第2話

 俺が身を翻し、再びコンテナの陰に入ると、自動小銃の銃火が追ってきた。少しばかり、様子を見る必要があるな。しかし、顔を覗かせたのではいい的になる。


「葉月、憲明、援護を頼めるか?」

《了解!》

《おう!》


 俺は反対側のコンテナを睨みつけた。


「カウント三で飛び出すぞ。三、二、一!」


 と、言い終えるや否や、俺はスピードスタートで飛び出した。ワンテンポ遅れて、葉月たちの援護の弾幕が展開される。再びコンテナを蹴り、跳躍を繰り返す俺。敵が俺を捕捉するのに後れを取ったので、俺は上方からじっくり状況査定ができた。


 残る敵は五人。四人のボディガードと、西洋人と思しき首領だ。アタッシュケースを抱いている。きっとこれが、密輸する予定だった薬物だろう。

 ボディガードといっても、その姿は特異だった。防弾ベストを着込んでいるのは想定内としても、フルフェイスのヘルメットを着けているとは。頭を防御するためだろう。

 頭を撃ち抜けないとしたら、俺はどう出たらいい? 一応、武器を叩き落しておくか。


 俺は着地すると見せかけて身体を捻り、再び宙を舞う。身体に回転をかけながら、今まで以上に、精密に狙いをつける。そして、パン。

 俺が引き金を引いたのは、両手それぞれ二回ずつ。狙ったのは頭でも胸でもなく、手先だった。狙った通り、放たれた弾丸は、吸い込まれるように着弾。さすがに得物を扱う箇所を、防弾仕様にしてはいられまい。


 ボディガードが全員、自動小銃を取り落とすのを見届けてから、俺は思いっきり前に飛んだ。身体を張って首領を守ろうとする奴もいたが、激痛のためかふらついている。問答無用で蹴り飛ばした。そして拳銃を素早くホルスターに戻す。

 首領を捕らえた俺は、相手の胸倉を掴み、肩を叩いて半回転させ、そのまま押し倒した。床の上を転がり、背後から抱き着くような形で相手の身体を上にする。これで、ボディガードたちは手出しができなくなった。


「憲明、やれ!」


 そう叫ぶが早いか、携行火器のものとは思えない轟音が、倉庫に響き渡った。憲明の得物、ガトリング砲だ。六門の銃身が回転しながら、毎秒百発の勢いで弾丸を吐き出すという代物で、その重量故に憲明にしか扱えない。実際、現場に持ち込むのにも苦労する一品だが、今回はそれだけの価値があった。


 手で耳を塞げない俺は、自分の鼓膜がバリバリと激しく波打つのを感じた。同時に、生々しい破砕音も。首領が何事か喚いているが、知ったことではない。

 それでも、五、六秒間にわたる銃撃によって、四人のボディガードの上半身が粉微塵になったのは確かだ。


 轟音は唐突に勢いを失い、最後にはカラカラッ、という軽い音がした。銃撃を終えたガトリング砲の銃身が空回りしているのだ。


《どうだ、上手くいったか?》

「ああ。問題ない」


 憲明の確認に、淡々と答える俺。まだ少し耳鳴りがするが、これは我慢の範疇ということにしておかなければなるまい。

 

 俺は急いで首領の贅肉だらけの身体をどけて、脱出した。こういう手合いはやたらと失禁するものだから、自分の戦闘服を汚さないようにするためには、さっさと離れるに限る。

 立ち上がった俺は、仰向けのまま目を見開いている首領の前に回り込み、軽く股間を蹴りつけた。飽くまで軽くだ。首領は何やら悲鳴を上げてうずくまったが、動きを封じるにはこれが一番。


 すると、背後から足音が響いてきた。びしゃり、びしゃりと、血の海に踏み入るのにも躊躇なく。


「よくやってくれた、佐山」


 葉月だった。すると、その葉月の言葉が合図だったかのように、立ったままだった四つの死体(というか、下半身)が真っ赤な床に倒れた。


「葉月、怪我はないか? 和也が心配していたが」

「私は大丈夫だ」


 微かに顔をしかめる葉月。俺が何か、不愉快なことを言ったのだろうか? だが、そんなことを確かめている余裕はない。


「とっととこの親分に落とし前を着けてもらおうぜ」


 そう言って近づいてきたのは憲明だ。ガトリング砲は、血や肉片に塗れないよう、注意深く離して置いてある。


「ああ、そうだな」


 俺はそう言って、血塗れになったアタッシュケースを取り上げた。わざと首領の近くまで運んできて、床に置いてカチャリ、と開ける。そこには、透明なビニール袋に入った白い粉が詰め込まれていた。十袋ほどに分けられている。


