第12話 山賊の悪だくみ
馬車の旅は結構辛い。
これが貴族様専用のふかふかソファの座席で、車輪にサスペンションが装備された高級仕様の馬車なら快適なのだろう、所詮、奴隷として買われた私らを乗せる馬車は安物。
一応、幌はついているけど、そこに他の荷物と一緒に買われた私たち4人の少女は押し込められている。
木の床には安物のじゅうたんが敷かれて、硬い床に直で座ったり、寝転がったりするのは避けられた。私たち4人は古い毛布に包まって、ごとごと揺られて道を進む。
ジータと私以外の2人は15歳のお姉さん。赤毛の短い髪の方がコレット。くすんだ金髪の長い髪の方がキャサリン。
二人とも最初は怖くて毛布に包まっていたけれど、ガインのおっちゃんたちが親切に扱ってくれるので、徐々に警戒心を解いていったようだ。
今は小さい私とジータを気遣ってくれる。わけのわかっていないジータと健気な幼女を演じている私は、幌馬車の後ろからそっと顔を出し、変わりゆく景色を眺めて時間を潰している。
ちなみに後のメンバーは、御者のおじいさん。名前はハンスさん。もう一人は20代前半のガインのおっちゃんに仕える下僕の青年。名前はライアン。ガインのおっちゃんについて、商売の修行をしているようだ。
都から地方へ向かう道路は全く舗装がされていない。そういった意味でこの国は遅れている。インフラ整備は国の経済を左右する重要なファクターである。
(私が傾国の美女になったら、インフラ整備するわ。国中に舗装された快適な道を作る。そうすれば、この馬車の旅も快適に……)
よく考えれば、それは失政というより、善政に属することかもしれない。でも、大金を使い国庫も空になってしまうから、国を傾けることにもなるはずだ。政治って難しい。
それに私たちは頭からすっぽりと体を覆うマントを着せられている。人前に出るときは一切の肌を見せない。出ているのは目だけである。
こんな状況だから、トイレ休憩や食事以外、馬車から降りられないのである。これはとても辛かった。
そんな退屈な旅を2,3日続けていた私たち。
夕方には宿場町で夕食を食べるが、食事も寝るのも基本は馬車の中。ガインのおっさんと御者のハンスは宿場町の宿屋に泊まることはあるけれど、人目に触れさせないために私たち女奴隷は宿屋には泊まれないのだ。
だから、絨毯は敷いてあるとはいえ、今日も硬い床で寝ないといけない。
「ああ……ふかふかのベッドで寝たい~」
私はそう言って硬い床に寝転がってごろごろする。そもそも私は日本円にして2000万円もした高級な商品なのである。もっと大事に扱ってくれてもよさそうである。
だが、ガインのおっちゃん、私たちに大金をはたいてしまったので、極力、経費を削減したいらしい。食事も屋台で買ってきた食べ物をくれるだけで、料理屋でごちそうを食べさせてくれることはない。
でも、こういう待遇なのは、私たちを他の男の目にふれさせないため。女衒商人であるガインのおっちゃんが警戒するのは、途中で私たちを奪われること。
山賊や野党の類は金目のものと女を狙って地方に蔓延っているのだ。宿屋や酒場にはそんな山賊や野党の偵察部隊が派遣されていて、旅の商人の情報を集めていることはよくあることなのだ。
特に高級娼館に売る高価な私たちの存在を大ぴらにするのは、自殺行為でもある。地方都市から都市への街道は場所によっては、治安も悪く大変危険なのところなのだ。
(本当に問題よね……というか、私が傾けなくてももう傾いている気がするのですけど)
まあ、そんなダメな国だから、滅ぼせと神様が命じているのかもしれない。
旅に出て4日目。今晩も馬車の硬い床で女の子4人で身を寄せ合って寝ることになった。ガインのおっちゃんと御者は宿屋。私たちがいる馬車は、見張りの青年ライアンと共に宿屋に併設された馬車の駐輪場に駐車した。馬と一緒だから少し馬糞臭い。
「う~っ……トイレ、トイレっと……」
