第20話 赤い悪魔
「く……苦しいずら……ミコちゃん」
朝になってジータがそう訴えた。ジータの額に手を乗せるとひどく熱い。
(これは病気が感染してしまったようね……手洗いやマスク程度では感染は防げなかったということかしら?)
「ジータ、大丈夫だよ。暖かくして眠れば、熱なんてすぐに下がるよ」
私はそうジータを励ましたが、ジータの目は泳いでいる。熱で朦朧とした様子だ。
「ミコちゃん、町に白い人がいっぱいいたずら。その人たちが誘ってくるずら……」
「ジータ、何を言っているのよ……」
ジータは時折、そんな怖いことを言う。町から町へ移動中にあそこにおばあさんがいるとはつぶやいたり、ケガをした兵隊さんが木々の間からこっちを見ているとか変なことを言ったりするのだ。
(神様に乗り移られた時から、ジータは変なのことを言いだすのよね。まあ、元から、ポーっとして不思議ちゃんなところはあるけど……)
「ミコちゃんも気を付けるずら……白い人がいっぱいいるずら」
「白い人なんていないよ。いるのは私だけ」
そう言って私はジータを抱きしめた。病気に感染してしまうかもしれない行為だが、防御力9999の私ならこれくらい大丈夫だろう。
恐らくウィルス性の感染症だ。その程度では防げなかったに違いない。だが、私はその理由をすぐに知ることになる。
ジータの頭に濡れたタオルを乗せて、壁越しの通気口があるのを発見したのだった。その通気口は隣のガインのおっちゃんたちの部屋に通じている。
(あちゃ~。これはここからの空気感染でジータに感染したとみるべきね)
しかし、私はというと、体調はすこぶる元気だ。ジータと同じ部屋で一緒に過ごしていたのだから、私も感染するはずだが、体はいつものように元気ハツラツである。
もしかしたら、私のもつ防御力999という固有の能力のおかげなのかもしれない。
(ガインのおっちゃんは峠を越えた感じだから、あと2,3日もすれば回復するだろう。コレットやキャサリンは明日、明後日を乗り越えれば……)
だが、ハンスさんは危篤だ。老人ではこの病気の症状に耐えられない。それは子供のジータも同様である。
「ふうふう……」
あまりの高熱にうなされるジータ。私は水で濡らしたタオルをジータの頭に乗せる。この程度ではすぐにタオルは温かくなってしまう。
(このままじゃ、ジータは死んでしまう……何とかしないと……)
私は少しでも冷たい水をと思い、宿屋の外に出た。裏手にある井戸で冷たい水をくもうと思ったのだ。
「ミコト様……」
井戸水を汲む私の背後で片足を突く不気味な男がいる。私の下僕にした王国のスパイ008こと、豆蔵である。
「豆蔵、調べはついた?」
私は振り返らないでそう尋ねた。実はこの町に到着して、ガインのおっちゃんたちが発病したとき、密かに豆蔵を呼んでこの病気について調査をさせていたのだ。
「ハハッ……ゴ報告イタスデゴザル。ヤハリ、コノ病気ヲ最初ニ持チ込ンダノハ、山ニ入ッタ冒険者ダッタデゴザル」
「その冒険者から裏を取れたの?」
「イエ……ソノ冒険者ハ発症シタノチ、亡クナッタデゴザル」
「死んだの?」
「ソウデゴザルヨ」
この病気は老人や子供には致命的だが、健康な大人は死ぬことは稀と言われる。一般人より、体力に秀でた冒険者が死ぬのは意外に思った。
「コノ病気ノ最初ノ感染者ハ、カナリ重症ナ症状ガ出ルトノコトデゴザル。恐ラク、保菌シタ生物カラ直接ウツサレタコトデ、カナリ重クナッタノダト思ワレルデゴザル」
「なるほど……感染源ね」
「亡クナッタ冒険者ニヨルト、赤イ悪魔ガ……ト、ウナサレテイタソウデゴザル」
「赤い悪魔?」
病気の感染源を知ることは重要だ。あの黒死病と恐れられたペストはノミが媒介するし、マラリアは蚊が媒介する。このジュラル熱もジュラル山だけに住む生物が媒介するに違いない。
だが、私は医学者でも細菌学者でもない。病気の感染源を知るより、ジータやガインのおっちゃんたちを治す方法が知りたいのだ。
