第20話
葉月との合流を前に、俺たちは彼女の号令に従って腕時計の秒針を合わせた。
《こちら憲明。ビル裏の配電盤を操作中だ。監視カメラは切った。合わせて、間もなく非常警報とスプリンクラーが作動する。中にいる敵さんたちは大混乱だ。そのうちに突入しろ。俺は外の、外壁清掃用のゴンドラで、一旦四階まで登る》
《葉月、了解》
「潤一、了解」
そう言い終える頃には、俺と葉月は互いの姿を視認していた。
「葉月、準備はいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
額に汗を浮かべながら、葉月は答えた。
「では」
俺は間を置かずに、正面入り口の観音扉を蹴り開けた。けたたましい警報音が流れ始めたのは、まさにその直後のことだ。
「皆、火事だ! 逃げろ!」
俺と葉月は派手に喚きながら、一般人に退避を促した。
「出口はこっちだ! 慌てないで!」
パニック状態の人波をかき分けながら、俺と葉月は階段へとダッシュした。そこには、一階から五階までの間に、四ヶ所の踊り場がある。その各場所で、落ち着きなくあたりを見渡している人間がいた。
ダリ・マドゥーの手下だ。腰回りが膨らんでいる。小火器を装備しているのだ。きっと、敵(この場合は俺たちのことだ)の襲撃に備えていたのだろう。
だが、このパニック状態では、俺たちの接近には気づけないはず。俺はその男と距離を詰め、しゃがみ込んで思いっきり腹部に拳を入れた。
「がはっ!?」
突然の事態に、敵は呆気なく腰を折る。直後、ちょうど脇腹、すなわち防弾ベストの隙間に、葉月のコンバットナイフが滑り込んだ。俺はそのまま肩で敵を押し倒し、周囲から流血が見えないようにする。
パニック状態を利用しているとはいえ、この場が恐慌自体にまで陥ってしまうのはマズい。それでは、こちらも前進が困難になる。
俺たちが二階に到達した時、スプリンクラーが起動した。あっという間にずぶ濡れになるが、それは些末なことだ。次の踊り場にいた敵は、無線機を耳に当てて何事か叫んでいる。
この頃には、ビル全体の照明が赤色灯に切り替わっていた。俺は無線機の男の顎に思いっきりフックを喰らわせ、昏倒させる。その眉間を、葉月の消音器付き拳銃が撃ち抜く。
そうやって、俺たちは五階に至る階段の手前までやって来た。
「こちら葉月。憲明、状況は?」
《現在ゴンドラで四階に到着。スプリンクラーの放水を中止する》
「了解。和也、敵の動きは?」
《皆慌てているようだ。けど、ダリ・マドゥーの姿は見えない。いっつも西部劇のガンマンみたいな格好してるんだろ? 五階には、そんな奴いない》
まさか、強襲されたのを受けて、部下たちに紛れ込んだのだろうか? だが、今までの情報からして、奴はそんな奇をてらうような男ではないように思える。今朝、ドクから直々に連絡を受けたところからするに、間違いなくここにいるはずなのだが。
「皆、作戦は継続。憲明、そちらのガラスを割って五階へ。私と佐山は、正面から踏み込む。直前に閃光手榴弾を放り込んでくれ。和也は、私たちの身に細心の注意を払いつつ、援護射撃。いいか?」
《憲明、了解》
《和也、オーケー!》
葉月は、先ほど時刻合わせをした腕時計に目を落とした。
「カウント開始。十、九、八……」
俺は右のこめかみを指圧し、RCを発動。視界がすっと澄み渡るのを感じながら、拳銃を二丁とも抜いて、セーフティを解除した。
「五、四、三、二、一、零!」
その言葉が切れると同時、軽い爆発音に混じって、ガラスの破砕音が聞こえてきた。
「行くぞ、葉月!」
「ああ!」
俺は勢いよく、五階のフロアに通ずるドアを蹴り開けた。その勢いを殺さずに、ごろり、と前転して突入。その俺を葉月が援護する。
葉月の牽制射撃の前に、呆気なく倒れてゆく男たち。閃光手榴弾で、一時的に目を潰されていたからだろう。全体を見回すと、学校の体育館ほどの面積を有する広大なフロアだった。ところどころに机や椅子、パソコンなどが雑然と配されている。
俺はソファを遮蔽物にし、葉月のために援護。的確に眉間を撃ち抜いていく。
そこで気づいた。敵は皆、防弾ベストを着けているということに。
流石に眉間を撃たれた者が立ち上がることはない。しかし、葉月の牽制射撃を浴びた者たちは、なんとか立ち上がろうとしている。
「憲明、突入してくれ!」
すると、向かって右側で動きがあった。敵が無造作に弾き飛ばされたのだ。憲明の手にした、ショットガンによって。
