第25話 凶器の言葉

先人は言った。"一年の計は元旦にあり!"

その年の計画や目標を立てるならば、元日の午前中にせよと言う意味である。そう言った意味でも、元旦から大勢の人波の呑まれながらも、寺社仏閣などにお詣りをして、自身のその年の目標や誓いを立て、覚悟や抱負を神々に報告するのであろう。

今、相崎 智美は、昨年から付き合い出した新谷 京平へ、自らの真実を告げようと覚悟していた。

「智美は何をお願いしたんだい?」賽銭箱より30m離れたところから、やっとの事で賽銭を投げ入れ、参拝を済ませたものの人混みに呑まれ、やっと抜け出した新谷は、智美の手をしっかりと握り締めて振り返った。

「お願いって言うか、初詣は一年の目標を報告する場所よ。お願いしてたんじゃ、神様も助けてくれないわ」参道を行く人間と帰る人間同士がぶつかり合いながら、智美は困惑顔で答えた。

「そんな難しい事は僕は知らないけど、僕は智美との将来と健康、自分の仕事の事をお願いしたんだ。ちょっとその店にでも入ろうか」新谷は相変わらず智美の手を引いて、甘味処へ入った。

「智美はみたらし団子かい?じゃあ僕はせっかく正月なんだし、安倍川餅でも注文するか」新谷は羽織りを脱いで抹茶を啜った。

「ねぇ、私との将来の事って、そんなの早急過ぎない?もっとお互いを知ってからだって遅くはないと思うんだけど」智美は何だか新谷が、自分を外見だけで好きになり、結婚まで考えているような気がしていた。

「そんな事はないさ。君は美人だしスタイルだって良い。料理だって上手だし、家事だって一通り出来る。僕は何の文句もないよ」新谷は無表情で安倍川餅を箸でつまみ上げた。

(それって結局は私を外見の良い、性の吐け口と、家の中の事をさせる家政婦か何かみたいに考えてるんじゃあ?)

「あのね、私が言ってるのはそれぞれの人生観とか価値観がお互いにまだ何も知らない状態なんじゃないかって事なの」智美は出されたみたらし団子にもお茶にも手をつけずに、訴えるように話した。

「うーん、言ってる事が良く分からないなぁ。結婚相手って言っても、所詮は育った環境もDNAも違う赤の他人なんだよ。価値観が違うのなんて当たり前さ。それよりも重要なのは、毎日の生活を協力し合いながら送っていける相手かと、きちんと愛していられる相手なのかだよ。そう言う意味で相手が好きな顔をしているか、毎日でも抱きたいほど良い身体をしているかは大事な事だよ」新谷の言う事は、さすがは教師なだけあって理路整然としていて納得は出来る。しかしその事が、余計に智美の心を不安におとしいれていた。

「じゃあ貴方の言う事が正しいとして、私たちの身体の相性は良いって言い切れるの?」智美の言葉を聞いて、新谷は喉を鳴らした。二人は付き合って三ヶ月経つが、未だに肉体関係がなかった。

「あ…あのさぁ、智美はヴァージンだなんて事はないよなぁ」新谷は伺い立てるように言った。

「どう言う意味?私は…その…まだないわ」智美の言葉を聞いた新谷の表情が、一気に明るくなった。

「ほ…本当に!良かった。実は僕も恥ずかしながら未経験なんだ。それならお互いにセックスの良さも悪さも知らないんだから、これから一緒に知っていけば良い。あぁ、良かった」安堵した表情を浮かべる新谷を見て、智美の不安は、より深くなった。今まで身体を求めて来なかったのは、自分が未経験者だったからなのだ。それを新谷自身は、おそらく後ろめたく感じていたのであろう。それが却って智美の告白する気持ちをえさせた。


初詣から帰った智美は、故郷の友人、陽子に電話した。新年の挨拶も早々に、智美は今日の出来事を話した。

「それ絶対に無理だわ。智美、その男は止めときな。智美の何も分かってないって言ってるようなもんじゃない。修士の事があったから焦る気持ちが分からないでもないけど、その男だけは止めなって」修士とは智美が高校時代から付き合っていた男で、同じ大学へ入学してからも、付き合いは続いていた。しかし修士に白血病が発覚、三年前に亡くしていた。智美にとって、修士は唯一無二の存在で、生涯で自分を愛してくれるたった一人の男性だと、何の疑いも持たずに過ごしてきた。それだけに恋愛に関して臆病になっていたのである。

「私もそう思う。でも言うだけは言おうとおもってるんだ。後悔だけはしたくないから」智美は感傷に浸って、涙声になっていた。

「智美!俺も反対だ。そんな男、お前を傷付けるだけのやつだよ。お前を傷付けたら、修士に代わって俺が黙ってねぇからよ」陽子の隣にいて話しを聞いていた真司が、興奮を隠さずに大声を荒らげた。

「ありがとう、真司。でも大丈夫だから。また何かあったら連絡するよ」そう言って電話を切ると、智美は9階へと降りていった。


「先っきの事で話しがあるんだけど、良い?」覚悟を決めた表情の智美に、狼狽うろたえながらも新谷は部屋へ上げた。

「京平、良く聞いてね。私…実は、トランスジェンダーなの」智美の言葉に、新谷は呆けた表情を浮かべた。

「な…何?そのトランスジェンダーって。ロボットファンか何か?」聞き覚えのないキーワードに、新谷は間の抜けた返答をした。

「私は生まれた時は男の子だったの。でも心は女の子だった。でもね、高校生の時に、同級生たちが看破を募ってくれてね、私に海外での性転換手術を受けさせてくれたの。だから今では、ちゃんと身体は女の子よ。子供は難しいかも知れないけどセックスだってちゃんと出来るわ」泣きながら語る智美の言葉に、新谷は驚愕してしまった。

「な…何がセックス出来るだ!お前、した事ないんだろ?男なんだろ?気持ち悪い。出て行け!さぁ、早く出て行ってくれ!」出会った頃の爽やかさも優しさも、すっかり影に潜めさせて、新谷は辛辣な言葉を浴びせた。その悲しみは、修士を亡くした時以上に、言葉のナイフが智美の心を切り刻んだ。

智美はまるで魂を抜かれたように、フラフラとマンションを出て、街中へと消えていった。

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