第21話

 半身を反らして俺の射撃をかわすマドゥー。速い。そのままサイドステップして、二発を発砲した。今度は俺が屈みこむ番だ。

 その発砲音から、俺はマドゥーの拳銃がリボルバーであることに気づいた。俺が使っているオートマチック拳銃に比べ、装弾数は少ない。しかし、誤作動が少なく、高威力の弾丸を使用することができる。

 防弾ベストを着用していても、その威力に押されて姿勢を崩される恐れがある。そうしたら、次弾で仕留められてしまう。一発たりとも、当たるわけにはいかない。


 俺は盾に使ったソファから身を乗り出し、マドゥーが駆け出した方向に視線を遣った。が、そこに相手の姿はない。すると今度は、再び粉塵の向こうから銃弾が飛んできた。俺が隠れている間に、逆方向にステップして姿を消したのだ。


「ッ!」


 殺気に合わせて、俺は横っ飛びして回避。再びリボルバーから放たれた二発の弾丸が、俺の髪の先端を掠めた。

 俺はそのまま転がって、相手の死角を突こうと試みる。見えた。デスクの隙間から、足が露見している。俺はすかさず発砲した。が、これも読まれていたのか、その足は真上に消えた。


「しまった!」


 上方を取られた。俺は腹這いになった自分の全身を、バネのように跳ね飛ばしてその場を離脱。直後、デスクに大穴が空いた。

 数センチの厚みのあるデスクを貫通する威力の、大口径の弾丸。

 ますます警戒の度合いを高める俺に対し、再び姿を消したマドゥーは、相変わらず明快な口調で語りかけてきた。


「ハッ! やるじゃねえか! サシで俺に六発も使わせるガンスリンガーに会ったのは久しぶりだ!」


 ガンスリンガー、か。だが、戦いようは他にもある。お互い、体術も優れていると言っていいだろうから。


 マドゥーは巧みに姿勢を下げ、移動する足を止めずにリロードしている。俺は相手の動きの俊敏さを試すため、わざと精度の欠けた銃撃を加えた。


「おおっと!」


 マドゥーはおどけたような声を上げ、ジグザグにフロアを突っ切る。

 右手の拳銃を撃ち尽くした俺は、左手を上げて、今度は狙って銃撃。するとマドゥーは振り返り、デスクを蹴飛ばして盾にした。


「くっ!」


 俺は腕をかざし、デスクを弾き飛ばす。その向こうで、マドゥーは思いがけない挙動を取っていた。

 拳銃を捨てたのだ。


「!?」


 俺の思考が混乱した一瞬の隙をつき、マドゥーはスライディングの要領で移動し、新たな武器を手に取った。憲明のショットガンだ。


 マズい、と思いながらも、俺はすぐに判断した。一気に接敵するしかない。

 ショットガンを相手に、拳銃では歯が立たない。遮蔽物が意味を成さない可能性があるのだ。接近戦に持ち込まなければ。


「だったら……!」


 俺はイチかバチか、拳銃をホルスターに戻し、勢いよく床を蹴った。駆け出したのではない。跳んだのだ。

 これにはマドゥーも驚いたらしく、ショットガンの狙いが逸れた。一発分の発砲音。


「うっ!」


 弾丸の風圧で、頬が切れる。だが、決して致命傷ではない。浅い裂傷だ。

 相手に撃たせてまで俺が跳んだ先。そこは、手榴弾で陥没した穴の端だった。恐らくは、マドゥーがトラップの一つ、落とし穴として活用すべきだった罠。


 その落とし穴に跳び込んでくるとは、相手にとって意外だっただろう。しかし、俺とてそのまま穴に落っこちるつもりはない。マドゥーの足元、落とし穴の淵を、俺は両手で掴み込んだ。ちょうどぶら下がるように。


「ふっ!」


 大きな息を一つつき、身体を前後に振る。マドゥーが俺の手を踏みにじろうとした瞬間、俺は勢いよく全身を伸ばして縦に一回転した。そのままコンバットブーツの底を、相手の鼻先に叩きつける。それから、タイミングを計って両手を穴の淵から離す。

 こうして、俺は再びフロアに足を着いた。そのまま今度は横に一回転し、回し蹴りを浴びせる。


「チッ!」


 マドゥーは回避しきれず、ショットガンを手離した。それに合わせて、鼻血が舞った。

 が、そこで大人しく倒れるような相手ではない。俺が僅かに体勢を崩し、銃口と目線がズレた瞬間に、マドゥーはバックステップして愛銃を再び手に取った。俺もすかさず、ホルスターから拳銃を抜く。


 俺たちは互いに遮蔽物に向かって駆け寄りながら、牽制射撃を繰り返した。

 RCは、残り二分。悠長なことはやっていられない。俺はバチン、と自らの両頬を叩き、集中力を高めた。胸中で数字を数える。

 一、二、三、今!


