第2話

N県にある辺鄙へんぴな村。夕暮れ時に1台の”半分ほど透けた”ハイエースが、朽ちたお屋敷の前に止まる。


「社長、まさか『現世に行ってアイドルの原石を勧誘してこい』だなんて無理矢理過ぎるだろう」 


 

 憑神は大きくため息を吐く。

土瑠衣社長曰く、『新人発掘は足で稼ぐんだ』と半ば命令で憑神は”幽霊のスカウト人”として現世に舞い戻ってきていたのだった。そしてここ数日ほど、付喪神つくもがみのハイエースを乗り回して、スカウトに励んでいたのだが全くと言っていいほど成果が得られなかったのだ。



「生きてるときからいっぱい幽霊見てきたけど、現世に留まっている幽霊なんてやっぱりみんな話が通じなかったり、姿がぼやけているなぁ」



 『”幽霊”は想いが強ければ強いほど姿と自我を強く保てるが、一方でその想いに捕らわれ続けてしまう。だからアイドルに出来る幽霊なんて稀なんだ』と土瑠衣の言っていた言葉が憑神の脳裏を過ぎる。

そのため、憑神はあることを思いついてこの辺鄙な村へとやってきたのだった。



「そう言えば、ネットに危険な幽霊スポットやら体験談なんかが場所付きでいっぱい載っていたよな?」



 そして憑神はたまたま1番最初に目についたこのN県の幽霊スポットへと足を運んでいたのであった。

そしてこの村はとある掲示板に書かれていたのは『女子供が近寄るだけで内蔵が千切れ、数日以内に死ぬ』という呪われた場所であった。  




「ああ、まったく。ここも外れか……?」



 崩れたまま放置された古屋敷の前に立つ憑神は、自身の霊感になにも反応がないことから大きくため息を吐いた。

いつもなら、例え弱い幽霊でも霊感が反応するのに対して、この古屋敷からは何も感じなかったのだ。



「はぁ、まさか死んでからも幽霊を視るハメになるなんて思わなかったよ。ましてや、アイドルにスカウトすることになるなんて」




 憑神は独り言をぶつくさ言いながら、その古屋敷から離れるためにハイエースのエンジンキーを回す。



シーン……。



「えっ?」



憑神は再度エンジンを掛けようとキーを回すが反応がない。

何度か回す内に、憑神は表示ランプの”E”が点滅していることに気がついた。




「ああ、燃料切れか。 ……しばらく待てば勝手に燃料が戻るのは便利なんだけど、こういうときに動かなくなるのは不便だよなぁ」



 憑神は後部座席から薄いブランケットを取り出すと、頭からひっかぶり目をつぶる。




『こんなところに一晩か。せめてホテルとか民宿とかに入って寝たかったな』



 目を閉じて、眠りに落ちようとした憑神はふと、古屋敷から微かな気配がするのに気がついた。そして感じる助けを求めるような、不思議な感覚。

本当にそれは微かなもの。起きていたら気づかないような、まるで耳元で小声を囁かれているような、本当に、本当に微かな気配。



『一応、中を見てみるか。”生きていた頃”なら絶対に近づかないけど』




 古屋敷の門戸を越え、荒れ果てた玄関前へと立つ。 

玄関はところどころ朽ち、憑神が扉を開けようとするとギイギイと不快な音を立てる。 



『どこからだ……?』

 


 腐って穴が空いた長廊下を歩き、黴びて元の絵柄もわからないふすまを開け、その気配の元を探す。

そしてとあるとある部屋に憑神が辿り着いたとき、その気配は一層強くなった。



『この部屋からか……。いったいどこからだ?』


 憑神は部屋中をくまなく探すが、その気配の元となるようなものは見当たらない。

憑神はふと、朽ちた床板の隙間から微かな気配がすることに気がついた。

その床板に手を突っ込んで何かないかとますぐると、指先に当たる固い感触。

それをしっかりと掴むと、そのまま憑神は引きずり出す。



「これは?」



 引きずり出したもの、それは白い箱。

古ぼけたお札が張られた小さな木箱。それが隙間から無理に掴みだしたたために、お札が破れてしまっていた。



「……ねぇ」



 突然、背後から少女の声。



 生前にも様々な怪異体験をし、死後もスカウトのために様々な霊に出会ってきた憑神にとって体験したことのない感覚。背中をぞわぞわと這い寄るような不気味な気配に、額には脂汗が滲む。

そして憑神はゆっくりと背後へと振り返る。



「……ねぇ、それ。 ……ボクの」



 ショートカットで赤い着物着た背の低い少女がそこに居た。

ひんやりとした感触に加えてその少女には背景が透けており、人間ではないと憑神は直感的に理解した。



「……それ、返して」



 その瞬間。憑神は弾かれたように行動を開始するb。

憑神はポケットから名刺入れを抜くと、流れるように名刺をその少女に差し出す。



「君、アイドルにならないっ!?」



「えっ……アイ、ドル……?」

 


 憑神は名刺を突きだした姿勢で、少女はきょとんとした表情でしばしの沈黙が流れたのであった。





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