「赤い悪魔は何か気になるけれど、今はそれよりも治療法の情報が欲しいわ。この病気の治療法はないの?」
医者は特効薬はないと言っていたが、その言い方が少しためらった感じがしたので、私はずっと気になっていたのだ。それが豆蔵に調査を命じた理由でもある。
「町ノ老人カラ聞イタ話ニヨルト、桃苔(モモコケ)トイウ、珍シイ植物ヲ煎ジタ汁ガ効果ガアルトノコトデゴザル」
「桃苔?」
「ハイ……。桃苔ハ貴重な植物デゴザル……高地ニ生エルト言ワレイルデゴザル。コンナ小サナ町デハ、手ニ入ラナイカト……」
「それ本当に効果があるの?」
「コノ町ノ上流階級ハ、都デ手ニ入レタヨウデ、実際ニ回復シタトノコトデゴザル。効果アルノハ、間違イナイデゴザルヨ。地獄ノ沙汰モ金次第トイウトコロデ、ゴザロウ」
「腐っているわね。この国って」
こういうところは、異世界であっても変わらない。しかし、桃苔はあまりに貴重で、お金を出せば手に入るという代物でもないらしい。
生息地は高地。しかも人があまり近づかない山の頂上ふきんにしか生息しない。そしてそういうところには、モンスターも生息する。この世界は人の住まないところにモンスターがはびこるのだ。
「この付近にその貴重な苔の生えていそうなところはないの?」
私は次の質問をした。風土病であるジェラル熱に効果があものが、同じ土地にあることは十分に考えられる。
「ジェラル山デス。ソノ山頂付近ニ、桃苔ガアルトイウ噂デゴザルガ……」
「なるほど、感染源の生物が生息する山ですか。そして、その山の危険はそれだけではないようね」
「サ、サスガ、ミコト様……」
このくらいのことは8歳だけど転生者の私は想像できる。先ほどの豆蔵の態度を見て推察すれば見当はつく。
そもそも、山へは立ち入ってはいけないという掟があり、誰も入らなかった山だ。風土病の感染源の他に恐ろしい理由があることは分かる。
「何か強力なモンスターがいるとか?」
「オ察シノトオリデス。山ニハ通常、ゴブリン、オークガ生息シテマスガ、コノ山デ一番ヤッカイナノハ、巻角ノ魔獣ト呼バレル、A級モンスターガイルトノコトデ、ゴザル……」
「巻角ノ魔獣……何ですかそれ?」
「ミコト様、神ヨリ遣ワサレタ勇者ナノニ、ゴ存ジナイノデスカ?」
「も、もちろん、知っているわ。豆蔵は見たことはないのでしょうけど」
私はそうカマをかけた。知ってるわけがない。私は基本的は転生者で8歳の幼女なのだ。それで私は、豆蔵も見たことのないレアなモンスターであることにかけた。
「わ、我モ、見タコトハアリマセンガ……」
(やりい、豆蔵、ナイス無知!)
どうやら、私は賭けに勝ったようだ。
「豆蔵、あなたのようなポンコツ諜報員は、噂でしか聞いたことないのでしょうけど、あんな猫の大きな奴、私の敵じゃないわ」
豆蔵が知らないようなので、私は適当なことを言った。猫の大きな奴という表現が正しいのかしまったと思ったが、豆蔵は感心したようにうなずいたので、それほど大きな違いはなかったようだ。
当然ながら、転生者の私は巻き角の魔獣なんて怪獣は見たことはないし、この世界に住む一般人も見たことはないだろう。
「伝承ニヨレバ、巻き角の魔獣ハ、古来ヨリ、山ニ封ゼラレタ悪魔ヲ見守ッテイルソウデス」
「よくある話ね。そんな化け物がそんなことするはずがないじゃない」
「ソウデショウカ……」
「そういうものよ。伝承なんて、大抵がファンタジーですからね」
「……ソレデ、ミコト様、ヤハリ、ソノ山ヘ行クノデゴザルカ?」
「行くわ。その桃苔を手に入れないと、ジータが死んでしまいますから」
ジュラル熱は子供にとっては致命的な病気だ。体力のない子供は1週間続く高熱に耐えられないし、助かっても後遺症が出る可能性もある。一刻も早く、特効薬の原料である桃苔を手に入れないといけない。
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