第24話 すれ違っていく想い

千脇 伊織からのメッセージは、二日間に渡って30通余りが送られていた。正直なところ、今更感が冷めてしまった智美の心を占領していた。智美は辟易した想いを抱え、しばらくは忙しくて会えない、と返信をした。

すると直ぐにメッセージが届いた。差出人は新谷 京平だった。

"こんにちは。教室で習ったビーフストロガノフを一人で作ってみたんですが、良かったら試食に来ませんか?" 伊織への気持ちの反動から、新谷に気持ちが向いていた智美は、新谷の部屋へ伺う事に決めた。新谷の部屋は、智美の部屋の二つ真下に当たる903号室だった。智美は赤ワインを手土産に、階段で9階まで降り、新谷の部屋のインターホンを押した。

「やぁ、こんにちは。どうぞ上がって下さい」新谷はスポーツマンらしく、上下対のジャージ姿で出迎えてくれた。

「あの…これ、ビーフストロガノフに合うかなって思って」新谷は笑顔でワインを受け取った。

部屋の中は、一人暮らしの男性の部屋とは思えないほど綺麗に整頓、清掃がされており、智美を迎えるにあたってだろうか、テーブルがセットされ、一輪挿しに白いマーガレットまで飾られていた。

「何か素敵なお部屋ですね」智美は椅子に座るのもはばかられた。

「いやぁ、子供に物を教える身としては、普段からきちんとしとかないと、ボロが出ますからねぇ。さぁさぁ、どうぞ席に着いて下さい」新谷は椅子を引いて、智美に座るよう、エスコートした。智美は照れたように着席した。

「それじゃあ、乾杯!」二人の重ね合わせたワイングラスが、トライアングルのような糸を引く音色を響かせた。

「まぁ、なんだかすっきりとしたお味ですね」新谷が作ったビーフストロガノフは、料理教室で試食したものよりも、まろやかな中にも、すっきりとした立体感があった。

「えぇ、生クリームの量を少し減らして、その分プレーンヨーグルトを入れてみたんです。僕のアレンジいかがですか?」

「へぇ、さすがお子さんの頃から調理をしてただけありますね。こう言うのをセンスって言うんですかね」智美はまう一口、ビーフストロガノフを口に運んだ。

「まぁ自分では分かりませんが、気に入っていただけたなら光栄です」新谷はワインを智美のグラスに注いでやった。

食後もしばらく、二人は歓談した。教師である新谷の、分かり易くも楽しい会話に、智美は惹かれていった。

「ねぇ、面白そうでしょ?僕ももう一回見に行きたいと思ってるんですよ。良かったら次の週末に一緒にいかがですか?」新谷は前に見た映画の話しを、興味が引くように話した後、智美を誘った。

「そうですね。私も長い事、映画なんて見てないし、是非お願いします」智美の頭の中には、もはや伊織の存在はなかった。このまま新谷との恋へ向かおうとしていた。


自分の部屋に帰った智美は、スマートフォンに伊織からメッセージが届いているのに気付いた。

"分かりました。忙しいからと言って余り無理をしないで下さい。また時間が出来たらメッセージ下さい" 伊織の少し引いた対応に、智美は心苦しくなった。

「やっぱりそのまま誤魔化して彼の気持ちを引っ張るのなんてずるいよね。はっきりと伝えよう」

"ごめんなさい。他に好きな人が出来ました。これ以上は伊織さんの気持ちに応えられません。さようなら" 人を好きになる気持ちはどうにもならないとは言え、智美は断腸の思いで送信ボタンを押した。それから20分後、返信が返ってきた。

"仕方ないですね。俺は智美さんの幸せを何よりも願っているので諦めます。どうか幸せになって下さい" 返信までの20分と言う時間と、言葉の内容が、伊織の胸を締め付けるような苦しみを物語っていた。智美は罪悪感を抱えつつも、次の恋愛に向かおうとしていた。


伊織と智美が会わなくなって三ヶ月が過ぎ、新しい年を迎えた。智美は新谷 京平との関係を深めていったが、新谷に気持ちが向けば向くほど、惹かれれば惹かれるほど、心苦しくなっていた。それはいつかは打ち明けなければならない、智美自身のある秘密があったからに他ならない。

智美は覚悟を決めて、新年の初詣に新谷と共に来ていた。

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