[1-2]目抜き通りの騒動


 街の中央を貫く広い街道のほうから、何やら騒々しい騒ぎが聞こえてくる。

 ラディンは思わずギアと顔を見合わせた。


「なんだろ」

「さあ……行ってみるか?」


 ギアの提案に首肯を返し、目抜き通りでもある中央街道の方へ駆け足で向かう。


 通りの周辺にはすでに野次馬が垣根を作っていた。

 彼らの話によると、どうやら冒険者同士のケンカが起きているらしい。ラディンとギアはひしめく人をかき分けながら、人垣の前線に向かう。

 人の層から抜け出て見れば、対峙する二人――青みがかった黒髪の剣士と、フード付きのマントで顔を隠した魔法使いらしき人物が視界に飛び込んできた。


 魔法使いは持っている杖を構え、魔法を唱える体勢だ。

 剣士らしい男のほうは抜き身の剣を手に、今にも斬り掛かって行きそうだった。


「危ないな」


 切迫した声音に振り返れば、ギアは険しい顔で手を腰の剣に掛けている。


「俺、止めてくる」


 そう言ってギアが人垣を押し退けて行こうとした――それより一瞬だけ早く。

 突然、反対側の人垣から少年が飛び出してきて、殺気をみなぎらせている剣士にばしゃっと水をかけたのだ。


「…………」


 思わぬ不意打ちにギアは固まり、剣士の男も動きを止める。ゆっくり首を巡らすと、彼は自分をずぶ濡れにした犯人に瞳を向けた。

 長く伸ばされた艶やかで癖のない銀の髪、今にも泣き出しそうに潤んだ碧い瞳。先が尖った耳と綺麗な容姿は、魔族ジェマの特徴だ。

 どこから持ってきたのか、水が滴る空のバケツを両手でつかんだまま、魔族ジェマの少年は潤目で二人を交互に見て、叫んだ。


「二人とも、ケンカは良くないよぅっ!」

「てめえが言うかぁッッ!」

「ひゃあっ!」


 当然ながら激怒した青年の矛先はそちらに向き、剣を向けられた少年は子犬のような悲鳴をあげて、バケツを盾に身をすくませる。

 ギアが舌打ちすると、剣士と少年の間に滑り込んだ。


 ――——ガキィィン!!


