4.作戦会議

[4-1]海賊の襲撃


 文字通りの疲労に気疲れも加わって泥のように眠っていたラディンを叩き起こしたのは、エリオーネだった。


「あんたたち、大変な事になってるわよ。あたしは先に行ってるから、早く起きて支度をして来て」

「……大変なこと?」


 寝ぼけ半分で応じたラディンは、エリオーネの次の一言で眠気が吹き飛ぶことになる。

 彼女は低く強い声で、「海賊の襲撃よ」と教えてくれたのだった。




 ***




 急ぐと言っても起き抜けのまま飛びだすわけにはいかないので、ルインを起こし、急いで着替え、パンをミルクで流し込んで朝食の代わりにした。勝手知ったる何とやらで、エリオーネは適当な物を摘んで行ったらしく既に姿はない。

 ラディンとしてはモニカを連れて行くのは心配だったが、彼女がついて来たがったのと、一人にするのも心配だったのとで、結局三人で港に向かうことにする。

 道中の街は混乱で大騒ぎだったが、海賊たちはもう去ってしまったらしく、姿は見えなかった。


 船着場へ向かう途中でギアと会い、合流する。

 きっちり装備を着込んだ彼は苦い顔で状況を説明してくれた。


「奴ら、早朝から活動を始めて、奪うだけ奪ってからトンズラするつもりだったみたいだぜ。あちこちに火をつけやがって……ま、発見が早かったから、被害は最小限だ。今、討伐隊が向かってるが、なにせ向こうには人質がいるからな」


 海賊たちは火をつけて警備側を翻弄しながら、主に金目の物と食糧を狙って奪い、船に積み込んで沖へ逃げだしたという。それをギアたちが組織していた冒険者による討伐隊が追って囲い込んだものの、人質を案じて動きが取れない、という状況のようだ。


「人質救出のために特攻隊が必要になるかもな。やれそうか?」

「もちろん!」


 ラディンは即答し、やや遅れてルインも頷く。

 ギアはそれを見て笑みを浮かべた。


「まずは船着き場だ。俺たちも早く行くぜ」



 


