第43話 開花
フウザ・デル・アスクリート。
アスクリート家の長男で4つ下に弟がいる。優しい母がおり、父は41代目剣聖だ。家庭は裕福で家庭環境もいい。フウザ自身も、剣神の加護を受け42代目剣聖になり、将来は約束されたも同然だ。誰もが羨み妬む理想的な人生だ。
フウザも自分の人生がどれほど恵まれているか自覚しており誇りに思っていた。
更にフウザには剣の才能があった。それは、元剣聖の父も驚愕する程の才能だ。フウザは何事もなく幸せに成長していき、剣の技術も驚異的なスピードで上達していった。
だが、そんなぬるま湯の様な環境で育ったせいかフウザは、そう。一言で言えば、天狗になった。
フウザはピタリと修行を辞め、今まで謙虚と言える態度は傲慢になった。自分こそが最強だと、一番だと疑いもせず完全に信じきっていた。
成長し、自分が意識している世界が広がるに連れてフウザは現実を見る。フウザは今まで自分では勝てない相手と何度も戦ってきた。
そして案の定惨敗してきた。だが背中は見えており、今の自分では勝てなくともいつかきっと勝てるようになる。何故なら俺は一番の天才なのだから、と信じきっていた。
実際、フウザに勝利した剣士達より、負けたフウザの方が才能はある。その才能がこのまま開花していけば、いずれは越すだろう。
だが世界の歴史は長く古い。
フウザが何歳の時か分からないが、いつのまにかこんな事を言われだす。
「初代に次ぐ天才だ」
初代剣聖。誰もが認める強さを持ち、全ての剣士達が目指した場所。そんな普通の剣士からしたら、遥か高みの場所に次ぐ天才と言われれば喜び、誇りに思うだろう。
だがフウザは認めなかった。この頃のフウザのプライドは、膨れ上がった風船の様にパンパンになっていた。
そんな爆発しそうな程膨張したプライドを持つフウザは、二番目という事を許せなかった。
今まで自分は一番として信じて育ってきたフウザにとっては、認めてはならない現実だった。
更に、自分より上と言われている初代剣聖より強い、史上最強で史上最悪の英雄と呼ばれているアルクス・エングリフを知ってしまった。
今までぬるま湯にしか入った事がないフウザにとってはその現実は、冷水か、熱湯の様な物に感じられた。
そこからは、それを否定する様に剣の修行を辞め、自分が最強だと豪語する様になった。
そんな薄っぺらい紙の様な生活をフウザ・デル・アスクリートは怠惰に送っていた。
学園に入学し、その生活は更に酷いものになる。殆ど剣の修行をしなくなり、偶にの修行も流す程度になった。
更にフウザは自分のファン――女子生徒限定――を自分の周りにおき自堕落な生活を送っていた。
そんな中、フウザは友人とある賭けをした。それは、闘技大会で優勝出来るか出来ないかという賭けだ。
Sクラスの生徒が闘技大会に参加する事は認められている。だが、学園の歴史でSクラスの生徒が闘技大会に参加した前例は無い。
理由は簡単。メリットがないからだ。
優勝賞品はSクラスの昇格だが、元々Sクラスの生徒は優勝しても何も無いし、何も貰えない。
力を見せつけるのもいいが、他の者からは弱者を虐めている様にしか見えない。その為、生徒や有名なギルドに嫌われる可能性がある。つまりデメリットの方が圧倒的に大きい。というかデメリットしかないだろう。
それなのにフウザは参加した。
勿論参加した本当の理由は賭けなどという馬鹿な理由じゃない。フウザは傲慢で怠惰だが、馬鹿では無い。そんな事で将来の就職先になるかもしれないギルドにそんな行動は見せないだろう。
本当の理由は、ズタズタに引き裂かれたプライドを慰める為だ。他人からしたら賭けより馬鹿な理由かもしれないが、フウザにとっては大きな理由で、自分が一番という事を自分より下を見て実感したかったのだ。
だがフウザは理由を賭けだからと納得し、醜く子供の様な本当の理由を隠した。
