第11話 タイムマシンなマンション
2020年6月15日、月曜日。相崎 智美が27年後の未来と1993年の現在を行き来するようになって、一ヶ月が経とうとしていた。
「今日からお世話になります。相崎 智美と申します。色々と
「私は営業課長の宮下です。相崎さんには
「はい!一日でも早く、仕事を覚えて、お役に立てるように精進します」智美の気合いを入れた返答に、宮下は意外な表情を作った。
「へぇ、最近の若い人が…それも女性で…イヤ、失礼。若い人が精進ですか?…まぁ期待していますよ」宮下の言葉は、どこか皮肉めいたものを感じた。しかし、智美が本来、生きる1993年に比べれば、幾分マシか分からない。
智美は従来の総務部の仕事上、ブラインドタッチを含め、パソコン操作には慣れていた。そしてこの時代のインターネットカフェで経験し、学んだ事を生かして、プリントアウトや販促用のデータ作成も難なく
「へぇー、派遣社員だと言うから、どれほどのスキルの持ち主かと思ったが、大したもんだ。これなら早くに外回りに同行してもらえそうだね」入れ替わりの早い派遣社員の中、余り期待を持っていなかった宮下課長は、智美の働きぶりに目を丸くして喜んだ。
「アタシ、営業経験はないんですが、外回りなんか任せてもらって大丈夫でしょうか?」期待を寄せられるのは嬉しい事だが、学生時代からもアルバイト経験は事務系が多く、接客業の経験もなかった智美は、正直困惑した。
「大丈夫さ。お客さんと話すと言っても、初めの挨拶くらいだし、商談やらクロージングは正社員が行うからね。後はその遣り方を見ながら覚えていってくれれば良いから」宮下はそう言うと、智美のデスクの上に、小さなプラスチックケースに入った何かを置いた。
「あの…これ」去って行く宮下に戸惑いの声をかけつつプラスチックケースに目をやると、それは直ぐに何かが分かった。
(こ…これ名刺じゃん!営業部 相崎 智美だって。なんか良い!) 仕事上、名刺を持った事がなかった智美は、大人の階段を一段登ったような気分になった。
仕事を終え帰宅した智美は、伊織に電話をした。しかし電話会社のアナウンスは、その番号が使われていない事を智美に告げた。
「えっ?どう言う事?まさか伊織さん、アタシを一回抱いたから、嫌気が差して番号を変えたとか?」不安になった智美は駅に向かって走り出していた。
「そんなの…そんなの信じないんだから」智美は走りながらも、諦め切れずにもう一度リダイヤルした。すると今度はちゃんと呼び出し音がなり、智美は速度を緩めた。
(お願い!出て、伊織さん。あなたの声が聞きたい) 智美の願い虚しく、電話口は留守番電話サービスへと切り変わった。智美はせめてもの切ない想いを留守番電話に残す事にした。
「伊織さん。アタシです。智美です。用はなかったんだけど、あなたの声が聞きたくて電話しました。これを聞いたら、電話して欲しいな」智美の声は、後半には涙声を含ませていた。
少し肩を落とし気味に帰路に着く智美は、不思議に思った。
「何で部屋からは繋がらなかったんだろ?今までこんな事はなかったのに。この時代だからなのかな?あっ!そうか、この時代ってよりもあのマンション自体がタイムマシンみたいな物で、現在と未来を繋ぐ架け橋とか境界線のようなものなんだ」傷心の智美は思いつきを適当に口にしていたが、実はその通りであった。このタイムスリップ劇は、マンションごとなされてた。
そう考えた智美は、マンション下のコンビニエンスストアで未来のイートインを利用して、ホットコーヒーを相棒にして伊織からの電話を待った。やがて智美の耳に、雀の鳴き声が入ってきた。
「あれ?いつの間にかベッドに寝てるじゃん!と言う事は、1993年か…」何気に携帯電話を見ると、"着信あり" の表示があった。
「何?アタシ気付かずに寝てしまってたの!アタシのバカ!」1993年の朝早く、智美は自宅マンションで大声の限りを叫んでいた。
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