第5話 神様からの贈り物

 神はそう言って3つの魔字を教えてくれた。

 1つは『魅』。これは魅了(チャーム)の魔法。一人の人間を魅了していうことをきかせる。持続効果は1時間ほど。魔法力が強ければ強いほど、効果は高い。ちなみに『魅了』と書けば、集団を魅了することができるが、道具のキャパを超えるらしい。

 2つ目は『強』。これは強化(ストレングス)魔法。1人の人間の体の筋肉を強化することができる。

これを自分に使えば、筋力を倍にして力持ちにするし、足の筋力強化なら早く走ることもできる。重ねてかければ、超怪力になれる。ものに使えばその強度も高められる。

 3つ目は『眠』。これは眠り(スリープ)の魔法。効果は先ほど使った。1人の人間を眠らせる。これが2文字の『快眠』なら、対象エリア内の生物を眠らせる。効果は1時間から数時間。魔法の眠りであるから、抵抗できなければ途中では起きない。

 これは戦闘では強力であるが、神様からもらったチープな魔筆では発動しない。1人だけだとあまり使えないような気がする。

「神様、もっと強力な攻撃魔法とかないの?」

 私は神様に聞いた。魔力無限なのにこんなしょぼい魔法じゃ、この先の展開に期待がもてない。

「今は使えない」

「でも、私は漢……じゃなかった。魔字を知っていますから、もし、『死』とか書いたら、敵の一人を瞬殺できるとか、性能のよい魔筆を使って『大虐殺』とか書いたら、敵全部を始末できるとかするんじゃないですか?」

「お、お、お前はなんと恐ろしいことを……」

「え、じゃあ、大虐殺という魔法もあるんだ」

「い、いや……ない」

「神様が嘘ついていいんでしょうか?」

 神様、明らかに動揺している。その証拠に声がうわずっている。

「お前の頭の中の文字では発動しない。3つの魔字は我がお前に与えたから魔法が発動するが、後の文字は魔導書などで取得しないと魔法は発動しないのじゃ」

 神様はそう言った。私の頭の中の『死』という字は漢字で、魔導書にある『死』は魔字。目でそれを見ないと魔字として認識されないというのだ。

(まったく、面倒な設定だわ!)

「魔字は魔術院で学んだり、魔道書を手に入れたりして取得するがよい」

「はあ~」

「ため息をつくな」

「だって、こんなしょぼい魔法しか使えなくて、この体じゃ、死んでしまいますよ。課題に挑戦する前に生き残れません」

「そこはお前の知恵と腹黒さ……うおおおおおおっ……」

 頭の中でもう一度、BL漫画の場面を思い浮かべる。今度は美少年同士ではなく、でぶなおっさん同士の絡みだ。

 神様が乗り移ったジータ、青顔で目を回している。私のことを腹黒いなどと言う輩には、お仕置きである。

「確かに強力な魔法は、8歳の子供じゃ宝の持ち腐れだけどね。でも、このままじゃ命の危険だってあるじゃないですか。ここはおまけ、おまけですよ神様」

 子供だといろんな危険がある。現代日本だって子供は危険。特に可愛い女子なんて用心しないと誘拐されて殺される危険が大きい。そしてここは異世界。先ほどの神様によるレクチャーで、この世界の一般常識とやらを知った私には理解できる。

 この異世界。人権意識はすこぶる低い。力の強いものが弱いものを支配するという動物のような倫理観なのだ。すなわち、女、子供はこの世界では弱者なのだ。今の私は幼女。もっとも弱い存在なのだ。

「わ、分かった、ミコト。では、これをやろう、手を出せ」

 そういうと白い小さな牙のようなものをジャラジャラと私にくれた。

「何ですか、この気味の悪いものは?」

「ドラゴンの牙じゃ」

「いきなり、ファンタジーアイテムですね」

「これを地面に撒けば、竜牙兵となる。全部で7つ、7体の竜牙兵が召喚される。竜牙兵はベテラン戦士と同等の剣技を誇る」

「これ、使い捨てじゃないですよね」

「敵が全滅したらまた牙に戻る。それを拾えば、また使える」

「ふうん……まあ、護衛が7体もいるのだったら、助かるわね。で、どうやって召喚するの?」

 私は神様に使用方法を聞く。よく聞いておかないといざという時に使えない。

「その牙を地面にばら撒き、手のひらで地面を撫でるようなジェスチャーと共に、こう唱えるのだ。『混沌の先兵、龍の申し子、竜牙兵、我の召喚に応えよ!』」

「は……恥ずかしい~。そんな恥ずかしいことやらないといけないのですか?」

「恥ずかしくはない。これが普通だ」

「……」

 生まれ変わる前は、普通のJKだった私にはこの呪文はハードルが高い。

 「さらにこれを授けよう」

 小さな腰に付ける小さなポーチだ。ウサギか何かの毛で作られた普通のもこもこしたポーチ。こんなのもらっても嬉しくはないが、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

「これは魔法のポーチだ。中には様々な魔法の品や生活に必要なものを無尽蔵に収納できる」

「こんな小さなポーチなのに?」

 まるで未来の猫型ロボットの腹にあるポケットである。このカバンに加えて、先ほどお試しで使用した性能の悪い魔筆と魔墨の液体が入った容器ももらう。

 さらに3枚の『封』と書かれたシールをもらった。これはあらかじめ書いていた魔紙を丸めて、このシールで止めておけば発動を任意の時に行えるものらしい。人前で堂々と魔紙を召喚して字を書く時間がないときもあるし、子供の私が魔法を使えることがばれたらまずいことになるだろう。

