第3話

「ねえ、その、あいどる?って何?」



『よしっ、話が通じる!』



 憑神は内心小躍りをしながらも、努めて冷静に話を続ける。

ようやく、話が通じて可愛い幽霊に会えたのだ。ここで逃してしまったら、次にこのレベルの逸材に出会えるか分かったものではない。



「んー、まあ。歌を歌ったり、踊りをしたりとか、いろんな人たちに囲まれて。それがアイドルだよ」



「ふぅーん。でもボクは興味はないや。あの”箱”から出してくれたてお礼は言うけどさ」



「えっ?」



「お父さんからの言いつけを守らなきゃ。だからここに居なきゃ、お父さんに叱られちゃう」



「……言いつけって?」



「ボク、この村で”悪いこと”しろって」



「……いや、言いづらいんだがな。この村、もう人は残って居ないんだ。何年か前に最後の人が出て行って以来、な」



「えっ」



 その少女は大きく目を見開いて驚いた表情を浮かべる。

そして、大きく足音を立てながら外へと飛び出していく。



「ウソ、ウソ……なんで、こんな。ボク、まだ何もやってない」



 崩れた門戸の前で、大粒の涙をこぼしながら辺りを見渡す少女。

辺りは獣道を残して雑草が伸び放題になっており、遠くに見える家屋もくずににたツタ性の植物によって自然へと帰りつつあった。少女はその廃村という現実に、しゃがみ込んで頭を抱えてしまう。



「……俺が調べた話じゃ20年ぐらい前から、この村に怪奇現象が起きていたらしい。何でも小さい子供が立て続けに行方不明になったり、帰省してきた女性が狂って家族を殺して焼身自殺したり。さらにそんな事件が起きれば好奇心で危険な場所と知っていて近づく馬鹿もでてくる。そんな馬鹿どもにも、内蔵がはち切れて死んだヤツが出たらしくてな。そんな呪われたところなんて居られないと、どんどん村人が出て行って、今はこの有様よ」



 しゃがみ込んだ少女は泣きながら首を左右に振る。



「ボク、ボクがやれって言われたのは、収穫したお米を濡らしたり、畑の野菜を荒らせって。そんな、人を殺せなんて、言われて、ない……」



「……まあ、さっきまでお札で封印されていたんだし。たぶんもっと別の何かがやったんだろうな。それで、これからどうするんだ?」



「お父さんを探す……」



「宛てはあるのか?」



 少女は再度ふるふると左右に顔を振る。

憑神は一拍置いて優しく声を掛ける。



「なあ、俺と一緒に来ないか? アイドルになるにしろ、ならないにしろこんなところに居たら駄目だ」



「……えっ」



「この村な、近いうちにダムになるんだよ。簡単に言えば、全部水の底に沈むんだ。そしたら、君のお父さんを探すどころか永遠に水の底だぞ」



 憑神は少女を諭すように、ゆっくりとした口調と手振りを合わせて少女に語りかける。

先ほどまで大粒の涙をこぼしていた少女も幾分か落ち着いて来たのか、憑神の言葉に耳を傾ける。



「……わかったよ。ボク、一緒に行くよ。えぇと」



「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は憑神 つきがみ あきらだ。君の名前は?」



「ボクは羽子 一葉はこ かずは。 ……憑神さん、これからよろしくお願いします」



「おう、よろしくな。 ……早く車の燃料が戻れば、すぐにでも出発するんだがな」



「……車?」



「ああ、車が分からないのか。あれよ、あれ」



 憑神が指さす先にあるのは白い半透明のハイエース。

興味津々そうに一葉はハイエースに近寄ると、中を覗いたり車体にぺたぺたと触る。



「ねぇ、憑神さん、これどうやって動くのっ!?」



「ん、ああ。まずはエンジンをこの鍵を使ってだな……」



「早くっ、早くっ」



「おいおい、そんながっつかなくても車は逃げやしないって」



 子供のようにはしゃぐ一葉。窓をばんばん叩く一葉をなだめながら、ハイエースにゆっくりと近づいていく。

そしてキーを取り出して、ハイエースの扉を開けようとした瞬間、突然ハイエースのエンジンが掛かる。



「はっ?」



 ハイエースのエンジンが吼え、タイヤが唸りを上げて動き出す。

そして車内灯とヘッドライト激しく点滅させながら、悪路をものともせずに2人を置いて走り去る。



「車、逃げちゃいましたけど……」



「……ああ。あのハイエース、付喪神なこと忘れてたわ」



 呆然した憑神ときょとんとした表情の一葉の目には、どんどん小さくなっていくハイエースの明かりだけが映るだけであった。



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腕利きの暗殺者は芸能事務所のマネージャー ~ホロウ・アイドルズ ~ 重弘茉莉 @therock417

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