第8話 女衒商人ガイン
「よし、お前ら着替えたか。今から内覧会だ。みんな牢から出ろ。壁の前に一列に並ぶんだ」
そういうと係りのおっさんたちはぶっきらぼうに命令した。
牢のカギが開けられる。着替えた私たちは壁に並んだ。
総勢20人の女の子が年齢順に並ぶ。私とジータは一番小さい。だから、列の左端になる。
「おやおや、今日はよい玉は少ないですな」
「うちは容姿は関係ないですから。健康そうな女がいれば問題ない」
部屋に入った途端に私たちをジロジロと見て、失礼なことをぬかすおっさんが5人ほど入ってきた。
私は右手をそっと額に当てる。神様にもらった個人情報公開の能力だ。魔力で抵抗できない場合、おっさんたちの職業が分かる。
3人は妓楼に女の子を売る女衒商人。2人は労働力として買い取る奴隷商人である。彼らは常連の上得意客なので、事前にじっくりと品定めをするらしい。ここである程度の品定めをしておいて、後で競り落とすのだ。
「う~ん。こいつはすぐに店に出せるな。16歳なら1年後から稼げる。ただ、それじゃ、仕込みが足りないから中級以下だな」
「こっちは生娘じゃない。大方、売られるってんで好きな男に抱かれたってとこだが、自分の商品価値を下げやがって」
どうやら女衒商人は手のもった大きな虫眼鏡みたいもので処女か非処女か分かるらしい。この道具には、私のステータスを見破る類の魔法が宿っているようだ。いわゆるマジックアイテムという奴だ。
私の魔法力∞がばれると厄介だと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。そのマジックアイテムで見破れるのは処女か非処女だけらしい。
「うむ、小さい子供もいるな……だが、子供は将来の見極めが難しい」
「すぐに稼げるわけじゃないからな」
「だが、将来性は磨かなければ生まれてこない」
私とジータを見てそんなことを話している男たちがいる。そして、私とジータに近づいてきた。
「うむ。この子供、なかなか整った顔をしている。これは将来楽しみだな」
私の顎を人差し指でぐいっと上げておっさんの一人がそう言った。私はここぞとばかりにキッとにらみつける。これは見てくれだけでなく、中身も賢いですよというアピールである。
「うむ。性格も強そうだ。こういう子は化ける」
満足そうに男は頷いた。私はこの男のステータスをしっかりと確認する。ちなみにこれらおっさんたちの頭の上をくるくる回っている宝石は赤色である。どうやら童貞ではない。そりゃそうだ。この年で奴隷商人していて、女の経験がないのだったら怖い。
ガイン 女衒商人 48歳 魔法力0 商売力256 戦闘力35
ベテラン女衒商人。女を見る目は確か。但し、女房を見る目はなかった。いつも怖い女房にこき使われている哀れなダメおやじ。非情な態度を取っているように装うが、実は涙もろくて優しいおっさんである。
(ぷくくく……奥さんに尻に敷かれているなんてね。このおっさん、いいキャラしていらっしゃるわ。よしガインのおっちゃん。後で私をきっちりと競り落とすのよ)
私は目を伏せてあくまでも強くて反抗的な女を演じる。男はこういうタイプに弱いものだ。強そうな女を屈服させる喜びを味わいたい男は結構いるのだ。
小さいながらもそういう素養を見せておくことは大事だ。私は女を支配したいという馬鹿な男心を最大限に利用する。
「こっちもいい感じだが、隣よりは賢くなさそうだな」
ガインのおっさんはジータを見てそう言った。私と比べればそう見えるだろうが、ジータだって将来は悪くないと思う。見てくれだけなら、私の足元には達するはずだ。気品と魔力は0だけど。
どうやら、このおっちゃん私とジータに興味をもったようだ。女衒商人にしては優しそうだし、この中ではこのおっちゃんに買われるのが一番の選択だろう。
(だけど、油断はできない。奴隷市は競りだから、他の人間に買われるとやばいかも)
私は魔法を使うことにした。神様に教えてもらった魅了の魔法だ。私は既にいくつかの魔紙を召喚して、『封印』のシールで止めていた。それを腰に付けた小さなポシェットからそっと出す。
「これで私に溺れろ!」
シールをはがして魔紙を指で弾く。この間、わずかに5秒ほど。魔紙はガインのおっちゃんにあたって砕ける。もちろん、この一連の動きは、魔力が高い人間じゃないとまったく見えない。この部屋にいる人間たちでは、筆で書く動作を見られなければ、私が魔法を使ったなんて分からないだろう。
「おふっ!」
私に魅了の魔法をかけられたガインのおっちゃん。再び、私を見ようとふらふらと近づいてきた。
「見れば見るほど、この子は逸材。大人になれば何十億と稼げる奇貨だ」
奇貨とは思いがけない利益を生む物を指す。昔、中国で商人がとらわれの人質の王子を奇貨と見抜いて脱出に協力し、大臣まで上り詰めたという話がある。ガインのおっちゃんは私を見て、これは儲けるチャンスと思ったようだ。
「うむ、この子は魅力的だ。よし、この子は俺が買うからな」
そうガインのおっちゃんは宣言した。これは私の目論見どおり。最初に内覧した商人たちに牽制したから、ガインのおっちゃんに買われる可能性が高まった。
(しめしめ……)
私はほくそ笑んで、まだ気になってチラチラと私を見ながら去っていくガインのおっちゃんに視線を向けておく。そんな私は背中にぴとっと触れられたのを感じた。
「ミコちゃん、これからわたすたち、どうなってしまうずら……」
ジータはそうやっておびえて私の背中に隠れている。この子の頭では、このおっさんたちが自分たちをこれからどうするか想像もできないらしい。
(仕方がないか。なにせ、私ら8歳だからね)
「私たちはあのおじさんたちに買われて都へ連れて行かれるんだわ」
「そうずら……都へ連れていかれたら、もうおっとうやおっかあとは会えないずら?」
少し涙ぐんだようなジータの表情。まだ8歳の小さな肩が小刻みに震えている。私はそっとジータの右手を握った。ジータの健気な言葉と表情から、私は思わず涙が出そうになった。しかし、この子、やっぱり、状況を理解していない。
(父親も母親も奴隷商人に私たちを売った張本人じゃない。もう会うことはないし、売られた恨みはあるけど、会いたいなんて気持ちなんか湧いてこない)
特にいつの間にか転生した私には、自分の両親に対する思いは一切ない。それに顔も思い出せないし、思い出す気もない。
でも、ジータにとっては両親は両親。引き裂かれる思いは子供の心には強烈に響くのだろう。飢饉で他の家族の命をつなぐためとはいえ、両親も好き好んでジータを売ったりはしない。それは顔も知らない私の両親も同じだろう。
私の意識はもう前を向いている。それでもジータの涙を浮かべた水色の済んだ目を見ると、ちょっとだけ悲しくなった。
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