第44話 弱者の恐怖

 何が起こった。いや、それは分かってる。俺が彼を吹き飛ばした。


 ただあの一振りは過去最高だった。


 成長したという事だ。才能が開花したんだ。やはり俺の才能は一番だった。


 体に残る微量の熱が俺に実感を与え、息切れの音が心地いい。細胞が活性化し、骨で立ち、筋肉が程よく引き締まり、気力が波打った。その感覚が脳裏に焼き付いている。


 段々と口角が上がり、体の熱が冷めて息が整う。だがそれと同時に脳が冷却された様に思えるほど思考が冴え、一つの疑問が真っ先に浮かぶ。


『あれは、なんだ?』


 あの、あれは殺気か?あれが『死』という感覚なのか?ならさっきの一振りは俺が怯えたからか?


 いや、違う認めない。あれは気のせいだ。もしあれが殺気だとしても俺は勝ったんだ。乗り越えた。才能が上回ったんだ。


 やっぱり俺は――


 何かが地面に衝突した、隕石が落下した様な音がなる。今まで困惑に包まれ静寂に支配された空間が、混乱に変わり動揺が起こる。


 俺もその音が鳴った方を見ようと振り返ろうとすると、幾多もの同じ様な音が鳴り地面が少し揺れる。


「おい!アレを見ろ!!」


 何事かと周りを見渡していると、誰か分からない男子生徒の声が、注目を促す様に大声を上げた。


 皆がその男子生徒に注目し、俺も見る。その男子生徒は上を見上げて、空に指を指していた。


 俺はその行動に促される様に空を見ると

 が空を飛んでいた。そのは、ゆっくり落下して行きこのまま降りてくると闘技場に降りてくるだろう。


 あまりの急な変化に頭が追いつかずに呆然とする。先生方は慌ただしそうに行動して既に生徒を落ち着かせ指示を出している。


 要約すれば、教師が生徒を護衛しながらな避難所に移動する。教師や周りに大人がいない場合は逃げるか隠れるかしろというものだ。


 闘技場から避難所は近い。何かが沢山落下してきたのは確実だ。そしてそれは――恐らく生物だ。


 沢山の疑問が頭に浮かび、その量の多さに苛つく。


「アスクリート君!君も早く!!」


 その声で疑問が搔き消え、周りを見ると殆どの生徒は避難していた。

 俺も移動しようとし、出口に向かおうとすると地震が起こる。いや地震にしては大きな揺れが一回だけだった。


 俺は震源地を見る。そこには蜘蛛の巣の様に地面にひびが入った場所に、巨大な獣の様な大きな白い翼が生えた二足歩行の生物――化け物が腕を組み堂々と構えていた。


「お前が剣聖か?」


 低いうなり声に似た声が、化け物の口から出る。化け物の視線は俺を見下す様に向いていた。その鋭い目には俺を品定めしている様な冷酷な色に染まっていた。


「あぁ。そうだ、俺が剣聖だ」


 俺は堂々と答える。先生が俺を止める為に声を荒げて注意するが無視する。


 化け物は小さく「ふむ」と言い小さく嘲笑う。


「そうか、残念だ」


 残念?どういうことだ。まさか剣聖の俺が残念という事か?俺の何が残念なんだ?


「何が残念なんだ?」


「分からないのか?」


 質問に質問で返され少し苛つく。いや、かなり苛ついた。

 この化け物は明らかに俺を馬鹿にして見下した態度を取っている。


「分からない」


「……お前が本当に剣聖なら――弱い。弱すぎる」


「なに?」


 更に意味がわからない。


 剣聖だぞ。コイツこの意味が分かって言ってんのか?俺はコイツよりデカイ奴を殺してきた歴代最強、史上最強の剣聖だ。そこまで調べてきてないのか?


