第45話 失敗と払拭

 やってしまった。




 助けに行かないつもりだった。見捨てる事に悲しいほど罪悪感は無かった。冷静に今周りの状況がどうなっているか魔法で感知して、何をすれば、はたまた何もしない方がいいのか考えていた。


 だがフウザが大声で助けを呼び出した時それらの考えは綺麗に消えた。いや汚染、占領、どんな言葉が似合うか分からないが代わりにある物に支配された。


 ある物とは、恩人との思い出だ。そしてその方が死ぬ間際に俺の魂に刻んだ呪いの言葉。


 それは――



『英雄』


 その言葉が俺の脳内を支配したと同時に、アイツがいつもの様に聞いてきた。


「どうするんだ?」


 いつもと同じ問い。そして逃げ腰の俺はいつもの様に答えから逃げる筈だった。


 だが、今回は身体がそれを許さなかった。


 これからの事の心配や考えは消え、全身がその一つの事の為に一瞬で出せる全てを注いだ。

 今、その時の感覚を思い出そうとするが遠い昔に起こった事の様に思い出せない。


 気づいたらここにいたという奴だ。



 さて、どうしよう。


 まず俺の目の前にいる奴は見た感じ魔人だろう。が魔人のそれだ。

 強さはまぁまぁくらいか。現代の魔人の強さなんて詳しくは知らないが昔ならまぁまぁの強さだ。


 あの隕石が激突したかの様な音は全て魔人と考えるのが普通だな。なら、コイツらは組織なのか。何が目的かが重要だな。


「おい。貴様何者だ?」


 とりあえずフウザはなんとかしないと。口封じに失敗したら面倒くさい事になるのは確実だ。


「おい!聞いているのか?」


 いや、ならない可能性もある。でも1%でもなる可能性があるのならなんとかしなければ。


「おい!!無視をするな!」


「ああ。ちょっと待ってくれ」


「……ふっ、なるほどな。いいだろう。恐怖と後悔に侵された心を安定させるといい」


 襲撃してきた奴らは全てが魔人なのか分からないが、全員が目の前にいる魔人と同じ強さならば教師が束になって勝てるか勝てないかくらい。勇者なら一対一が出来るくらいか。


「君は……」


「ちょっと静かにしてくれ」


 もし俺の予想通りなら絶望的な戦力差だ。とりあえず死者が出なければ勝ち――と言ったところか。




 そうだな。

 この魔人は情報を出来るだけ絞り出した後始末して、目撃者のフウザには口封じをすればいいか。


 外の事はアルト校長や勇者達、教師で何とかしてもらおう。始めよう。


「俺の名前は……トーマスだ。トーマス・フィールド」


 後ろから疑問の声が上がるが無視だ。馬鹿正直に本名名乗る筈ないだろう。


「ようやく決心がついたか。俺の名はライド・マールズ・クリフィドール・アズクスだ」


 低い獣の唸り声の様な声だが、名を名乗る時は少し胸を張り誇らしげに名乗った。


 色々聞きたい事はあるがやはり最初はこれだな。


「目的は?」


「簡単な事だ。俺の強さを世界に知らしめる。それが目的だ。ここを襲った理由もここが俺の最強伝説の最初の足掛かりに選ばれたからだ」


 簡単に答え出した事に喜ぶが、内容は望んでいた物とは違った。個人じゃなくて全体の事を聞いたつもりだったのだが。


「お前達の組織の目的は?」


「それをお前に教える義理はあるのか?」


 魔人は俺を睨み、偽物の脅すための殺気を放ってくる。後ろから怯えた声が上がるが気にしない。


「ある。お前に殺される前に冥土の土産として聞く必要がある」


 俺がそう言うと魔人は笑みを浮かべ鋭利な牙が姿を現わす。後ろから固唾を飲む音が聞こえるが気にしない。


「わかったぞ。よく分かった。お前が強いことも。そして、お前が俺を舐めていることも」


「いいから教えてくれるのか?教えてくれないのか?」


「いいだろう。俺達の目的は世界征服だ。ここはその宣戦布告の狼煙を上げる場所に選ばれた」


 世界征服か。

 随分と現実味がない話だな。だが、コイツがコイツらだという事はわかった。


「宣戦布告か。その為に俺達学生を殺すのか?」


「いや殺しはせん。攫うだけだ」


「攫う?何の為に?」


「そんな事どうでもいいだろう。冥土の土産はここまでだ」


 そう言い会話を無理矢理切ったと同時に、魔人の白い翼が器用にパキパキと音を鳴らしながら――どうなっているのか分からないが――体の中に収納されていく。


 完全に翼が収納されると魔人はオーソドックスな構えを取る。シンプルだからこそ安定した構えだ。


 魔人が湯気の様な白い息を吐き出すと体の筋肉がドンと言う音と同時に縮んだ。力を感じさせる巨大な体は少し細くなったが迫力は消えてない。


 膨大な気力が魔人の身体の中で蠢いている。


 その様子を見てもう会話をする気は無いというのが分かった。


「これが俺の本気だ」


 冷たく力強い声は、張り詰めていた空気をより一層掻き立てる。

 それに耐えきれなかったのか後ろからズルズルと這いずり逃げようとする音が聞こえた。


 俺は模擬剣を投げ捨てる。


 俺の行動が理解出来なかったのか魔人の瞳が少し揺れた。


「戦意喪失か?」


「いやこの剣なら無い方がいい」


「……そうか。かかって来い」


 魔人がそう言うとより一層空気が冷たくなるのがわかる。

 俺はそんな地獄の様な空気に懐かしさを覚えた。


「いや、先手はお前にやる」


「……舐めてるのか?」


「舐めてない」


「……そうか。死ね」


 そう言うと同時に魔人の気力が爆発した様に波打った。

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