「こいつは、オランダ本国でも禁止されてる薬物だな。どこで手に入れたんだか」

「きっと第三国で積んだんだろう。中東か北アフリカか、私は詳しくないが」

「潤一も葉月も喋ってないで、さっさとこいつにケリをつけちまえよ」

「そうだな、憲明」


 さも退屈そうな憲明に丸め込まれる形で、俺は今日の作戦の『仕上げ』に取りかかった。

 拳銃を一丁、ホルスターから抜いて、首領の眉間にピタリと押しつける。

 首領は『自分は日本語が分からない』という趣旨のことを英語で喚いたが、知ったこっちゃない。


 俺は躊躇いなく引き金を引いた。しかし、このまま簡単に殺してしまうつもりはさらさらない。眉間に当てていた銃口は、引き金を引く直前に狙いをずらしている。首領の片耳へと。


「ぎゃあっ!」


 耳を削がれ、首領が潰れた蛙のような悲鳴を上げる。悲鳴は万国共通だったか。

 俺はそのまま、もう片方の耳を弾き飛ばした。


「があっ!」


 仰向けの姿勢のまま、ぎゃあぎゃあ騒ぐ首領。俺はやや距離を取り、今度は足に狙いを定めた。即死させるつもりはない。苦しみ抜いてからくたばれ。


 その後、両足、両手の順で、俺は首領の身体に弾丸を叩き込んだ。生憎、頭を撃ち抜かなかったせいで、首領は最期まで悲鳴を上げ、のたうち回り、俺も体験したことがないであろう苦痛に苛まれた。


 これは、俺の復讐劇だ。幕引きは俺がやる。いや、他の誰にもやらせない。邪魔する奴は殺す。


 どてっぱらに穴を空けたところで、流石に失血量が多くなったのか、首領は動きを止め、痙攣し始めた。もうここまでか。

 俺は狙いを上方に移し、今度こそ眉間を撃ち抜いた。


「作戦終了だ、葉月」

「ああ」


 短く答える葉月の表情は、決して明るいものとは言えなかった。それを代弁するかのように、憲明が口を挟む。


「まあ、潤一も趣味がいいんだかなんだかな」


 そう言いながら、煙草をくわえる憲明。


「おい待て、憲明! 煙草を吸ったら吸い殻で身分がバレる可能性が――」

「吸わねえよ。くわえてるだけだ」


 微かに狼狽の色を表した葉月に向かい、『心配すんな』と憲明は応じた。


 その時だった。俺の五感のうちの何かが、怪しい動きを察知した。さっと拳銃のうち片方を引き抜き、大声を上げる。


「武器を捨てて出てこい!」


 俺の言葉に連動するように、葉月と憲明もまた、自動小銃を構え直した。


「ま、待ってくれ! 今銃を捨てる!」


 コンテナの陰から声がする。若い男の声だ。同時に、拳銃が一丁、床を滑ってくる。


「い、命だけは……」

「出てこい!」


 繰り返す俺。その視界に、ゆっくりとした足取りの男が入ってきた。やはり若い。二十代半ばといったところか。金髪で、男性用のネックレスを首にかけている。

 俺たちの前で立ち止まった男。彼に次の言葉をかけたのは葉月だった。


「よし、お前の身柄を拘束する。そのまま後ろを向いて――」


 と言ったところで、俺は発砲した。


「あ……」


 その声が葉月のものか、男のものかは判然としない。確かなのは、俺が過たず、男の胸を撃ち抜いたということだ。

 実に呆気なく、男は前のめりに倒れ込んだ。即死であることに間違いはない。

 男を支えるような格好になる葉月。ヒュッ、と短く口笛を鳴らす憲明。


 男の死体を横たえてから、葉月は肩を震わせながらこちらに振り向いた。その顔は、薄暗い中でもはっきり見えるほど真っ赤に染まり、怒りに目を吊り上げていた。


「何をするんだ、潤一!」


 俺の胸倉に手を伸ばす葉月。だが、俺はその手を簡単に払いのけた。しかし、それで黙っている葉月ではない。


「この男は殺傷目標じゃない! 無暗に人を殺す必要はないんだぞ! 武器だって捨てて――」

「捨ててねえよ」

「何?」

「よく見ろ」


 慌てて振り返る葉月。その時、ようやく彼女も気づいたようだ。男が背中に、大振りのコンバットナイフを忍ばせていたことに。


「葉月、よく聞け。もしあのままお前を放っておいたら、今頃首を刎ねられていたかもしれない。これは正当防衛だ」


 拳銃に弾を残しておいてよかった。俺は再び、拳銃をホルスターに戻す。


「だ、だけど……」

「反論の余地はねえよ、葉月。潤一の判断の方が正しい」


 憲明が加勢してくれた。


「基本、作戦中に絡んできた奴は皆殺しだろ? 仕方ねえよ。それより、さっさと帰ろうぜ」


 そう言って、憲明はガトリング砲を抱え込み、率先して倉庫の外へと出て行った。俺はすぐ後に続く。葉月はしばし、その場に立っていたようだが、駆け足で俺たちに追いついた。

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