第13話 チックの男

 明日はこの町を出て山を一つ越すルートだ。次の町まで1日以上かかり、どこかで野宿する必要がある。

 この国の治安はよくない。さすがに町から町をつなぐメインルートに堂々と山賊が出ることはないが、それでも場所によっては山賊、野盗が出る。山の中だとゴブリンやオークといった下等な亜人による襲撃も気を付けなくてはいけない。

 奴らは基本、人間を警戒するが、弱いと判断すると襲い掛かってくるのだ。そして、この町に来た旅人たちの情報によると、ゴブリンの集団がいるらしい。

(ゴブリンか……)

  一応、神様から教えてもらった基本事項に、この世界に生息するこの下等な生物の情報はある。人間の子供ほどの大きさの小鬼である。単独なら大人の男なら軽くやっつけられる。だが、集団になると手ごわい。知能は低いが、人間の方が弱いとなると襲ってくる判断はできるのだ。

(山賊にゴブリン……面倒ごとが増えたわ)

 私は考えを巡らす。この国は実に危険で地方は崩壊している。

 無論、女衒商人としては経験豊富なガインのおっちゃんも危険を察知していた。ここからのルートは危険だと判断したのだ。

「おい、ミコト、俺に付いて来い」

 翌朝、ガインのおっちゃんは幌馬車の荷台に顔を突っ込み、私を呼び出した。

その時は朝食のパンをほおばっていた私は、ガインのおっちゃんと一緒に町の衛兵隊本部に出向いたのだった。

「いいか、ミコト。お前は賢い。今から行くところでは、俺の子供を演じるんだ。いいな」

 そう私に言い含める。私はおおよそ予想していたので、小さく頷いた。

(任せてちょうだいよ。私の演技の素晴らしさを見せてあげましょう)

 衛兵隊。このショパン王国の治安を守る組織である。大きな町には必ずあり、今いる小さな町には出張所がある。そこには兵士が詰めていて町の治安を守っている。

 彼らの役目は町と町をつなぐルートの守備も含まれる。1週間に1度、部隊がお互いに移動して駐屯地を交代することがあるのだ。

「あのう……今日、この町の衛兵隊が隣町まで移動すると聞いたのですが……」

 そうガインのおっちゃんは私を伴って、衛兵隊の詰め所で尋ねた。窓口で対応した兵士は、またかという顔をした。どうやら、朝からそういう話を何度も聞いたようだ。

「ああ、本日の10時出発だ。だが、商人は帯同を許さないぞ。俺たちは商売の片棒を担ぐわけにはいかないからな」

 そう兵士は答えた。町から町へ移動する場合、治安が悪いところを通る旅人は衛兵隊と一緒に行動するというのが生活の知恵であった。

 兵士と一緒に移動すれば、襲われる危険は少なくなる。特にここから隣町に行くルートは山を越えるルートであり、山賊や野盗の危険。また、ゴブリンやオークなどの野蛮な亜人や、各種モンスターに襲われる危険もあるのだ。

 兵士が商人はダメだと断ったのは、商人は山賊のターゲットになる危険があるから。兵士も無用な危険は避けたいらしい。

 ガインのおっちゃんは、そういう答えを予想していたらしく、私の手を握って白々しくこう答えた。

「いえ、私は商人じゃありませんよ。娘と旅をしているだけです。自分の実家に娘の顔を見せて都へ帰る途中でして……」

 そう言い訳をする。兵士は私とガインのおっちゃんの顔を交互に見て怪訝そうな顔をする。そりゃそうだ。小さいけどとてもかわいい私と、いかついガインのおっちゃんが親子だなんて思えないのだろう。

「うむ……お嬢ちゃん、名前はなんと言う?」

 そう兵士は私に聞いてくる。ここは演技をしなければと私は知恵を巡らせた。ガインのおっちゃんの後ろに隠れてはにかんだ。

「パパ、怖い……」

「おやおや……」

 その演技だけで兵士の疑問は解けていく。さすが私、天才子役者だ。

「ミコト、名前を教えてあげなさい」

 とどめとばかりにガインのおっちゃんは、私にそう促す。まるでお父さんになったような演技だ。

「ミコト……8歳です」

 私はそう言って兵士に答える。そして再び、ガインのおっちゃんの後ろに隠れる。完璧な演技。これを見て健気に思わない人間はいないだろう。

(さすが私、男心のツボを押さえてるううう~)

「ふむ……。わかった。お嬢ちゃん、かわいいねえ」

 そういうと兵士は私に飴玉を差し出した。

私の勝利である。

「ちょっと待て。隊長に確認してくる」

 そう兵士は改まってガインのおっちゃんにそう言うと、後方に座って忙しそうにしているこの衛兵隊の隊長のところへ事情を話しに行く。

やがてその隊長はこちらにやってきた。隊長と言ってもまだ若い。受付の兵士が40代のおじさんなのに隊長は20代後半くらいだ。

「隊長のケインといいます」

 そう青年隊長は自己紹介した。階級は中尉。襟のバッジに2本線が見える。亜麻色の髪を短く刈り上げた騎士である。

 ケインは私に目をやり、そっと頭を撫でるとガインのおっちゃんに話始めた。

「帯同は許可しますが、安全は保障できませんよ。ゴブリンの集団はともかく、実は強力な山賊団が軍の掃討戦を逃れて、この地方へ逃げてきたという情報があるのです」

「強力な山賊団?」

 ガインのおっちゃんの顔がより真剣になった。眉間の皺はあまり好ましくないことを表していた。

「オーガヘッドですよ。聞いたことがあるでしょう?」

 そう青年隊長は忌々しそうに山賊団の名前を話した。このオーガヘッドという山賊団は神様に教えてもらった予備知識の中にあった。

 王国に蔓延る武装集団で最大の勢力。一時は地方の都市を占領して、やりたい放題の略奪を行った非道な奴らなのだ。その勢力は3千人とも言われていたが、最近の掃討作戦でかなりの数が失われ、いくつかのグループに分裂して山へ逃亡しているという。

「オーガヘッドですか……そんな連中がこの周辺に……」

「ああ、あくまでも可能性ですよ。ですが、用心に越したことはない。我が隊は規模が小さく、魔法兵も神官兵もいませんからね。オーガヘッドには魔法が使える連中も混じっていると言いますから」

「そう聞きます……ですが、みなさんと行動できれば心強いです」

 そう言ってガインのおっちゃんは、ケイン隊長に頭を下げた。

「襲われれば我々は戦いますが、あなた方も自衛手段は整えてください。できれば、ギルドに寄って冒険者を護衛に雇うといいですよ。多少、お金はかかりますが、そんな可愛いお嬢ちゃんがいるのですから」

「もちろん、それもするつもりです」

 そうガインのおっちゃんは答えた。それは最初から計画のうちに入っていたようだ。

「では、10時に町の中央にある噴水広場で」

 そうケイン隊長は敬礼をした。私はその青年隊長の背後で書類を書いている中年の男に目を止めた。

どこかで見たことがある男である。

 時折、ピクッと肩を動かす仕草をする。白いひげ交じりの男である。兵士が何やら書類をもって男に指示を仰いでいる。

「はい、了解しました、グエン副隊長」

 そう兵士は敬礼をした。副隊長と呼ばれた男は、私をちらりと見て唇を少しだけ歪めた。

私の背中に冷たいものは走った。

(昨日の男だ……)

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