第9話 意外な出会い

「ファーッ、相崎君、すまんがお茶を入れてくれんかね」萬有商事、総務部庶務課課長、光山 浩二は、欠伸あくびをしながら相崎 智美に雑用を言いつけた。

「ハイ!いつもと同じ、濃いめのぬるめです」

「何?早過ぎるじゃないか?」光山は言ってから5秒と経たずに出て来たお茶に驚いた。

「だって課長の欠伸、先っきので三回目でしたもん。だから二回目が出た時に、入れ始めたんです」智美はにこやかな笑顔を作って答えた。

「ふーん、そんなに私をまじまじと見ていたのかね。まさか、私に気があって、不倫でもしようなどとたくらんでいるんじゃないだろうね」(これが27年後だったら、セクハラで絶対に訴えられるよねwww)

「そんな訳ないじゃないですか?張り切ってるだけです。だから周りに気を配れてるんです」智美はわざとほっぺたを膨らませて言った。

「へーっ、君もようやくプライベートでいやらしい格好をする事以外にやる気を出したかね。感心、感心」光山は出された緑茶を美味うまそうにすすった。

(考えてみたら、こんな風に女性を蔑視べっししたものの言い方を、アタシたちは上手い事、のらりくらりとかわしながら付き合ってんだよね。2020年の女性って、そんなコミュニケーション能力もないのかな?)智美は未来のインターネットカフェで学んだ知識から、1993年現在の女性と未来の女性の立場や考え方に、違和感を覚えた。


やがて定時の午後6時になり、智美は張り切って帰路についた。帰路とは言ったものの、そのまま家に帰るのとは違う。智美は真剣な眼差しで、サボっていたスポーツジムに向かった。

「あれ?相崎さん、久しぶり!もう来ないのかと思いましたよ」爽やかな笑顔を振りまくジムのトレーナーだった。

「すみません…少しお腹が出て来ました…

またよろしくお願いします!」智美は恥ずかしそうに言った後、元気に頭を下げた。

「OK!OKですよ!相崎さん。LET’S FITNESS!」トレーナーの言葉に智美はピクリと反応した。

「あの…トレーナー、フィットネスって?」智美は未来の世界で見た、フィットネスジムと言う文言もんごんを思い出した。

「いやーっ、失礼。僕は本場のトレーニングを学ぶ為に、アメリカへ留学してたんですよ。アメリカではスポーツジムの事をフィットネスジムと呼ぶんです。フィットネスは "健康である" なんかの意味を持つんですが、てんじて健康を目指す為のジムって意味でそう呼ぶんですよ。日本みたいにスポーツジムだったら、スポーツそのものを学ぶ施設になるんです」薀蓄うんちくを楽しげに話すトレーナーの姿を見て、智美は何だか未来の伊織を見ているような感覚におちいった。

「相崎さん?どうかしましたか?」トレーナーの言葉に、智美はハッとした。

「ご…ごめんなさい。なんかトレーナーが知り合いに似てたもので」

「えっ?相崎さんの知り合い?何か光栄だなぁ。さぁ、張り切って行きましょう」

こうして智美はトレーナーの指導の元、トレーニングに励んだ。

「OK、OK!VERY 

GOOD!今日はこれくらいにしましょう」時折、ネイティブな英語をまじえて励ましてくれるトレーナーの声が智美には心地良かった。

「あの…たるんでるアタシの身体には、もっと負荷をかけた方が良いんじゃ?」

「NO,NO,NO!OVER 

WORKはTABOOです。きちんとPLANNINGを決めてしっかりやって行きましょう」言っている事が今一つ分からない智美だったが、自分の為に、真剣に考えてくれている気持ちは良く分かった。

「分かりました。今日はありがとうございました」

「相崎さん?FITNESSの考え方には食事もIMPORTANTです。もしよろしければ、この後、指導がてら食事でもいかがですか?」トレーナーの突然の誘いに、智美は戸惑った。

「えっ?そ…そんな事、突然言われても…」返答にきゅうする智美に、更にトレーナーはたたみかけて来た。

「THAT’S ALL LIGHT?相崎さん。フィットネスの精神は健康に、美しいBODYを作る事です。その為にも食事は大切です。言わばこれは僕の仕事の一つなんですよ。一緒に美しい身体を作りましょう?」時折、英語を交えて来るせいか、トレーナーの言葉に軽さを感じつつも、仕事に一生懸命なのも伝わって来た。そもそも伊織と雰囲気が似てるとは言っても、タイプは全くに違う。この人間と一緒にいても、恋愛に向かう事はないだろうと智美は思った。

「分かりました。それではよろしくお願いします」その時、トレーナーの誘いを受けた智美の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。

「ちわきトレーナー。明日のご予約の山田さんなんですけど、キャンセルでお願いしますと連絡がありました」この受け付け係の何気ない報告を聞いて、智美は目を見開いた。

「えっ??あの…トレーナーのお名前ってちわきっておっしゃるんですか?」

「えぇ、そうですよ。ちわき かおるって言います。良く、女の子みたいな名前だってバカにされましたよ」ちわきトレーナーは照れくさそうに、後頭部をいた。

「あの…変な質問かも知れないんですけど、ちわきってどんな字を書くんですか?」智美の問いかけに、ちわきトレーナーは不思議そうな顔をした。

「thousand!数字の千にArmpit!身体の脇です。そしてfragranceの薫です」(やっぱそうだ。ちわきって言ったら血液の血に脇のちわきもある。千に脇のちわきだったら伊織のお父さん?)

智美は突然の出会いに、戸惑いを隠せなかった。

「どうしました?相崎さん。気分でも悪いですか?」

「いえ、そうじゃないんですが、お食事、今度にしません?」さすがに身を一つにしてしまった男性の父親かも知れない人とのデートは、智美を躊躇ちゅうちょさせた。

「NO,NO,NO!NEXTはありません。良いですか。人間の身体は食べる物で出来るんです。せっかく今日は良いトレーニングが出来たのに、きちんと身体を作る食事をしなければいけません。気にしないで。おごりますから」右手の人差し指を突き立てて、横に振りながら答える千脇トレーナーに、智美は仕事熱心なのか、下心から言っているのかの判別がつかなかった。

「相崎さん。これは僕からのお願いです。アメリカ式トレーニングは、これから日本で、大きく広がりを見せると僕は確信しています。言わば貴女にはモニターになっていただきたい!きちんとPLANNINGを立てたトレーニングと食事により、美しい女性のBODYを作れる事を証明したいのです」あまりの真剣な眼差しを智美に向ける千脇の姿に、智美は本当に仕事熱心なのだと判断した。

「分かりました。食事もトレーニングの一環なんですよね。よろしくお願いします」こうして二人は夜の繁華街へと繰り出して行った。

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