第12話

         ※


 翌日、午後十一時半過ぎ。東公園向かいのコンビニ前にて。


《こちら葉月、皆、聞こえるか?》

《憲明、問題なし》

《和也、大丈夫だよ!》

「潤一、よく聞こえる。待機を続行」


 俺たちとの通信状況を確認した葉月は、『了解』と告げて沈黙した。装備しているのは、戦闘時に邪魔にならないような小振りのヘッドセット。それに、葉月と憲明は消音器付きの拳銃を、和也は狙撃用ライフルを手にしている。


 俺は武器を携行していない。公園には人影はないが、俺が待機しているコンビニには、それなりの人の出入りがある。火器を持っていれば、バレる可能性が高い。

 その代わり、俺に備わっているのはRCだ。銃器がなくても十分に敵と渡り合える。

 俺は『待ち伏せ』という慣れない任に就きながら、缶コーヒーをちびちびと口に運んでいた。これ、ミルク入りだよな? ブラックにしか感じられないのだが。


 俺が缶のラベルを確認していると、コンビニの出入り口を挟んで反対側に、男がやって来た。二人連れだ。少しばかり違和感を覚えて、俺は横目で二人を見た。

 違和感の原因。それは明白で、彼らはスーツを羽織っているということだ。薄手のようだが、こんな真夏にスーツというのは、不自然であることに変わりはない。

 二人の男は何を喋るでもなく、設置された灰皿の近くに陣取って、煙草を吹かし始めた。


 俺は二人組から目を離し、道路の反対側に視線を戻した。

 もうすぐ。もうすぐ土田がやってくる。ダリ・マドゥーへ繋がる道標だ。乗り越えるべきステップだ。ここで逃がしてなるものか。


 俺は着合いを入れるべく、缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。瓶・缶用のゴミ箱に、空き缶を放り込む。そして、気づいた。先ほどの男二人組が、姿を消していることに。


「ん?」


 咄嗟に視線を左右に走らせると、男二人が道路を渡っていくところだった。大柄な背中と痩身の背中が並んで、スーツの裾をなびかせながら駆けていく。その先に目を遣った時、俺は自らの失態に気づいた。


「しまった!」


 土田だ。車道を挟んだ向こう側に、土田の姿がある。それに向かって行く二人の男。こいつら、まさか刑事か!


「こちら潤一、土田が現れた! 刑事二人が後を追ってる!」

《なんだって!?》

《畜生、潤一てめえなにやってんだ!?》

「後でお叱りは受ける。作戦は続行するしかないぞ、葉月、合流の準備をしてくれ!」


 そう言って、俺は気配を忍ばせながら、刑事二人の背後についた。


 何故、テロリストや犯罪者の処罰を公的機関に任せておかないのか。理由は二つある。

 一つ目は、葉月が言っていたように、俺たちが『テロリストを狩るテロリスト』だからだ。俺たちのテロリストに対する憎悪の濃密さは、警察機構の人間の比ではない。

 警察という組織がテロリストや犯罪者に下す罰は甘すぎる。そう思えばこそ、俺たちは自ら身体を張って、日々戦いに身を投じているのだ。


 二つ目は、標的(今回は土田)を捕らえ、自白させることで、より大きな標的(ダリ・マドゥー)を倒す道筋をつけたいという狙いがあるからだ。土田が警察に捕らわれてしまっては、マドゥーの情報は警察機構に封じ込まれ、ドクの力を以てしても情報の入手に時間がかかる。それでは、遅い。

 逆に、俺たちが土田の身柄を押さえられれば、いくらでも自白剤を飲ませられるし、拷問することもできる。


 これらの理由があって、俺たちはテロリストや犯罪者の捕縛・処罰を警察任せにはできない。いや、しない。俺たちの存在意義、プライドに懸けて。


 これらの事柄は、この一ヶ月で散々考えてきたことだ。一瞬でこの思考を再確認した俺は、空き缶を放り投げ、刑事の後をついていく。その先には、ゆっくりと足を進めていく土田の姿がある。まずは、間に挟まった刑事たちをどうかしなくては。


 公園に足を踏み入れた俺は、目の端で土田たち三人を捉えたまま、滑り台の陰に潜り込んだ。


「どうする、葉月?」


 園内で待機していた葉月に問うと、こんな答えが返ってきた。


「佐山、RCを発動して、刑事二人を倒せるか? できれば殺したくない」

「ああ、それは問題ない」


 気絶させればいいのか。どう対処すればいいのかは、RC覚醒時に自ずと分かることだろう。

 葉月はヘッドセットに声を吹き込んだ。


「憲明、そろそろだ。手榴弾は?」

《いつでも》

「了解。合図を待て」


 俺は無言で頷き、バックパックから暗視ゴーグルを取り出す葉月を見つめた。

 俺自身は、RCを発動すれば視界が明るくなるので問題はない。


「それじゃあ、手榴弾を」

《ああ》


 ふと、葉月が俺を見返してきた。俺は『大丈夫だ』と励ましの意味を込めて、微かに頷く。葉月もまた頷き返してきた。汗で髪が頬に貼りつき、どこか艶めかしい感じを帯びている。

