第6話 ミコトの目論見

 この世界の「奴隷」は悲惨な身分ではない。

よく奴隷と聞くと虐げられ、ロクに食事も与えられず、女は男たちに悲惨な目に合わされると思われがちだ。

 しかし、世界の歴史を見るとそういう扱いをすることは主流ではないのだ。

 なぜなら、奴隷は財産なのだからだ。高いお金を払って購入しても死んでしまったら、元も子もない。だから、死なないように扱うのが普通なのだ。

 もちろん、奴隷には自由はないし、主人の命令に絶対服従であるから、人間としての尊厳という部分では傷つくこともある。

 しかし、貧しい地方の村に生まれ、飢饉となれば死んでしまうような生活をするよりはマシだ。奴隷なら衣食住は保証されるのだから。自由はないけど、地方の貧しい農村で暮らすよりもいい暮らしと言ってもいいだろう。

(あくまでもいい主人や買い手に買われた場合でしょうが……)

 買い手が酷い奴なら、そういう打算的な考えも覆ってしまう。

それでも、この世界では奴隷解放法という法律がある。奴隷は買われてから一定期間働き、自分が買われた金額に利子を付けたお金を稼げば、再び自由を取り戻せるという法律。このおかげで、奴隷身分に落ちても、一生懸命に働けば一般市民に戻ることも可能なのだ。

(ある意味、奴隷をしっかり働かせる制度でもあるわね……)

 買い手としても、奴隷を買ってその労働力を利用し、さらに解放料が得られれば財産として結構な利回りが期待できるわけで、奴隷制度は経済制度として根付いている。

 朝、目覚めた私は奴隷商人が配ったスープとパンをみんなと一緒に食べた。粗末な食事であるが、ちゃんと食べさせてくれるのはありがたい。体を悪くすれば商品価値が下がるから、商人としては当然であろうが。

「ねえ、わたすたち、どうなっちゃうずら……」

 ジータが固いパンを頬張りながら私に聞いてくる。まあ、8歳の子供だから、不安になるのもわかるし、この先どうなるかも分からないのは仕方がないだろう。

 でも、この部屋にいる15~18歳のお姉さんたちは、自分たちの運命はおおよそ分かっているよう。

 特に赤い宝石が頭の上でくるくる回っている、あっち経験は済んでいるお姉さんは、食事も取らずガタガタと震えている。

(ああ、あのお姉さんの容姿なら危険だわ……。あっちのお姉さんは不細工だから、下働きの下女コース決定ね)

 完全に上から目線で値踏みしている私。そんな私の頭には青い宝石がくるくる回っているが、買われるということがどういうことか理解している。優秀な私は女がどう扱われるかは、歴史やその他もろもろの知識で想像がつくのだ。

(つまり、私らは買い手によって、お金持ちの家の召使い、生産現場の労働者、そして、場合に行っては妓楼の遊女になる……)

 妓楼とは体を使って男を慰めるサービスをする場所。いわゆる春を売るという奴だ。妓楼の女=売春婦ということだが、この職業は世間一般的には『いかがわしい』と蔑まれる仕事。そんな仕事につく女は屈辱で不幸とされる。

 ただ、これも考え方次第である。そもそも古代では神の御子として、神殿に来る男の相手をしたことが最古の売春婦と言われるくらいだから、大昔なら神聖な職業であったのだ。

 いかがわしい仕事として軽蔑されるのは、キリスト教が広まり、一夫一婦制が社会に位置づけられたからだと私は思っている。

 この世界では先ほどの神から与えられた知識からすると、あまり大ぴっらにできない職業という位置づけは変わらない。

(但し……)

 私がどの買い手に選ばれると、これから傾国の美女になっていくために有利か……考えるまでもない。

(妓楼に決まっているじゃないの……。下手に召使とか労働奴隷になったら浮かび上がるチャンスはないじゃない!)

 召使いや労働奴隷の給金は安い。自分が買われた金額を返す頃には、年寄りになってしまう。その点、妓楼の場合は大金を稼げる。売れっ子になれば自由を買い戻す期間も短くて済む。

 場合によっては気に入った男が大金を払って奴隷身分から救ってくれる場合もある。相当な金額を払わないといけないから、かなりの金持ちに限定されるが。

 無論、いいことばかりではない。最高級な店に所属すればそれも可能だが、最下層の店になったらそれこそ最悪である。毎日、金のない貧乏な男に慰みものにされて、大してお金も稼げず、体を壊して廃人になってしまうことも多いのだ。

 妓楼の最高ランクの店に所属するためには、当然ながら美人でなくてはいけない。また、教養も必要だ。多数の芸事を習得できる器用さと性格も重要である。

 無論、私は自分の体を売ろうなんて気持ちはこれぽっちもない。大人になるまでの避難所としての最もよい場所であるという判断である。

 客を取る17歳までには逃げ出す方法を考えればいい。何しろ、私は8歳。17歳まで9年もある。たっぷりとただ飯が食えるのだ。

(それにしても今回集められた女の子のうち、高級妓楼に買われる可能性をもった子はいないわね……私以外にはね)

 ブルブル震えているお姉さんの容姿は人並み。妓楼に買われれば、よくて中級店だろう。震えている理由が分かる。

(う~ん…。私の場合の問題は8歳であること。将来性を見抜ける買い手じゃないと労働奴隷になってしまうわ)

 そもそも子供を働かせるのは現代では禁止されているのだが、この異世界じゃ下層階級の子供は貴重な労働力だ。子守りや家事手伝い、工場での細かい作業など大人よりも文句を言わずにやる子供は使い勝手がいいのだ。

 また、息子の嫁候補にと言って農民が買うケースもある。労働力と将来の嫁という一石二鳥という考え方だ。農村に売られたら、明日から小麦の種まきをしないといけなくなる。

(何としてでも、妓楼の高級店に行かないと……)

 妓楼とは言っても、公式に認められているところは、客を取るのは17歳になってからという決まりがある。

 これは高級店なら確実に守られている。守られていないと免許が剥奪されるから、これは絶対だ。免許がないモグリの店は当局に摘発されるから、地方以外にはそういう店はない。

(さて、これから知恵を絞らないと。高級妓楼に買われて17歳まではタダ飯が食える人生をまず確保しないと……)

 もちろん、楽ばかりではない。あくまでも農場へ行くとか、農家の嫁になるというコースよりはマシということだ。

 17歳までの間は厳しい行儀作法はしなくてはいけない。客が取れるようになるまで、行儀見習いから芸事までをみっちりと教わるのだ。しかし、これはこの世界で傾国の美女を目指す私にとっては、必要な経験と学びなのである。

(私の美少女になる素質は間違いがないけれど、万が一ってこともあるから、その時は神からもらった魔法を駆使すればいいか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る