PV(改め選択)はジャンルを越えるか

さかした

第1話

 ここはとある喫茶店。二人の人間が、丸テーブルを真ん中にしてそれぞれ椅子に座っていた。一人はこれぞ書物というような分厚そうな本を開き、眠気が吹っ飛びそうなブラックコーヒーを分かりやすく口にしている。対する一方は、スマホを片手にタップを繰り返したり何やら入力している。テーブルの上のその透明なグラスには、半分ほどキラキラと宝石のように光る赤い飲み物が残っている。

文丸はちょっと一休憩と需要に目をやった。

需要ジュオはさ、いったい何を読んでいるの?」

需要もそれに応じてスマホをいったん置いて飲み物を口に注いで答えた。

「何って、異世界モノだよ。異世界。今は書いている方だけど。そういう文丸《ふ

みまる》は純文学?」

そう答える需要に文丸は少しため息をついた。

「それ、求めた答えになっていないし……。一応そばにあるこの本はジャンルでいえば純文学だけど、ちゃんとタイトルあるからね?そこから見えない?ブックカバーに大きく表示されているのが。」

「需要はさ、読んだり書いたりする際にジャンルで選択しているの?」

「そうだけどそれがどうかした?」

「それだとさ……カクヨムっていうサイトがやっている企画がだいぶ無味乾燥なものになっちゃう気がするんだよね。だって需要のような人ばっかりだったらさ、何よりも前提としてこのジャンルを読むと当初から決めていて、それ以外に読むつもりなんてないんだったら、始めからどのジャンルが多く読まれるかなんて、勝負の行く末は見えているじゃん。結局のところ、どのジャンルが一番好かれているかで勝負が決まってしまうんだからさ。書く側も勝ち馬に乗るために、読む人が多いジャンルへと潔くせっせと書く方が好ましいってことになるだろう  

し。」

「そりゃ書く以上は誰かに読まれることを前提としているわけで、より読みやすい内容のものを書くというのは当然だと思うけれども。ジャンルにだってそう。読みやすいものと読みにくいもの、とっつきやすいものととっつきにくいものがあって、読者のことを考えるなら当然、前者を選ぶべきじゃない?純文学なんて、とっつきにくいものの一代表格だと思うよ。もちろんタイトルやテンプレにだって読まれやすいものというのはやはりあるのだから、勝馬云々じゃなくて、書き手として生き残るためにより多くの人に読まれるものを選ぶのは当たり前だよ。」

「純文学を推しているわけではないし、他ジャンルだってちゃんと絶滅せずに存在しているのだから、単純に生き残り云々でもないと思うけど、需要からすると読まれづらい方をそれでも選ぶ自分は、奇特である種、挑戦的なのかもしれないね。」

「どういうこと?」

「ジャンル選びにも、選ばれる前提となる理由があるわけでさ、例えば面白いことを基準にした人がいて、その人は過去の経験の結果が、現在のその人の固定化されたジャンル選択を生み出したのだとしたら、その前提となる固定化された面白さが覆らぬ限り、他ジャンルは容易には選択されないってことだよね。つまり選ばれているジャンル以外は、この固定化された選択基準をひっくり返すほどの内容を含蓄したものでなければ選ばれぬということだよね。だからある種挑戦的であるというわけ。」

「ただそういうお前は、そう言うだけの、覆せるほどの力量があるわけ?ないで 

しょ、そんなの。」

「まあね。でも需要のようにとことん読者のことを追求していった先にもちょっと待って、を言いたくなるんだよね。」

「どうしてまた?」

「とどのつまり、全てを読者に合わせるということは、読者の既存の価値観に沿って全て書くということだよね。そこまでいくと、一体書く意味に何が見出されるだろう、ということにならないかな。読者に密着しすぎると、それを読んだところで変わることはない、ということを意味してしまうよ。」

「人はたかが読書をしたところで結局、変わるものではないし、自分のを読んでもらって変わってもらおうなんて考えているなら、それは傲慢だよ。」

「本当に傲慢って言える?だって読んでも読む前と何も変わるところがないという

なら、それって読む意味がそもそもないし、それこそそんな本なんて不要になると思うのだけれど。むしろ変化なんて生み出せないと受け入れてしまうと、その先にあるのは色褪せた人間以外の何者以外でもないんじゃないかな。だから良くも悪くも結果として読む前と後では、何かが変わらないといけないんだ。」

「そうなるか。」

「そして何かの変化を与えるためには、読者に何がしかの既存の経験にないことこそ、本当に必要なわけで、そこに物語の場合は創造の出番があるんだよ、きっと。」

「少なからず読めば人に変化を与えることは分かった。でも程度の差っていうものがある。特にどのジャンルを選択するかなんて、ジャンル内でどれを選ぶかならともかくとしても容易には覆らん。相当に創造性が内包されていないと、ジャンルを越えて読んでもらうということは困難なのではないか。それを敢行するのは、物語の意味を美化して布教する、純文学のような類だと思うのだが。」

「そうだねぇ、自分はわりといろいろと読むほうだけど需要はジャンルで選ぶみたいだしね。それよりそろそろ平行線をたどって来そうになったから、ここらで隣に腰掛けている人にちょっと尋ねてみようよ。あなたならどちらによりに共感するか、あるいは全く共感しないか、あるいは何対何だ云々等。」

「いやいや。人それぞれ千差万別。それこそ、今の 自分たちの枠組みにはない、新鮮な何かが待っているかもしれんよ。文丸の考え からするとね。」

「ありゃ、最後に1本取られたね。」

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PV(改め選択)はジャンルを越えるか さかした @monokaki36

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