第19話


         ※


「ほ、本当に? 僕に撃たせてくれるの!?」


 静かな作戦会議は、和也の唐突な一言で急な盛り上がりを見せた。


「やった! 皆の役に立てるんだね!」

「おい、会議中だぞ。座ってろ」

「あ、ああ。ごめん、憲明」


 肩を竦める憲明の横で、葉月はサングラスの向こうの目を光らせる。

 

 葉月から告げられた、作戦の変更点。それは、和也に狙撃での援護をさせる、ということだった。

 何故そんなことが可能になったのか。それは、ダリ・マドゥーたちの根城になっているフロアの防弾ガラスを破れるようになったからだ。


「繰り返すようだが和也、お前は対戦車ライフルを扱えるんだな?」


 期待と疑念の混じった葉月と視線を合わせながら、和也は自分の胸を拳で叩いた。つくづく分かりやすい奴だ。

 対戦車ライフルが手に入った。いかに強固な防弾ガラスとて、最新鋭の対戦車ライフルの直撃を受けては、その強度を維持できまい。だから和也からの援護射撃が期待できる。

 それが、葉月の語ったことだ。


「だがな和也、てめえ、そんなはしゃいだ様子で引き金引くんじゃねえぞ? ただでさえ混戦が想定されるんだ。俺たちまでハチの巣にされちゃあ敵わねえ」

「心配しないでよ、憲明! 今までだって、僕の腕を買ってくれてただろ? 大丈夫だって!」


 あまりに楽観的な態度の和也に、憲明は舌打ちをしてそっぽを向いた。

 しかし、俺の脳裏には、一つの疑問がよぎっていた。


「なあ、葉月。対戦車ライフルなんて、どこで手に入れたんだ?」


 この部屋が盗聴される恐れがないことは、ドクが保証してくれている。今尋ねても問題あるまい。


「ああ、それは、つい最近になって開拓した密売ルートから買い付けたんだ」


 事も無げに、葉月は語りだした。


「この前のオランダ人の麻薬密売人、いただろう? あいつの遺体をスキャンしたら、そんな情報の詰まったチップが頭に埋め込まれてたんだよ」


 俺は『そ、そうなのか』と一言。RCに突入していたとはいえ、あれだけ酷い殺し方をした人間の遺体だ。それを、いつの間にか葉月は運んでいたらしい。大した度胸である。


「その銃器ブローカー、信用できんのか?」


 両腕を後頭部に遣りながら、憲明がじとっとした目で葉月を見た。


「ああ。ドクに調べを入れてもらって、信用できる闇の売人だと判断している」


『信頼』と『闇』とは、随分と矛盾した概念に思えるが。


「じゃあ、僕は早速狙撃ポジションを探してみるよ! 邪魔しないでね!」

「あっ、おい!」


 俺が引き留める間もなく、和也は嬉々として自室に向かってしまった。


「やれやれ、お坊ちゃんは手に負えねえな」


 あいつの面倒は見切れない。そんな、匙を投げるかのような口調の憲明を宥めるのは不可能だ。だが、こうして和也が一時的に退場したことで、俺と葉月、憲明の間で進められる話というものもある。


「ちょっといいか、二人共」

「んあ?」

「どうした、佐山?」


 つまらなそうな憲明に、真剣な眼差しをくれる葉月。俺は二人を交互に見ながら、言葉を繋いだ。


「少し前から思ってたんだが……。いろいろと出来過ぎてないか? 俺たちの作戦」

「どういう意味だ?」

「あのな、葉月。土田の遺体からはダリ・マドゥーの居場所が割れて、オランダの密売人の遺体からは強力な銃器のヒントが与えられた。加えて、敵は俺たちに捕捉できるような通信手段を用いている」