夜中に尿意を感じた私はトイレに行くことにした。ライアンに断ろうとしたけど、彼はぐうぐう寝ていたので起こさないようにそっと外に出た。
外は月明かりでほんのりに明るい。宿屋の外にあるトイレで用を済ました私は、なにやらひそひそと話声が行われているのに気が付いた。
(なんだろう……こんな夜中に……)
ガインのおっちゃんは宿屋の部屋でいびきをかいて寝ている時間。
私は声のする方にそっと近づいた。こういう時、体が小さいのはラッキーである。大きな樽がたくさん置かれているところに潜り込み、話している2人組の近くまで行けた。
そこで怪しげな格好の男2人が、こそこそと物陰で相談していたのだ。
「その話、本当だろうな」
「ああ……間違いない。女は4人。2人はガキだが将来楽しみな上玉だ。高く売れる。残り2人は慰み者だな。まだ若いからしばらくは楽しめる。散々、楽しんだ後売っても十分だ」
「くくく……それは楽しみだな。それで商人の方は?」
「それも心配ない。女衒商人だ。これまで女を売ってたんまり稼いだ金をもっているはず」
「それもいただきか……」
どうやら私たちを襲う計画を立てているよう。1人は山賊の一味だろう。人相が悪すぎる。もう一人は、帽子を目深に被り顔が見えない。時折、チック症状なのか肩をピクッと動かす仕草をする。きっと、この宿場町に住み、情報を山賊に流している男だろう。
(これは大変な場面を見てしまったわね……)
まさに犯罪の計画をしているところを見てしまったのだ。
見つかったら危険なことになるに違いない。私はそっと樽が置かれた場所から離れた。
「ううう……ミコちゃん、おしっこが漏れるべ……」
私は背後で寝とぼけて目をこすっているジータが立っているのに気付いた。
「ジータ、やばいよ!」
私は慌ててジータの口をふさいで、物陰に隠れる。男たちが辺りをうかがっている。ジータと私の声に反応したのだ。
「誰かいるのか?」
「まずい、聞かれたか?」
男たちが近づいてくる。右手には月明かりに照らされて不気味に光るナイフ。秘密を聞かれたのなら、殺してしまおうという魂胆である。
「ううう……むぐむぐ……」
「ジータ、静かにして……お願いだから」
私は小声でそうジータに囁く。ジータはコクコクと頷いた。怖い2人組が私たちを探しているのを見て、状況を察したようだ。
(どうする……)
私は考えた。幼女とはいえ、私には魔法がある。戦闘力も防御力も尋常ではない。戦えばきっと勝てるだろう。だが、ジータの見ている場面で無双するのは少々まずい。今後のことを考えると、私の能力は隠したほうがいい。
「ジータ、こっち……」
私はジータと一緒に、建物の中へそっと入った。そこは宿屋の資材倉庫。小麦を貯蔵した大きな箱がある。
(よし、ここなら!)
「気のせいか……」
「子供のような声がしたのだが」
2人の男が倉庫を見渡している。2人はしばらく、耳を澄まして警戒していたがやがて闇夜に姿を消した。
「ぷう~。ミコちゃん、苦しかったべ……」
私とジータは小麦の粒の山から顔を出した。どうやら、男たちに気づかれなかったようだ。
(それにしても、あの2人、絶対悪人よね。何か手を打っておく必要があるわね)
「ミコちゃん、どうしただべさ?」
考え込む私を見て無邪気に尋ねるジータ。先ほどの出来事は怖くなかったようだ。全く天然というのは羨ましい。
「ジータ、あなた何しにここへ来たの?」
「あ、そうだ!」
ジータは慌てて両手で前を抑える。
「おしっこが漏れちゃう~」
「ジータ、我慢して、トイレはすぐ近くだから……」
私はジータの手を引っ張って慌ててトイレへ連れて行った。もし、あの男たちに見つかったら、ジータは絶対、漏らしてしまっただろう。
黒歴史にならなくてよかった。
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