第23話 里帰り
料理教室から帰った智美は、カレンダーを見て、忘れていた事に気付いた。
「そっかぁ、月曜日が敬老の日で火曜日が秋分の日だから、まだお休みが三日間もあるんだ」週末からの四連休だった事が、すっかり頭から抜けていた智美は、全く予定を入れていなかった事を悔やんだ。
「どっしようかなぁ?まぁ後三日もあるんだし、輪島にでも帰るか」突然の思いつきで、智美は急遽、里帰りの計画を立てた。里帰りと言う事で、泊まるところを探したり、荷物を多めに用意する必要もない。結局は少し大きめのトートバッグと愛用のハンドバッグだけで収まった。
智美はパソコンを開き、航空会社のホームページにアクセスした。
「えっと…能登空港行きの空きは…良かった、まだあったわ」上手く能登空港行きのチケットが取れたので、安心して就寝の準備に取りかかった。シャワーから上がり、パックをしている時、スマートフォンが音を立てた。見ると通信アプリの着信音だった。
「あっ、伊織さん?」智美はメッセージを開いた。
"こんばんは。もう寝る時間だったかな?" 「今更、何だってんだろ?」文句を言いつつも、智美はメッセージを返した。
"こんばんは。丁度、支度してたところです"
"今日は急に出社しなくちゃいけなくなって…明日は時間ありますか?" どうやらデートの誘いのようだ。
"ごめんなさい。明日から里帰りする為に、飛行機のチケットを取ったんです。また誘って下さい"
"そうか、またメッセージします。お休みなさい" 智美は何ともあっさりとした返答に、がっかり来た。
「何よ。夢の中の伊織さんだったら、時間を聞いて送ってくれるって言ったり、一緒に行こうとか言ってくれるのに。まぁ私の幻想が勝手に作り出した
翌朝になり、智美は8時55分、刷毛田空港発の飛行機を見越して7時に家を出た。刷毛田空港に行くまで、いつも使う電車を待ってプラットホームに
「すみません。相崎さんじゃありませんか?」智美が振り返ると、そこには昨日料理教室で出会った、新谷 京平が立っていた。
「あら?確か、新谷さんでしたっけ」
「あっ、やっぱりそうだ。おはようございます。これからどこかへお出かけですか?」新谷は爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「えぇ、実家がある石川に。新谷さんこそ、どちらかへ?」智美は大して興味はなかったが、社交辞令で聞いてみた。
「僕は映画でも見に街の方まで出ようかと」新谷は少し照れたように答えた。
「へぇ、デートですか。日和も良いし、良いですね」
「いやいや、僕はフリーですから、独身貴族の物好きってやつですよ。相崎さんこそ彼氏と一緒ですか?」
「えっ…?わ…私もフリーですんで、一人旅です」何故だか智美は、嘘を言ってしまった。
「あっ、そうなんだ。じゃあ僕が同行させてもらおうかな?」突然の新谷の言葉に、智美は耳を赤くして、絶句してしまった。
「冗談ですよ。そうだ、この間忘れてたんだけど、連絡先の交換をさせてもらっても構いませんか?」新谷は
「あぁ、はい。よろしくお願いします」智美も慌ててスマートフォンを取り出し、お互いに左右に振った。
やがて電車がホームに入って来て、二人は同じ車両に乗り込んだ。新谷が先に下車するまで、二人はお互いの近況や遍歴について語り合った。新谷は小学校の教師をしているらしく、その他にも近所の少年野球団でコーチをするなど、子供好きな面がある事が分かった。何より驚いたのは、新谷の住まいは、智美と同じマンションであった事だ。それを知って、二人はお互いに変な意識がついてしまった。
「それじゃあまた連絡差し上げます」そう言って新谷は、照れ隠しするように映画館などがある商業施設がある駅で降りていった。
能登空港行き328便は定刻通りに離陸した。それから僅か一時間足らずの間、9時50分に能登空港へと降り立った。そこから更に輪島特急線に乗り継ぎ、実家に着いたのは11時少し前であった。
「お母さん、ただいま」智美の実家は、田舎の
「おかえり、智美。お父さんは今、作業中だから離れの方に行っておいで」仕事中の父は、集中力を切らされるような事を嫌う。途端に機嫌が悪くなるのだ。
「うん、分かった。お昼まだなんだけど、何か食べる物ある?」智美は小声で言った。
「もう直ぐお父さんも休憩に入るから、それまで待っておいで」母親も小声で言った。
間もなく父が中心を摂る為に、居間に入ってきた。
「なんだ?帰ってたのか。それからどうだ」父の威圧的な野太い声が、智美の鼓膜を突き刺した。
「はい、なんとか上手くやってます」智美は緊張の面持ちで返答した。
「そう言えば、あの…千脇さんだっけ。その後はどうだい?」母が空気を変えようと、話題を振った。
「うーん、あんまりかな?ちょっとイメージと違うと言うか」
「お前のようなやつがきちんと恋愛など出来ると思ってるのか。何もかも中途半端なお前が」智美の彼の話しを聞き、父親はより凄んで言った。
「貴方、そんな言い方をしなくても。智美だって一生懸命に生きてるんですから」母親は泣き顔を作って父を
「一生懸命にすれば良いってもんでもない」父はご飯を一膳食しただけで、お替りもせずに、作業場に戻ってしまった。
「智美、気にしなくて良いよ」母は智美をなだめるように言った。
「仕方ないよ、お母さん。お父さんには一生理解してもらえないと思うから。私、これから出て来るね。真司や陽子たちと会う約束してるから」智美は高校までの同級生たちと落ち合う為に、輪島駅前の喫茶店へ向かった。
「よう!相崎。ってかお前本当に色っぽくなったな」真司は智美の変貌振りに、目を丸くした。
「本当、もう私より良い女なんじゃない?」学生時代は学校のマドンナ的な存在だった陽子も、皮肉っぽく言った。
「そう、なんなら私と付き合ってみる?真司」智美は
「じょ…冗談はよせよ。これでも俺たち、付き合ってるんだぜ」真司は耳を赤くして答えた。
「へぇ、あのヘタレの真司が、マドンナの陽子とねぇ」智美は皮肉たっぷりに、横目で見ながら言った。
「まぁね。このヘタレっぷりが、なんだか放っとけないって言うの?仕方なく彼女になって上げたって訳。それより智美はどうなのよ。彼氏とか出来た?」
「まぁね。一応はいるんだけど、もう一人、気になる
「まさか、二股?」
「そう言う訳じゃないんだけど、今付き合ってる
「そうなんだ。いつだって相談に乗るから、連絡してくるんだよ」陽子はパンケーキを一口食べた。
「まぁ俺だって男心の方を担当してやるから、いつでも連絡してこい、アチッ」格好をつけながらコーヒーを啜った真司が唇を火傷してしまった。
その後、他に三人の同級生たちと合流し、智美はボウリングに興じたり、海鮮居酒屋で宴会を開いたりと、一時、青春時代に戻って遊んだ。
こうして一泊二日の里帰りを楽しんだ智美は、再び飛行機に乗り、都心へと帰って行った。途中、伊織から何度かメッセージが送られてきたが、智美は未読状態のまま、都心に戻った。
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