憲明は外のゴンドラから窓枠を跨いで乱入し、その体格には見合わない敏捷さで机の下に潜り込んだ。そして、あちらこちらから頭を出しながら銃撃を繰り返す。俺にRCがなければ、間違いなく憲明が最高の戦闘能力を有しているだろう。
流石にショットガンの威力の前には、防弾ベストも意味がなかったらしい。憲明の狙いは一見無造作だが、的確に敵の身体を破壊し、戦闘力を奪っている。
《ショットガンをリロードする! その間、俺を援護しろ!》
言われるまでもない。俺は出入口付近に葉月を残し、場の攪乱を任せた。
「和也、援護を頼む! 八秒後!」
《了解!》
対戦車ライフルは、威力に伴ってその効果域が広い。和也が撃ってくるなら、俺たちも回避運動を取る必要がある。
俺が和也に『八秒後』と指示したのは、自分がリロードするタイミングに合わせてのこと。それまで憲明は伏せているだろうし、葉月もその場を動かないだろう。狙撃手の存在に気づいていないのは敵だけだ。
《三、二、一!》
直後、憲明の反対側の窓が勢いよく割れた。同時に、俺たちの髪が風圧で煽られる。時が止まったかのような一瞬の後、遮蔽物の陰から出ていた敵の上半身が、勢いよく弾け飛んだ。三、四人分の血液と臓物が床、壁、天井へとへばり付く。
気づいた時には、このフロアのガラス張りの壁面は、両側共に完全に砕け散っていた。
残る敵は四人。俺がそれを確認した時、凄まじい雄叫びが響き渡った。
憲明だ。敵の気を引くためだろう。唖然としていた残敵は、首だけをそちらに向けた。完全に、視線と銃口がバラバラだ。まるで俺に、撃ってくれと頼んでいるかのようにすら見える。
後は呆気ないものだった。俺が三人を処理する間に、憲明は一人の頭部を粉砕した。これで、このフロアはクリアだ。
「よし、生存者がいたら止めを刺すぞ」
葉月が自分の拳銃を手に、歩み出てくる。
「ダリ・マドゥーはいたか、佐山?」
「いや」
俺の動体視力は、今は誰よりも優れているはずだが、あの写真の人物はいなかった。
まさか、まだどこかに潜んでいるのか?
俺が訝し気にフロアの中央に踏み込んだ、まさにその時だった。俺は慌てて飛び退いた。天井から、凄まじい殺気を感じ取ったのだ。
「全員伏せろ!」
叫ぶが早いか、何かが天井から降ってきた。手榴弾だ。それも一個や二個ではない。そのどれもが、既にピンを抜かれた状態である。俺はそれを確認してから、最寄りのソファの陰に飛び込んだ。
ズズン、とフロア全体が揺さぶられる。地震でも起きたのかと思うほどに。
投下された手榴弾は、そのどれもが一斉に起爆した。堅い破砕音が混じっているところから察するに、四階に通じる大穴が空いてしまったと考えるべきだろう。
「なかなかいい勘してるじゃねえか、佐山潤一とやら」
粉塵の向こうに、人影がするりと降り立つのを、俺は視認した。すぐに拳銃を抜き、三連射。狙いが精確ならば、胸部に二発、頭部に一発命中したはずだ。が、声は止まない。かわされたか。
「おうおう、おっかねえ。最近の日本のガキはキレやすいとは聞いていたが、そんなに俺が憎らしいかねえ?」
「武器を捨てろ! 腹這いになれ!」
後方から葉月が呼びかけるが、無事だった人影はそれを無視。
「葉月、引っ込め!」
葉月がしゃがみ込んだ直後、彼女の頭があった部分を、大口径の拳銃弾が撃ち抜いた。
「敵に甘いリーダーさんは引っ込んでな」
随分と流暢な日本語で、俺たちを挑発・牽制してくる。この男は――。
「お前、ダリ・マドゥーだな?」
「ご明察だ、佐山潤一とやら。話は聞いてるぜ」
すると、今度は横合いで動きがあった。リロードを完了した憲明が、ショットガンをぶちかましたのだ。が。
「おっと、俺は潤一って奴と話があるんだ。邪魔はしねえでもらいたいもんだな!」
粉塵から、人影が憲明に向かって飛び出した。その横顔、間違いなくダリ・マドゥーだった。
俺が注意を促す間もなく、マドゥーは憲明のショットガンを蹴り上げた。すかさず予備の拳銃を取り出す憲明。だが、それもマドゥーには読まれていたらしい。次の瞬間には、憲明の巨躯は宙を舞っていた。手から拳銃が滑り落ちる。強烈なミドルキックが、憲明の戦闘力を一瞬で奪ってしまった。
「がっ!」
床に叩きつけられる憲明。唇を切り、出血する。
「さあて、お相手願おうか、佐山潤一。サシで勝負だ」
RCの残り時間はあと七分。俺は言葉を発することなく、両手から一発ずつ、弾丸を放った。
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