 鈍い金属音を響かせて、ギアの長柄剣バスタードソードが相手の広刃剣ブロードソードを受け止める。

 不意に割り込んできた相手に驚いたのだろう、青年が目をみはった。


「何だ、てめえ」

「こんなところでケンカはやめろよ、通行人の迷惑になるだろ」


 かばわれた少年はギアの後ろに隠れながら、コクコク頷いて同意を示している。苦笑い顔のギアに剣をぐぐっと押し返され、彼はむっとした表情のまま剣を引いた。

 彼の様子を確認し、ギアは今度は後ろを振り向く。


「おまえさんも、この人に謝りな、ずぶ濡れにしてご免なさいって」

「だって……」


 魔族ジェマ少年は口の中で何か言い訳をしていたが、ギアは構わず背中を押しやった。


「さあ」

「……ごめんなさい」


 剣士の男は不機嫌に片眉を上げたが、気勢を削がれたのだろう、何も言わなかった。不機嫌そうな彼をなだめるつもりか、ギアは人懐っこく笑いかけて言う。


「さ、あんたも謝れよ。関係ないのに脅かしちまって悪かったって」

「関係ないのに水掛けやがったのこいつだろ……!」

「それは今、この子が謝ったろ? イイじゃないか、水に濡れたって死にゃしねえが、あんたに斬られてたらこの子は死んでたぜ?」

「そりゃ、悪かったが」


 苛立った相手をなだめつつ謝罪まで引き出す、なかなか堂に入った仲裁ぶりだ。その手腕に感心しながら、ラディンは剣士の青年を観察する。

 長めの後髪を革紐で括った黒い髪、ダークグレイの目は切れ長でつっている。剣の扱いに手慣れているところ、衛兵か警邏けいらかそれに類する職だろうか。

 どこか見覚えがある気がするが、同じ町に住んでいるのなら、仕事か何かで見かけたことがあるのかもしれない。


「そもそもケンカの原因は、何だったんだよ」


 ギアが尋ね、青年がはっとしたように辺りを見回した。が、すでに相手の魔法使いは騒ぎに紛れて姿を消している。


「ちっくしょォ! どこ行きやがった、あの魔族ジェマ……!」

魔族ジェマ……?」


 よせばいいのに、ギアの後ろの少年がひょいと顔を出し、その耳を見て彼の怒りが再燃した。びしりと指を突きつけ恫喝どうかつする。


「てめえも魔族ジェマかあっ!」

「きゃあああああっっっ!」


 少年は震え上がってまた隠れ、ギアが慌てて押さえるが、彼の怒りは収まらなかった。


「おまえもあの男の仲間かっ! 二人で謀って邪魔しやがったなっ!」

「待て待て待て」


 剣を振り回さないだけまだマシだ。振り返って視線で問うギアに、魔族ジェマ少年は目に涙を浮かながらふるふると首を振っている。


「ボク、ただケンカを止めようと思っただけで……。あの人なんか知らないよ……」


 それにしても、犬のケンカじゃないんだから——とは思うが。

 本人には全く悪気がないようだし、アレが彼にとって本気の最善手だというのは自分にわかるくらいだから、ギアにもわかっているのだろう。


「ほら、本人もこう言ってるんだし許してやれよ。で、何があったんだ? 俺にできることがあれば手を貸すぜ」


 うつむいて沈黙する青年の様子に、もう収まったと判断したのか野次馬も散ってゆく。彼の事情はギアに任せることにして、ラディンは魔族ジェマ少年に話しかけてみることにした。

 肩を叩いて注意を引けば、彼はびくりと反応したあと潤目でじいと見返してきた。


「おれ、ラディン。君は?」

「ボクは……ルイン」

「よろしく、ルイン。魔族ジェマの友達ははじめてだなー、仲良くしような」


 ライヴァン帝国は人間族フェルヴァーの国なので、国内で魔族ジェマを見ることはほとんどない。魔族ジェマについては悪い噂も多いが、少なくともルインが心底善良な気質だというのはのだ。

 戸惑うルインの手を強引に取って、笑顔で握手する。こわばっていたルインの顔に朱が差し、泣きそうだった瞳が丸く見開かれた。


「うん! よろしくラディン」


 一般的に魔族ジェマは美人揃いと言われるが、人間族フェルヴァー基準なら女の子と見間違いかねないくらいにルインは色が白く、肌も綺麗で、愛らしい顔立ちだった。身なりも良く、旅人というには世間知らずなところも気になる。

 そんなことをつらつらと思い巡らしていると、自分たちを観察していたのだろう、剣士の青年が訝しげに声を投げてきた。


「あんた、恐くないのか? 魔族ジェマが」

「お兄さんこそ、魔族ジェマだから怖いなんて偏見だよ」


 ルインが言い返し、彼に視線を向けられ身をすくめ、ラディンとギアの陰に隠れようとする。が、彼はもう怒鳴ったりはしなかった。


「……オレだって、ずっとそう思っていたさ」


 呟いた声は湿っている。ギアが、怪訝そうな表情で彼を見返す。


 沈黙が、流れた。


 やがて青年が顔をあげた。今度こそまっすぐギアの目を見つめる。

 ダークグレイの目が、光を呑み込んでかきらりと光った。


「協力してくれるのか? 話せば、あの魔族ジェマを捕まえるのに協力してくれるのか!?」

「あ、あぁ」


 たじろぐギアに、彼はすがるような目を向ける。

 間違いなく巻き込まれたトラブルだが、ラディンに異存はなかった。ギアの性格上、こうやって頼られてそれを無下にできるわけがない。


「オレはイルバート=ケーラ。この街にすむ剣士で、船着き場の警備の仕事をしている。あんたたち、旅の者なのか?」


「うん」

「違うよ」


 ラディンは今のところ、シルヴァンの住人だ。

 やはりルインは旅人なのか。そしてイルバートは警備兵か。


「俺は、ほぼ一年くらいここに滞在してるぜ」


 続けてギアが答えた。

 三人三様の答えを聞いて、逡巡しゅんじゅんするように揺らいでいたイルバートの瞳がラディンに焦点を結ぶ。


「ラディンといったか? 兄ちゃん、『海歌鳥セイレーンの竪琴』亭って宿、知ってるか?」

「え? あー……知ってるよ」


 頷くラディンと一緒に、ギアも頷いている。


「俺も、知ってるぜ。確か歌の上手なお嬢さんがいたっけ」


 『◯◯』亭、という独特な名称は、冒険者の宿に共通するものだ。

 冒険者の宿は大抵、一階が酒場になっており、二階に宿泊部屋がある。一階は食事をとることもでき、店によっていろいろな出しものをすることもある。

 名は体を表わすと言うが、宿の名称はその宿の特徴をよく表わしているものが多い。

 話題に上っている『海歌鳥セイレーンの竪琴』亭は、若い女主人が綺麗な歌を歌うというので知られていた。


「そう、あそこには、すげえ綺麗な歌を歌う、歌姫がいたんだ」


 言葉の最後に苦さを含ませ、イルバートは言った。それが意味する事態を早くも察し、ギアが険しい表情で眉を寄せる。


「……今は、もういない」


 吐き出すように告げられた事情は、予測に違わず、しかしラディンにとって衝撃的なものだった。



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