「耳まで悪いのか?弱いと言ったんだ。お前は弱者だ」


「弱いだと?お前は俺の実力、才能を知って言っているのか?」


「おい!アスクリート君!!早く逃げろ!」


「ここは任せてください!!」


「――っ!分かった!戦闘が出来る者は護衛に回ってしまった!!ここは剣聖の君を信じる!レイジネス君も任せたぞ!!」


先生はそう言い出口に向かった。


「……一目見たら大体の実力は分かる。お前が圧倒的に弱い事は簡単に分かったぞ」


「試してみるか?」


 俺は脳裏に焼き付いたあの感覚を思い出しその感覚に体を預ける。自然と体が動き、気力が凝縮される。自分の体を完璧に支配した感じだ。


 化け物を見るが相手は構えずに、俺を見下す。

 俺はため息と失笑を吐き捨て、新鮮な冷たい空気を吸う。曇っていた脳が冴え渡り、感覚も同時に鋭くなる。剣が身体の一部になった様に張り付き、馴染む。


 名を付けるなら。そうだな。決めた。


「行くぞ……」


 音もなく踏み込み、化け物に接近する。今まで以上の速度が出たのに、その速度に直ぐに適応する。

 流れる様に剣を引き、振る。


 剣の軌道に波の様な滑らかな波紋が生まれ、輝く。美しく、途轍も無い殺傷力を持った究極の一撃。


 その名は――


 一の太刀


 その一撃は、化け物の胴体を切り真っ二つにする。切られた者は切られた事に気付かない究極の一撃。


 化け物は驚愕の顔を浮かべ、小さい呻き声を上げながら倒れる。





 はずだった。




 だが現実は、切れない剣だが、濃密で繊細な気力を纏った剣だ。人間は勿論、大木をも切るかもしれない。


 そんな剣が生物の、化け物の体に綺麗に入る。普通なら横に真っ二つになって当たり前だ。


 だがそれは、化け物の毛すら切れていなかった。刃は毛に絡まり止まっていた。


 体は程よく熱を帯び息切れが起こる。さっきと同じ様な感覚だ。いや、さっきのより破壊力、切れ味は圧倒的にあった筈だ。なのに――


「化け物っ……」


 思わず声は漏れて絶望感に包まれる。


 


 疑問に支配され、疑問が増える毎に絶望感が襲う。

 自然と構えながら後退する。

 いや、後退なんて物じゃない。倒れそうな体を支えているだけだ。


 一歩づつ下がるが化け物との距離は変わらない。化け物が近づいてくるからだ。


 誰かの呼吸が煩い。目が熱い。体が寒い。


 視界が滲むが化け物は変わらずそこにいる。壁の様な化け物は、俺に鋭い視線を、一個人が持ってはいけない殺気を突き刺している。それは俺の戦意をへし折るのに十分な物だった。


「いやだぁぁぁあぁぁああぁぁぁ!!!!」


 絶叫。


 走る。化け物の横を通り過ぎて兎に角、距離を取りたいから走る。


 なんでだ。なんでこんな奴がいるんだ。世界はこんなにも理不尽なのか?


 嫌だ!死ぬのは嫌だ!俺にはまだやる事が!!


 化け物から距離を取った時、出口を通り過ぎた事に気付いた。


 気力!そうだ気力を使ってここから飛び出せれば逃げれる。


 気力を操作しようとするが上手く動かない。化け物の足音に焦燥し恐怖するが気力は動かない。


 影がかかり足音が止まると、俺は足がすくみその場に座り込む。戦意を失い、乾いた笑い声が出た。


「十秒待とう。その間に戦うか、逃げるか、助けを呼ぶかしろ」


 化け物がカウントダウンを取り始め、俺は直ぐに立って逃げようとするが、足が震えて力が入らない事に気付き叫び声を上げながら足を殴りつける。


 だが、動かない。


「だ、だれぇか!お願いだ!!助けてくれ!!!!先生!ランスロ!!!サメール!!お願いだぁぁ……誰でも、誰でもいいから助けてくれ!!」


 足を殴りつけながら半狂乱に助けを呼ぶ。子供の泣き声の様だがそんな物は関係ない。俺は生きなければいけない存在だ。


「三……二……」


「おい!!助けろ!!!!早くしろ!!!ば、化け物が、化け物がここにいるんだ!!!置いてくな!!」


「一……」


「待ってくれ、お願いだ、やめてください、お願いします。ちょっとまって、やめろ!!!」


「0……哀れだな」


「嫌だ……死にたくなぃ」


 俺は化け物の目を見ながら言う。顔に気持ち悪い何かが張り付いていて、息もしにくい。


 化け物が拳を引く。ただそれだけの行動だ。構えもなく乱暴に、適当に拳を引くだけ。


「死ね」


 短く化け物がそう言ったと同時に、俺は目をギュッと閉じる。溜まっていた涙が溢れた。


 何故目を閉じたのか。それは、死という物を見たくなかったからだ。それを見てしまったら俺はどうなるか分からない。

 そんな事を考えてしまうから俺はまだ生に縋っているのだろう。



 神様……助けて……嫌だ……



 時間が経つ。痛みは無い。

 ただし一つ音が鳴った。金属音だ。とても硬い金属がぶつかり合った音だ。


 俺は固く閉ざした目をゆっくりと開ける。それは勇気なんて大層なものではない。単純な興味だった。


 ゆっくりと目を開ける。ゆっくりと……





 目を開けると、一人の英雄が化け物の拳を止めていた。

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