「ふむ」


 顎に手を遣って、テーブルの一点を見下ろす葉月。憲明は、『言われてみれば』という趣旨のことを口にした。


「それに、隠し事はなしにしたいから言っておくんだが……。俺の親父が生きていて、ダリ・マドゥーとのコネを持ってる可能性がある」

「何だって?」


 これには葉月も驚いたらしい。憲明も、姿勢こそ崩さなかったものの、目を丸くした。


「佐山、その情報、一体どこで……?」

「今朝、ドクのところでな」

「それは……」


 歯切れの悪い葉月。俺に気を遣おうとしてくれているようだ。が、そうまでされなくとも、俺は落ち着いていた。


「何が言いたいんだ、潤一?」


 ぐっと身を乗り出してきた憲明に向かい、俺は一言。


「罠かもしれない」


 憲明は、目線だけで続きを促してくる。


「ここからは俺の推測だけど、もしかして、俺たちは誘導されてるのかもしれない」

「誘導って、どこへ? いや、何に?」


 不安の色を帯びた葉月の瞳を直視しきれず、俺は『さあ』と返答をぼかした。


「ドクは当然勘づいてんだろうな?」


 より顔を寄せてくる憲明。


「ああ。というより、こういう推論を俺たちが立てるだろう、ということくらいは察してるだろうな」

「で、どうする、司令官殿?」


 ガタン、と椅子を鳴らして、憲明は葉月の方へと向き直った。


「その呼び方はよせ。これが罠であろうと偶然であろうと、ドクの入手した情報を基に動くしかないだろう」

「つまり、敵の動きがはっきりしたら、今の会議で話した作戦で行くんだな?」


 無言で頷く葉月を見ながら、俺は立ち上がった。


「あっ、佐山、どこへ?」

「次回RCを使うだけの睡眠が足りてない。寝る」

「あ、ああ」


 空気の抜ける風船のような声を漏らす葉月。


「じゃ、俺も銃器のメンテでもすっかな」


 葉月と二人きりになるのを避けてのことだろう、憲明も腰を上げる。

 こうして、この日の作戦会議は呆気なく幕を閉じた。


         ※


 それから二日後のことだった。

 十分な睡眠を貪った俺の耳朶を打ったのは、スマホのメール着信音だった。


「ん」


 素早く脳みそを起動させ、スマホを手に取る。そこには一言、こう書かれていた。


《親鳥は巣に戻った》


 来やがったか。死んだと思っていた親父と相対する『かもしれない』日が。

 彼が敵か味方かはどうあれ、俺の胸中にある思いは一つだ。


『いつかは超えなければならない存在だった』


 と。

 俺は時間を確認した。午前八時。ということは、襲撃作戦は今日の昼にでもなるか。勢いよくブランケットを跳ね除けて、部屋の隅のロッカーを確認する。そこには、拳銃や防弾ベスト、ヘッドセットなどの戦闘装備一式が、出番を今か今かと待っていた。


 まずはミーティングだ。俺は自分の勢いを殺さずに、ドアを引き開けて食堂兼会議室に向かった。


 一番乗りは俺だった。しかし、そう間を置かずして和也がやって来た。


「あっ、惜しい! ジュン、早いよ~」

「悪かったな。でも、お前だってこの作戦には乗り気なんだろう?」

「まあね。それに、今日の朝食当番は僕だから」


 そうか。それを聞いて、俺は安堵した。和也の料理の腕はからっきしだからだ。だが、今日は作戦決行日のルーティンとして、レトルトカレーと蜂蜜入りヨーグルトを食べることになっている。どちらも既製品だ。和也の下手さが介在する余地はない。

 それを指摘すると、和也はさも残念、という顔つきで地団駄を踏んだ。


「なあんだ、僕の腕を振るう機会がないじゃんか!」

「ああ、残念だな」


 下手の横好きだ、とはもちろん言わない。

 

 そんな遣り取りをしているうちに、葉月と憲明も会議室に入ってきた。


「なんだなんだ、朝から騒々しいぞ」


 軽い調子で注意を促す葉月。どうやら今は、精神的に落ち着いているらしい。


「あっ、葉月! おっはよー!」


 和也が小動物を連想させる挙動で葉月に駆け寄ったが、


「朝飯当番、今日はお前だろ。ほれ」

「ぐえ」


 和也は憲明に後ろ襟を引っ掴まれ、調理場の方へと軽く放られた。

 すると、俺たちの両肩に、途端に沈黙がのしかかってきた。


「ま、まあ座るか」

「ああ」

「そうだな」


 葉月の言葉に、素直に従う俺と憲明。


「お待たせ~。って、あれ?」


 明らかに和也が浮いてしまったのは言うまでもない。


         ※


 沈黙の朝食を終えて、俺たちは各々部屋に戻り、装備をバックパックに詰め込んだ。銃器やヘッドセットを装着するのは、現場に到着してからだ。

 俺と和也、葉月と憲明というふうに、ミニバンと軽自動車に分乗する。俺は、和也が自ら考え抜いたという狙撃ポイントに、彼を送り届ける必要がある。


「力むなよ、和也」

「分かってるよ、ジュン。君たちの援護は任せてくれ」

「おう。期待してるぜ」


 そう軽口を叩き、和也とハイタッチを交わして別れた。


 繁華街から車を走らせ、広い通りの走るビル街に出た。タイミングを合わせたかのように、見慣れたミニバンが隣車線に滑り込んでくる。俺たちは、ダリ・マドゥーの根城を挟み込むように、左右に分かれて車を向かわせた。


 真夏の陽光を避けるようにして、俺は車を停車させた。リュックサックの中身を検める。問題なし。

 拳銃のセーフティを外し、ホルスターに入れて腰から吊るす。防弾ベストは既に装着しているから、あとはヘッドセット。

 装備したそばから、葉月の声が聞こえてきた。


《こちら葉月。皆、準備はいいか?》

《憲明、よし》

《和也、いつでも!》

「潤一、問題なし。葉月、合流するぞ」


 俺はビルの正面入り口へと足を向けた。

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