 俺はデスクの陰から飛び出した。両手に握りしめた拳銃を、マドゥーに向けて連射。弾丸と共に吐き出された薬莢が、自分の足元でチリチリと音を立てる。相手はそろそろ顔を出すはずだ。


「葉月、今だ!」


 俺が叫ぶと同時、気を取られたのであろうマドゥーに向かい、葉月が銃撃を開始した。

 しかし、マドゥーは怯まない。俺を先に仕留めるつもりなのか、こちらに駆け出しながら銃撃する。俺は体操選手のように身を捻りながら跳躍、弾丸をかわしながら発砲しようとした、その時。


 視界が一瞬、真っ暗になった。だが、RCはまだ機能している。何があった? 

 俺が慌ててかぶりを振ると、何かが床に落ちた。カウボーイハットだ。目潰しを喰らったのだ、と理解する間に、俺は思いっきり頬を殴られた。なんとか回避を試みたが、勢いを殺しきれず、たたらを踏む。

 その間に、互いのサイドステップが複雑に交わり、俺は右のこめかみに拳銃を突きつけられた。


「随分と手間かけさせてくれたじゃねえか、坊主。これで終わりに――」


 だが、最後まで台詞を言わせるほど、俺はお人よしじゃない。振り返ることができない? なら真横に撃つまで。

 俺は右腕をやや高く掲げ、無造作に三発発砲。すると、マドゥーは、


「アチッ! クソが!」


 と悪態をつきながらバックステップ。


 俺がやったのは、薬莢で相手を攻撃するという無茶な戦術だった。振り返る前に、俺は撃たれる。だったら振り返らずに攻撃すればいいだけのこと。発砲に伴い排出された薬莢は、見事にマドゥーの顔面に接触した。


 俺は今度こそ振り返り、マドゥーに向けて二発発砲。右の拳銃が弾切れを起こしたので、左の拳銃でフロアの隅に追い詰める。


「ぐあっ! がっ!」


 そのうち二発が、それぞれ脇腹と右腕を掠め、マドゥーの運動性能を低下させる。

 かといって、状況が好転したとは言えない。RCの残り稼働時間は三十秒を切っている。あの猿のように跳び回るマドゥーに、致命的な一発を与えなければ。


 俺はマドゥーを追い詰めながら、思わず目を見開いた。これは、マズい。そしてそのマズい事態は、見事に発生した。目にも留まらぬ速さで、マドゥーが葉月に接敵。一瞬で彼女の拳銃を叩き落し、背後に回り込んで人質、というか盾にしたのだ。


「私に構うな! 撃て、佐山!」


 できればそうしている。だが、マドゥーの独特なフットワークに、RC発動中の俺も慎重にならざるを得ない。


「潤一、何やってる!?」

「憲明!」


 意識の戻った憲明が、拳銃を構えてマドゥーに向けている。憲明の腕前なら、葉月に重傷を負わせることなくマドゥーを狙うことも可能だろう。が、それでマドゥーが葉月を解放するかどうかは別問題だ。


 巧みに身体の急所を、俺からも憲明からも隠すマドゥー。強力な鎮痛剤でもキメてきたのか、出血も気にせずにニヤリと笑みを作る。

 しかし、その笑みが驚愕の表情に代わるのに、大した時間はかからなかった。


 まさに俺のRCが切れた瞬間、マドゥーが上半身をずらしたのだ。


「!?」


 皆が呆気に取られる中、マドゥーの腰から上が切断され、どちゃり、と血と臓物の海に倒れ込んだ。

 

《葉月、皆、無事かい!?》

「和也? 和也がやったのか?」


 RC使用の反動で、両膝を床についた俺。その横で、憲明がヘッドセットに吠える。


 和也がやった。その意味するところは、マドゥーの腰を真横から撃ち抜いたということだ。

 少しでも狂えば、葉月にも致命傷を与えかねない、危険な援護だ。それを援護と呼ぶかどうかは微妙なところだが。


「葉月、怪我は?」


 素早く葉月の元に駆け寄る憲明。しかし葉月は、全くの無傷だった。和也のずば抜けた才能がもたらした僥倖と言えるだろう。


「憲明、マドゥーの身体を調べるんだ」


 なんとかその声を絞り出す俺。憲明は無言のまま、マドゥーの上半身に近づいた。

 驚いたことに、マドゥーはまだ息があった。


「……畜生、てめえらみてえなガキに、この俺様が……」

「おい潤一、またお前の手で止めを刺すか?」


 目線と銃口をマドゥーに向けたまま、憲明が問うてくる。俺はやっとのことで立ち上がり、憲明のわきに並んだ。

 このまま放っておいても、この男は死ぬ。俺は首を横に振り、攻撃の意図がないことを憲明に知らせた。しかし、マドゥーは最期に、思いがけないことを口にした。


 口から血の泡を吹かせながら、一言。

『てめえの親父さんが待ってるぜ』と。

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