 そんな俺の雑念など知らずに、葉月はマイクに吹き込んだ。


「手榴弾、起爆」

《了解》


 すると、カウントダウンなど省略して、バン、という軽い爆発音がした。同時に俺は、自分の右のこめかみを指圧し、RCに突入。緑色に縁どられた視界の中が、微かに暗くなった。公園内の電灯が消えたのだ。


「行くぞ!」


 どちらからともなく声をかけ、俺と葉月は飛び出した。

 土田と刑事二人は、はっとして振り返った。刑事の姿を認めたのだろう、土田は獣道へと踏み込む。刑事二人も退くわけにいかず、土田と同じ方向へ駆け出す。


「俺が刑事二人を止める! 葉月は土田の動きを止めてくれ! すぐに追いつく!」

「了解!」


 滑り台の陰から出た俺は、既にこちらに背を向けている刑事たちに仕掛けた。背後から、というのは卑怯だろうか? いや、そんな綺麗事、言っていられるか。


 俺は身を引くくして、荒野のチーターを想像しながら接敵。刑事のうち、痩身の方に後ろから抱き着いた。正確には、腰元の拳銃を奪いながら、背後から拘束した。

 はっとしたもう一人に向かい、俺は躊躇いなく発砲。狙うは脚部。致命傷にならないよう、太腿は避ける。


「がッ!」


 短い悲鳴と共にくず折れる、刑事の片割れ。


「行け、葉月!」


 言うまでもなく、葉月は俺の背後をすり抜け、土田の方へと向かった。

 俺は、今背後から締めつけている刑事の首に腕を回し、柔道の締め技の要領で気絶させた。その身体を無造作に放り投げ、足を撃った刑事を見下ろす。うつ伏せで、無線機を手にしている。


 応援を呼ぶつもりか? させるか。

 俺は思いっきり刑事の腕を蹴りつけた。吹っ飛び、バラバラになっていく無線機。これで、刑事の増援は来なくなったと判断していいだろう。

 俺は続けざまに刑事の頭部を踏みにじった。もちろん、殺さない程度に。この前の俺のように、脳震盪くらいは起こしたかもしれないが。


 その時になって、俺は違和感を覚えた。一発も銃声が聞こえてこないのだ。

 いくら消音器を付けているからといって、僅かな発砲音を聞き取る自信はある。


「葉月、大丈夫か!」


 俺が叫びながら視線を飛ばす。そこには、土田と対峙する葉月の姿があった。彼女の手中に拳銃は――ない。


 俺は、今度は土田の脚部を狙って拳銃を構えた。が、しかし。

 一瞬、何かが煌めいた。慌ててバックステップする俺。その手からは、拳銃が弾き飛ばされている。

 銃弾で敵の拳銃を弾くのは現実的ではない。これは、ナイフか。葉月も同様に、拳銃を奪われたのだろう。


「会いたかったぜぇ、佐山くんよぉ」


 鼻声で、しかし高々と声を上げる土田。まさか、こいつに戦闘力があったとは。それに、俺のことを知っている。

 しかし、驚きを露呈させずに、俺は両手で拳を作った。顎の高さにまで拳を掲げる。ボクシングの体勢だ。


「ほおぅ? やる気か。いいねぇ、もしお前が負けたら、こっちの姉ちゃんを貰っていくが、構わねえよなぁ?」


 ヘッドセットのマイクは機能している。憲明にも、今の状況は伝わっているはずだ。

 俺には土田を打ち負かす自信はあったが、葉月を巻き込みかねない状況はいただけない。俺はヘッドセットを外し、改めて戦闘体勢を取った。


 ゆっくりとしゃがみ込み、巻き添えになるのを防ごうとする葉月。その手前で、土田はぬらり、と自分の舌で唇を舐めた。シャキリ、という音と共に、パーカーの袖から新たなナイフが滑り出る。


「行くぜぇ、佐山ぁ!」


 俺の予想を上回る速度で、土田は踏み込んできた。腰だめにナイフを構え、ストレートに俺の腹部を狙ってくる。横薙ぎにされた切っ先を、俺はバックステップで回避。シャツの腹部が裂けたが、皮膚は無事だ。

 土田は下がることなく、執拗に俺を追い詰めてきた。


「ふっ! はっ! とっ!」


 不気味に唇を歪ませながら、連続斬りを繰り出す土田。恐らく、俺が後退し切ってしまうタイミングを見定めようとしているのだろう。バックステップできなくなった俺に向かい、渾身の一突きを繰り出す。

 俺はひとまず、土田の作戦に乗ってみることにした。

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