第6話 時代錯誤?

「昨日のあれって何だったのかなぁ?って、昨日って言うのもおかしいよね?もしかして、アタシ夢でも見てて、夢遊病むゆうびょうか何かで携帯に番号登録したとか?大体、番号のあたまが "090" ってのもおかしいし」帰宅した相崎 智美は、いつもの一人言を言いながら、コンビニで買った唐揚げとジャーマンポテトをツマミに缶ビールをあおっていた。

「あーっ、もう忘れよ!考えてても仕方ないし、実際に電話してもつながらないし、会社にも存在しない人なんだから、きっと夢か幻だったのよ」智美はビールを一気に飲み干し、開き直ったように言った。

「さぁて、明日もあるし、もう寝よ。あっ…目覚まし目覚ましっと…」智美はキチンと目覚まし時計を午前7時にセットして、寝床ねどこいた。


翌朝、目覚まし時計のアラームとともに、智美は目覚めた。そしておもむろに携帯電話の画面を見た。

「うん、6月2日(火)7:01 ちゃんとなってる。夢じゃない」一昨日おとといの出来事が頭にあり、智美は "今" を確認して、いつも通りの用意をした。そして8時になり、いつもの道をいつも通りに歩く。次の角を右に曲がり、内山紡績うちやまぼうせきの工場前を通り抜け、300mほどすれば目的の駅に辿たどく。

「えっ?何で…」角を曲がった智美はひざからくずれ落ちるように、その場に座り込んだ。

「何で工場がないのよ!昨日はあったじゃん」智美の目にデジャヴが飛び込んで来た。またしても内山紡績の工場がなくなり、更地さらちになっているのだ。

「一体どう言う事なの?…そうだ!駅よ。駅に行って、あの時と同じだったら、アタシはあの日の夢の続きを見てるか、何かなのよ」智美はけ足で駅へと向かった。

「確か、改札機に変な青い "IC" ってあったのよ。あ…あった、やっぱりあの日の続きじゃん」とりあえず、智美は券売機で切符キップを購入し、改札をけた。智美の予想通りに駅構内は綺麗になっており、もう一つの月曜日と同じ風景を見ていた。

やがて定刻通りの急行列車がホームに入って来た。車内はわりいており、智美は周りの人物の顔を見回した。

(千脇さん、いないよね。あっ!そうか、あの日は確か寝坊して、電車を二本遅らせたんだった。と言う事は、確かめようがないのか)

電車は萬有まんゆう商事の最寄り駅に到着し、智美は何の躊躇ためらいもなく下車した。そして会社がある場所まで来ると、またしても智美の目には、信じられない光景が飛び込んで来た。

「な…何で?何で自社ビルがこんなに立派りっぱになってんの?」そこには築30数年経つ、古びたビルと違い、新築とまでは行かないまでも、綺麗になったビルが建っていた。

「何、これ?MANYU CORPORATION?」ビルには会社名と思われる立体文字が派手はでに取り付けられていた。

「一体、どう言う事よ。いつの間にこんな立派なビルが建ってんのよ!バブルがはじけて不景気だって、ボーナスもカットしてるクセに」少々いきり立ちながら、智美はビルの中へと入って行った。すると、ビルの一階フロアには、駅の改札機のような物が設置されていた。

「はっ?何よ、このビルから電車にでもつながってるって言うの?」智美は改札機のような機械の近くに立っていたガードマンらしき人物に声をかけた。

「ねぇ、アタシ、ここの社員なんだけど、ここを通してくれないかしら?」ガードマンらしき男は戸惑とまどった顔をして「あの…社員証を機械に当てれば、通れるようになってますが?ご来客様でしたら、そちらの受付にてご記帳の上、来客用のICカードをお受け取り下さい」ガードマンは戸惑いつつも、丁寧ていねいに対応した。

「受付?分かったわ」智美は受付に行き、少し乱暴な雰囲気で話しかけた。

「ねぇ、アタシ、ここの経理の相崎だけど、中に入れてくれないかしら?」受付の女性も社員証があるはずと説明し、さらに調べて見ると、経理に相崎 智美と言う名前は名簿にないと言うのだ。

「名簿にない?ちょっとその名簿、貸しなさいよ」智美は右手を差し出して、名簿を渡すように要求した。

「イエ、名簿は個人情報がっておりますので、身元の分からない方にはお見せ出来ませんし、パソコンごとお渡ししろと言われても…」受付の女性はすっかり困ってしまった。

「はっ?パソコン?名簿に何でパソコンが出て来んのよ!アタシはパソコンじゃなくて名簿を寄こせって言ってるの!」受付の女性はガードマンに目配せし、アイコンタクトを取った。

するとガードマンが智美の元に来て「お客様、すみませんが、ご身分を証明出来るような物をお持ちでないですか?」と言って来た。

「身分証?免許で良いかしら」そう言って智美は免許証を差し出した。

「お客様、これはちょっと…偽造ぎぞうにしても、これはひどいですよ。こんな大きな免許証なんてある訳ないし、有効期限が平成7年の誕生日だなんて、いつの時代の免許証です?」ガードマンは鼻で笑って免許証をき返して来た。

「な…アタシをバカにしてんの?どう言う事よ!」智美は周りに響くほどの大声で怒鳴どなりつけた。

「あなたねぇ、これ以上、訳の分からない事を言うと、警察を呼びますよ。オリンピックだって近くて、それでなくても警備は厳重になってるんですから」この一言で智美はハッとした。

「ねぇ、オリンピックって、まさか今は昭和39年なの?」智美の一言にガードマンは吹き出してしまった。

「あ…あなたねぇ、昭和ってなんですか?今は令和れいわ2年ですよ。大丈夫ですか?あなた」智美にはさっぱり訳が分からない。令和って何だ?昭和が終わって、たった4年しかっていないのに、何でこんなふうにバカにされたような物言いをされなければいけないのだ。

「ねぇ、今日は6月2日の火曜日でしょ?」

「ハイ、そうですよ。それが何か?」ガードマンの言っている事が余計よけいに分からなくなって来た。

「だから、平成5年、1993年の6月2日でしょ?」智美の言葉を聞いて、ガードマンはほうけた顔をした後、今度は大笑いをした。

「ハッハッハッ!な…何言ってるんです?今は令和2年、2020年の6月2日ですよ」ガードマンは笑い過ぎたのか、目尻めじり人差ひとさし指でこすった。

「何?2020年?ア…アタシ、もしかしてタイムスリップして来たって言うの?」大声で言った智美の言葉に、周りがざわめき出した。智美は居心地いごこちが悪くなり、その場から、逃げるように飛び出して行った。

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