑っていないのだろう。実際にどの程度の技量レベルなのかはまだ不明だが、ギアは聞き流すことに決めたらしい。


「仮にそういう作戦で行くとしても、だ。いくら強い奴だって、人質守りつつ戦うってのは簡単じゃない。まずは奴らに勘付かれないよう、人質を逃がさなきゃねえってことだ、わかるか?」

「あたしが石を持って忍び込む? テレポートは人質救出の時に使えば、万事オッケーじゃない?」

「テレポートじゃ大人数を運ぶのは無理だよ。魔法力MPにだって限りはあるし、術者に触れてる人しか飛ばせないんだから」


 フォクナーが口を挟む前にエリオーネが提案し、再度ルインが懸念を口にする。

 ギアが目を丸くした。


「そうなのか?」

「うん。移動魔法って基本的にそう」

「じゃ、一度に四、五人って所か」

魔法力MPにもよるけど、ギアなら十人くらいは……大丈夫かも」


 とりあえず術者に触れてさえいれば効果は及ぶので、向こうがつかんでくれれば大丈夫らしい。あとは、術者の魔法力MPで何人分を賄えるかという問題だ。

 ルインの説明を聞いて、エリオーネが自信ありげに微笑む。


「やっぱりあたしが行くしかないわね」

「待て待て、人質は十人じゃきかねえだろ」

「行方不明者と今朝の襲撃で、二十人以上はいるだろうって予測だな」


 神妙な表情でイルバートが答えた――その時。


「先程から聞いていれば、冒険者が雁首揃えて堂々巡りの論議ばかり。それよりもっと簡単な方法があるでしょう?」


 感情を抑えたような静かな声が唐突に、この場に割り込んできたのだ。




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