[3-4]街外れの依頼事


 見失ったリーバの行方が気にならないわけではなかった。しかし、手掛かりが少なく捜す手段も皆無である現状、シャーリーアにはどうすることもできない。

 スッキリしない気分を引きずりつつも、頭を切り替えようと思い歩きだす。


 元より、見聞を広めるために村を出てきたのだ。

 当面の路銀は十分にあるとはいえ、旅人の身で物価の高い王都に長期滞在するのは、懐具合的にも賢明ではない。

 気分転換のため、そして可能であれば短期のバイトを探すことも視野に入れ、シャーリーアは主要港シルヴァンへと向かうことにした。




 ***




 夜行馬車は安かったが、寝心地は最悪だった。

 もう二度と利用するもんかと心に決めながら運賃を払い、ふらつく足でシルヴァンの地を踏みしめる。


 さすが主要港なだけに、朝から活気が満ちあふれている――というのとは、少し様子が違っているようだ。あちこちで人の叫び声や指示が飛び、黒い異様な煙が至る所から上がっている。

 悪い予感に眉をひそめつつ歩きだしたところで、走ってきた人間族フェルヴァーの女性とぶつかりそうになった。


「あっ、ごめんなさい……」


 ひどく慌てた様子の彼女は謝罪の言葉を口にしかけて、シャーリーアを見あげ、そして動きを止めた。食い入るように見つめてくる両目が泣き腫らした状態なのを見て、胸中に最大級の悪い予感が去来する。

 まだ若い、見るからに戦闘訓練など受けていなさそうな女性は、震える唇を開いた。


「あ、貴方はもしかして……冒険者の方ですか!?」


 予想通りの問いを投げられ、シャーリーアは何と答えたものか迷う。幾らか魔法の心得があるとはいえ、村を出たのは数日前でまだ何の実績も積んでいないのだ。

 しかし彼女は返事を待たず、いきなり座り込んですがるようにシャーリーアを見あげた。


「お願い、どうか……あの海賊を追い払って、わたしの娘を助けてください!」

「え、あの、話は聞きますからちょっと落ち着いてください」


 ボロボロと涙を零しながら哀願する女性の様子に、シャーリーアも焦る。一緒にしゃがみ込んで彼女をなだめながら、自分の服を探ってハンカチを差しだした。

 泣きながら、お願いしますを繰り返す女性の口から、客観的な説明など聞けそうもなかった。ハンカチを握りしめて泣き伏す女性を前にどうしていいかわからず、シャーリーアはぐるぐると思考を巡らせる。


「わかりました……善処します」


 ようやく出てきたのはそんな政治家みたいな返答だったが、それを聞いて彼女はばっと顔を上げた。


「あ、ありがとうございます! どうか、娘を……!」


 鬼気迫る勢いですがり付かれ、思わずこくこくと機械的に頷いてしまう。女性はホッとしたのだろう、それだけ言って糸が切れたように、カクンと気を失ってしまった。


「えぇ……? ちょっと、奥さん!? しっかりしてください!」


 外傷性のショックではなさそうだから精神起因なのだろうが、こんな街外れでは、非力な自分の手に余る。途方に暮れかけていたところで、ガタゴトと賑やかな車輪の音を耳にとらえ、シャーリーアは慌てて立ちあがると街道へと飛びだした。

 ちょうど街へ向かう荷馬車が通りがかったところだった。路上に出て大きく手を振ると停まってくれたので、声をかける。


「すみません! このひと、ここで倒れてしまったんですが……街まで運んでいただけないでしょうか?」

「ありゃ!? バークレイんトコの奥さんじゃねえか! どうしたんだ、一体!」


 荷馬車を操っていた中年くらいの人間族フェルヴァーの男がわざわざ降りて来てくれて、気絶した女性を見ると驚いた声を上げた。知り合いらしいことにホッとする。


「お願いしてもいいですか?」

「兄ちゃん、どこ行くんだね」


 男は女性を抱えて馬車に戻ると、荷物の隙間に毛布を敷いて乗せた。その流れのままに尋ねられ、シャーリーアは返答に迷う。

 先程の彼女の言葉だけでは、どこに行けばいいのかサッパリわからない。


「とりあえず、港の方に、」

「じゃ、おまえさんも乗ってけ」


 男は皆まで聞かず、ばんばんと自分の隣の席を示した。シャーリーアは迷ったが、素直に乗せてもらうことにする。歩くよりずっと早いだろうし、迷う心配もなさそうだ。


 シャーリーアが乗り込むと荷馬車は少し速度を上げて街道を進み、ほどなくして、標識の立てられた三叉路に着く。


「こっから天方北西に向かえば船着き場だ。火方北東で繁華街、月方で住宅街に着く。どっちに行くんだい?」

「大丈夫です、ここで。ありがとうございました」


 親切な男の説明に礼を述べ、シャーリーアはそこで荷馬車を降りた。今さっき街に入って来た彼からは状況の説明は見込めないだろうし、そうであれば女性を家に送り届けることを優先してもらった方がいい。

 とはいえ、さすがに情報が少なすぎると思い直して、荷馬車の男に呼びかける。


「すみません、ひとつだけいいですか?」

「なんだい? 妖精族セイエスの兄ちゃん」

「海賊が来ていると聞いたのですが、どこにいるか思い当たる場所などありますか?」


 彼は、あぁ、と呟き顔をしかめた。


「もう今頃、船に乗り込んでどっか行っちまったんじゃないかな? アイツら、逃げ足だけは早えからなぁ」

「そうですか」


 海賊の襲撃は日常茶飯事だとでも言うのだろうか。男の話振りから諦念のようなものを感じ、シャーリーアは胸の内でため息をついた。

 陸地にいるからどうにかできると言うものでもないが、さすがに海上へ逃げられてしまったら、鱗族シェルクたちの手を借りるでもしない限りどうにもならないだろう。


 荷馬車を見送ったあとしばらく、シャーリーアは三叉路で思案にふけっていたが、結局、船着場へ向かう道を歩きだした。

 何にしても行ってみなければ状況はわからないし、状況次第で打つ手を思いつくかもしれないと思ったからだ。


 ――が、そこで不意にシャーリーアは、今までなぜか考えが及ばなかったことに気がついてしまった。


「一体どうして僕が、人間族フェルヴァーの街を荒らす海賊を追い払わなければいけないんだ? ライヴァンの王は何をしているんだ!?」


 よく考えれば、相当理不尽なことに巻き込まれているのだ。本来ならこういう輩は、施政者側で成敗するのが道理だろうに。

 国民の苦渋を王が取り除いてやらずに、何のための王なのか。


人間族フェルヴァーの統治国家というのも、こんなものか」


 小声で吐きだした言葉に、幾分か嘲りの色が含まれていたことは否めない。

 他種族の自分に、必死で助けを求める一般人がいるだなんて。最も同族間の絆が強いとされる人間族フェルヴァーですら、所詮こんなものなのだ。


「まぁ、頼まれたからには最善は尽くしましょう。……あくまで、可能な範囲でですが」


 誰に言うでもなく吐きだすと、シャーリーアは改めて船着き場の方向へ足を早めた。




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