そして、フウザは闘技大会に向けて、修行も練習もせずに闘技大会に向けて頑張っている他の生徒を馬鹿にして本番を迎えた。
一回戦。しかも相手は、一年生のBクラスの無名の生徒だった。フウザにとっては見下し馬鹿にする相手で、乗り越えて当たり前の相手だった。
ここで遊んでも面白くも無く気持ちよくない、とフウザは考えており一撃で決める筈だった。
一撃だ。
脱力から緊張をし急に姿勢を低くする。普通の相手ならここでフウザの姿が消えた様に見えるだろう。
フウザは間合いに入り、相手の顔を見ずに剣を振るう。気力も力も入れずに、ただ急所を突き気絶させる一撃。
フウザにとっては笑ってしまう程の酷い一撃だが、相手はフウザが懐に入っている事に気づいていない。ならば、この欠伸が出てしまうほどの遅い一撃で十分だと確信していた。
だが、相手はフウザの一撃をギリギリで止めた。フウザは驚き、まぐれを疑うが、綺麗に攻撃を止めている事からそれは無いと確信する。
フウザは純粋に驚く。この一撃を止めた事に驚いたのではなく、綺麗に止めた事に驚く。力の殆どを受け止める防ぎは、フウザを知覚していたという事だ。
フウザは少し興味が湧き会話をしてみたくなった。
フウザが少しからかいながら話しかけると、相手は警戒しながら返す。
だがフウザはその様子に少し違和感を待つ。相手が警戒している様子がまるで大袈裟でアピールしている様な、演技の様な警戒の仕方だった。
だがそんな意味が分からない事はフウザの頭から直ぐに消えてしまった。
フウザは相手の妙に冷たさを帯びた声が、まるで馬鹿にされている様に感じ少し興奮して醜い本音が出てしまう。
フウザは隠してきた事がアッサリ出た事に少し驚き、後悔した。
相手は動揺した様子もなく驚くほど変化はなかった。
ただ――
「英雄なんて、ならない方がいい」
その言葉には随分と真実味があり、まるで経験者が語っている様だった。
相手の目を見ると哀れむ様な目で見ている事に気付き、フウザは少し苛ついた。
相手はさっきまでの大袈裟な程の警戒の色が嘘の様に無くなり、散歩をする様な、気軽に剣聖フウザの間合いに入る。
フウザはその相手の様子が異様に見えて、初めて警戒をする。間合いに入った時点で攻撃すればいいのだが、手を出してはいけないと直感が叫び身体を支配した。
相手が剣を振り上げ直ぐに振り下ろすが、その剣には気力も纏ってなく、力も入っていなくまるで棒切れを振り下ろす様な一撃だった。
だがフウザはその一撃に恐怖する。
いや、恐怖などという簡単な言葉で終わらせてはいけない程怯える。
フウザは常人より沢山の強者と戦ってきた。だが戦ってきたと言っても実戦では無い。殺気を突きつけられたのは初めてだった。
そして運の悪い事に殺気を放った相手は、本気の殺気では無いが世界屈指の男の殺気だ。
相手の剣が近づくごとにフウザは自分の体に氷の刃が突き刺されていく様な錯覚に陥る。
フウザにとってその時間は今まで生きてきた時間より長く感じた。そしてその時間一秒毎に、死を実感し鼓動が早くなり血の気が引く感覚をフウザは味わう。
その時、フウザの才能が開花する。
今まで片鱗しか見えていなかったフウザの才能が死に直面して衣を投げ捨て覚醒する。
体が自然に動き直ぐに構えて、気力がどう動けば最善か直感で分かり波打つ。流れる様に抜刀し剣を振るう。
フウザの感覚は驚くほど鈍り思考も回らない。
だがその一撃は、フウザの人生の中で断トツに美しく、圧倒的な威力を持った一撃だった。
その一撃が相手に綺麗に直撃する。相手の体は簡単に吹き飛びそのまま壁に激突する。
フウザはその様子を、息を切らしながら眺める事しか出来なかった。
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