 港は騒然としていた。あちらこちらから火事の煙が立ち上り、怪我人も見受けられる。

 その中を縫うように、四人は港に向かって走っていた。


「何より厄介なのが人質さ」


 忌々しげにギアが舌打ちする。


「一人だったら奴らも下手に傷つけられず、時間を稼げるんだが、沢山いると、一人くらい殺してもって気になられたら困る。なにせ人の命を何とも思わない奴らだ」

「一刻も早く、人質を助けなきゃいけないよね」


 ラディンの言葉に固い表情でギアが頷く。

 昨日も話し合ったことだが、海上に浮かぶ船への移動手段は限られている。小船なり泳ぐなり、あるいは空を飛んでたどり着くか、転移系の魔法で潜り込むかだ。


 だが、潜水して近づくのでない限り海の上で身を隠す手段はない。

 転移魔法は使える者が限られる。上手く潜り込めたとして、複数名の人質を守りながら助けだすのは無理難題が過ぎる。

 船着場へ向かいながら幾つか案を出し合うものの、いい方法が見つからない。


 と、その時。

 ふいに路地の陰から小さな影が飛びだしてきて、ギアにぶつかった。体格差があるため向こうが跳ねばされ、ギアも驚いたのだろう、足を止める。

 見れば、小柄な妖精族セイエスの子供が尻餅をついたままの姿勢で、キョトンとギアを見あげていた。


「大丈夫!? ……ギア駄目じゃんか、人をハネちゃ!」

「は?」


 思わず叫んでラディンが駆け寄ると、子供は大きな青い目をパチパチと瞬かせ、ラディンのほうへ視線を移した。

 適度な短さに切り揃えられた、青みがかった銀髪。長くて先端の尖った耳。ローブに身長より長い杖という魔法職の定番スタイルだ。

 ラディンの言葉に動揺していたギアも、すぐに表情を取り直して子供のそばにしゃがみ込み、手を差し伸べる。


「おぅ、ごめんよ。慌ててたからなぁ、怪我はないか?」

「うん。だいじょぶだよ」


 妖精族セイエスの子供は平然と答えて一人で身軽く立ちあがり、ローブに付いた土埃をパンパンと払う。そして、転がっていた杖を拾いあげた。


「君、一人なの?」


 立ち去ろうとする子供に思わずラディンは声掛ける。

 種族が違うとはいえ、一人旅をする年齢には見えない。この騒ぎで親か連れとはぐれたのなら、保護してあげた方がいいのではないだろうか。

 ギアも同じことを考えたのだろう、慌てたように子供の前に回り込んだ。


「待て待て、今、港は海賊騒ぎで危険なんだぞ。保護者はどうしたんだよ」

「だいじょぶだってば。ボク、魔法使えるんだからさ」

「そりゃ見てわかるが……」


 まさか本当に一人旅、だろうか。

 子供のわりに堂々としているところや、きちんとした身なりを見るに、浮浪児や逃亡者というわけではなさそうだ。ワケありなのか、単に近辺に住んでいる子供なのかはわからないが、放っておいてはいけない気がした。


「じゃさ、君、おれたちに手を貸してくれない? 海賊にさらわれた歌姫を助けるの」


 とっさに思いついた口実だったが、子供の青い目が好奇心で輝くのをラディンは見た。


「おもしろそうだね! イイよ」

「おい! 危ないんだぞ」


 ギアの反応は大人として当然のものだったが、子供はそれを綺麗に無視して両手を腰に当て、胸を張る。


「カイゾクって、朝から暴れてるあれだろ? ボク、ちょっとイラッときてたからさぁ」

「だよね。一緒にあいつら懲らしめてやろうよ。おれはラディン、彼がギアで、……ルインにモニカだよ」


 困惑しているギアと、事の成りゆきを見守っていた後ろの二人を紹介すると、子供は長い杖をビシッと掲げて、得意げに宣言した。


「天才魔法使いのフォクナーさ! よろしく、ラディン」




 ***




 経緯はともかく、フォクナーを放っておけないのはギアも同じだったのだろう。細かいことは後回しで、今はとにかく港へ向かうのが先決だ。

 路地を抜ければ一気に視界が開け、港の騒ぎが一望できた。

 海賊船は昨日と違い、かなり近い位置に停泊している。それを取り囲むように三隻ほど武装した船が見えた。ギアの言っていた討伐隊の船なのかもしれない。


「遅かったわねぇ。いまは膠着こうちゃく状態らしいわよ」


 先に港へ着いていたエリオーネがこちらに気づいてやってきた。イルバートの姿はまだないようだ。


「どうする? こっちからは見えないけど、奴ら小さい子を人質にして立て籠もってるわ。早いとこ助けないと、子供の方がもたないわよ」

「うーん、早いとこ何とかしてやりてえんだが、上手いやり方が見つからないんだよ」

「そうよねぇ……」


 エリオーネは船の方に視線を走らせ、次いでギアを見る。細い指の先を顎のあたりに添え、思案しているようだった。


「あたし一人なら忍び込むくらいはできるけど、人質の数が多くちゃ助けるのは無理よねえ。……ところでこの子、誰?」

「フォクナーっす。よろしく」


 いかにもな格好の妖精族セイエス少年にエリオーネは気づいたらしい。元気な挨拶に彼女は目を見開き、そしてクスリと笑った。


「おもしろい子」

「天才魔法使いだとさ。ま、それは置いといて。イルバートは?」

「まだ来てないわ。あんた達と一緒かと思ったんだけど」


 首を振るギアを見て、エリオーネは肩をすくめる。


「まだみたいね」

「一人で暴走したり、何かに巻き込まれてたり、してないといいけどね」


 ラディンの言葉に同意だというふうに、ギアがため息をつく。

 状況の推移を見守りながら言葉少なにイルバートを待つそれぞれの心境は、フォクナー以外、みな一緒に違いない。




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