(この封印シールは役に立ちそうね。たった3枚なのはしょぼいけど)

 ありがたく受け取っておくことにする。

「それではお前の健闘を祈る」

「あっ、ちょっと待ってよ」

 魔法やらドラゴンの牙やらの説明で、思わず丸め込まれそうになったけれど、根本的なことを講義することを忘れていた。

おもむろに私はジータの首を締める。神様はジータに憑依しただけであるから、神様に直接ダメージを与えているかは分からない。

「ぐげえええっ……突然、何をするのじゃ、やめろ、止めるのじゃミコト」

 苦しんでいる。どうやら、憑依中は神様にもダメージを与えられるらしい。

「神様、あなたは私に言ったよね?」

「何を……グググッ……苦しい……それ以上締めると……この娘も死んでしまうぞ」

 私はちょっとだけ力を緩める。記憶にはないが幼馴染設定のジータを殺してしまうのは、今の状況からするとよくない結果をもたらすと考えた。

「この王国とやらを私の美貌で傾けろと」

「ああ。お前はこのジョパン王国を滅ぼす傾国の美女となるのだ」

「あの~」

 私はポクポクとジータの頭を拳の甲で叩く。ドアを軽くノックしている感じだ。

「神様聞きますが、傾国の美女って普通大人ですよね。バインバインのお色気たっぷりで馬鹿な国王をメロメロMAXにしてしまうのですよね」

「ああ、そうだとも」

「私の体、見てます? 私は8歳。バインバインどころか、ちょいーんのナインのツルペタンだわ」

「8歳でバインバインだったら、気持ち悪いぞ」

 バシっとジータの後頭部を叩く。今は神様だから、ダメージは神様に支払ってもらう。

「この姿でどうやってこの国の王様を籠絡するのです。それとも、この国の王様はロリコン? 犯罪者? 社会から抹殺するために警察呼んだ方がよいかしら」

「ミコトよ、お前が今の姿でこの世界に生まれ変わったということは、それが最もよい選択だからだ。国を傾けるのはすぐでなくてもよいのじゃ」

「意味がわからないわ。いっそのこと、私のとてつもない魔力を使って力で傾けてはどうでしょう」

「それは無理というものじゃ。国を傾けるという行為は、目立たぬように行わなかれば成功しない」

「目立たない?」

「そうじゃ。いくら無敵で強くとも派手に行動し、人に知れれば、必ずそれを阻むものが出るものじゃ」

 神の言うことは賢い私なら理解できる。要するに目立たないように陰で暗躍し、徐々に国を蝕み滅ぼす。これが傾国の美女たる所以である。

(そうだわね。力づくで国を滅ぼした美女はいないわ。ガンのように徐々に体を蝕み、命を奪う。そういうアプローチが重要だわ)

「カエルを熱い湯に入れれば、驚いて飛び出し命は失わないが、自ら徐々に温めるとカエルは気づかずに茹って死ぬ。お前がやることはそういうことじゃ」

「……なんだか、分かりにくい例え話だわ。それってかったるいし、めんどうくさいなあ」

 そうは言ってみたが、もしそのルートを選択したら、傾国の美女ではなくて、魔王である。まだ私は人間をやめる気にはならない。それに力を誇示する魔王は、必ず勇者に滅ぼされる運命だ。

「面倒だと思うには、お前の勝手だが、約束は約束だ。国を傾ければお前は元の女子高生に戻る。できなければ、力を全て剥奪した上でこの世界に残ることになる」

(マジですか~)

 私は考えた。今が余裕なのはとんでもない魔力を授けてもらったから。

ただの8歳だといくら私が賢くても、一人じゃこの世界じゃ生きていけないだろう。

「やりますよ、やらせていただきます。8歳だけど王様を悩殺して国を傾けます」

「うむ。期待しているぞ」

 そう言うとジータの目の色が変わった。どうやら、神の憑依が解けたらしい。

「あれ……ミコトちゃんどうしたずら?」

 不思議そうな顔を顔で私の顔を見るジータ。私はしげしげとこの幼馴染らしい少女の顔を見た。のんびりした口調でいかにも頭が悪そうな少女。

(コイツ、この先、絶対に生きていけないよな……能力もなさそうだし)

 先ほどの私の能力鑑定力によると、ジータの魔力は0である。戦闘力もない。他の能力はまだ分からないがごく一般人であり、取るに足らない人間の一人。私のこれからの野望には基本的に役に立たないだろう。

(どうする……見捨てるか……)

 そんなことを考えながら、私はジータに背を向けて横になる。少々、臭いこの部屋で今日は夜を明かすしかない。目を閉じるとそっとジータが背中に体を寄せてきた。

(温かい……)

 ジータの体のぬくもりが伝わってくる。スースーとジータの寝息が聞こえてくる。私の鉄の心が解かされていく。私も甘い。

(仕方がないなあ……こんな奴でも体を寄せれば暖が取れるし、身の回りのことをやらせるにはちょうどいい。頭も悪そうだから、私の命令にも従うだろうし……。しばらくは、傍に置いてやるか)

(この王国を傾けるか……でも、あの神様、まだ何か隠してるっぽいのよね……)

あの怪しい自称神様。まだ、何か重要なことを隠していると私は感じたが、もう夜更け。考えているうちに、やがて睡魔が私にも訪れた。

私はその誘惑に抗うことなく静かに目を閉じた。

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