第42話 作戦結果と代価

 廊下を抜け闘技場に着くと、鳴り止まない拍手と歓声や応援などが体の芯を響かせ熱気が全身を襲う。明らかに空席が目立つがそんなものは関係ないと言わんばかりの盛り上がりだ。


 戦いが始まって演技を始めるのではなく、始まる前から演技戦いは始まっている。いや、始める。


 全身に少し力を入れて呼吸を乱す。何度か深呼吸をし緊張アピールをする。これくらいが丁度いい、普通の反応だ。

 観客は永遠とも思えるほどの熱気を放ち変化はない。

 特等席に視線を移すと、姿勢良く微笑みながらアルト校長が俺を眺めていた。


 その仮面の様な表情に何故か少し苛つき、アルト校長を見ていると観客の声がより一層激しく鳴り、視線を向かいに戻す。


 そこには、剣聖――フウザ・デル・アスクリートが歓声に応える様に剣を掲げながら入場していた。


 その事から完全に舐めているのが分かるが、分かりきっていた事だし、今頃それくらいでは腹は立たない。


 俺がオーソドックスな授業で習った型を取ると、フウザはそれに気づきゆっくりと構える。


 示し合わせたかの様に歓声が止み、さっきの熱気が嘘の様に冷たくなる。

 ピリピリとした空気が流れ、司会がアナウンスでお互いの紹介をし終わると観客全てが始まりの合図を待つ。



「始めぇぇ!!!」



 司会がそう言うと同時に、駆け足をする時の様な小さな地面を蹴る音が鳴る。

 鳴ったと思ったと同時に剣聖が消える。


 いや、実際には消えてはいない。証拠に姿勢を少し落としながら俺に接近するフウザの姿が俺には見えているからだ。

 だが、俺は敢えて視線は動かさない。気づかないふりをし、ギリギリで反応できた様に見せる為だ。


 フウザが剣を振り、俺はそれに合わせる。すると、金属特有の音が鳴り響いた。ここで余裕顔だと不味い。顔に力を入れ、顔がこわばる。


 この繰り返し。あとは、フウザが本気を出してきたらその本気を数回受け止めやられる。それがベスト、最善だ。


 観客が湧き、混乱と歓声が混ざった様な声が渦巻き響く。フウザの顔を確認すると、いつもの人を小馬鹿にする様な微笑みは消え、おもちゃを貰った子供の無邪気な笑みが浮かんでいた。


 フウザは一回飛び退き、距離を取ろうとするが、俺は教科書で習ったお手本の様な気力操作をして、地面を蹴り距離を詰める。


 そして、実践向きではない馬鹿正直な剣術を使う。

 フウザはそれを簡単に受け止め、流し、捌く。ここで少し必死そうな表情をするのがポイントだ。


 フウザは俺の連撃の一つを強く弾き、俺は大きく仰け反る。

 直ぐに姿勢を取り戻し剣を構える。フウザを見ると剣先は下に向いていて、視線は俺の目を見ていた。


「いやー凄いな。アッシュ君だっけ?まさか一回戦でしかも一年生にここまで苦戦するとは。本当にびっくりした」


 フウザは楽しげに俺を褒めるが、正直皮肉にしか聞こえないし、本当に皮肉かもしれない。


「そりゃ、ありがとうございます」


「本当に凄いよ。いくら手加減していたとは言え、剣神の加護を持っている俺の最初の一撃を止めるなんて君、凄いよ」


 凄いか。ただ生物を壊す力を持っていることが凄いのか。そんな物――いや、落ち着け。

 ……そうだな。少し挑発してみるか。


「剣聖歴代二位で、まだまだひよこのフウザ・デル・アスクリート様に褒められるなんて光栄ですね」


「ふむ……」


 少し声のトーンが落ち、考えるように視線が下に向く。明らかにテンションは下がったな。

 そのまま挑発に乗って、全力を出して欲しい。長くこんな事をしていたらボロが出そうだ。


「確かに僕はひよこ、いや卵かもしれない。だが金の卵だ。歴代最高の史上最強の卵だ。それは史上最強と言われている大英雄、アルクス・エングリフをも凌ぎ、俺が史上最強の英雄になってみせる。……君は馬鹿にするかい?」


 最高か。


「……別にいいんじゃないんですか?自分の実力をどう判断しようと、自分が全てです」


 最強か。


「まぁ、その歴史最高や史上最強にどんな価値があるか、僕にはよく分かりませんが」


 ……英雄か。


「ただ、一つ忠告しておきます」


「……聞いておこう」


「英雄なんて、ならない方がいい」


 俺が一つの人生を賭けて導き出した答えだ。それは贅沢な答えだろうか?子供の夢を潰す様な答えだろうか?だが現実は、いつも残酷で退屈だ。


「随分知った様な忠告だな」


「まぁ……予想ですよ」


 悪い癖だ。嫌な気持ちになると逃げ出したくなる。それは制御できないし、コントロールも出来ない。だからいつもの様にそれには抗わない。


 俺は構えず、散歩をする様にフウザに近づく。敵意を放たず、気力も纏わず、剣も構えずに近所を散歩する様に。


 観客も困惑の色が少し侵食し、フウザはどうしたらいいのか分からない様子だった。


 間合いに入り、剣を掲げる。

そこには気力も纏ってなく、気力で覆われたフウザの身体に当たれば、間違いなく模擬剣が折れるだろう。


 ただ俺は、剣にある物を乗せる。それは――



 殺気だ。




 フウザを見ると臨戦態勢になっており、表情は硬く、体は小刻みに震え、それは剣先にまで達していた。


 額から脂汗が流れ、それは目に入るがフウザはそれに対してなんの反応も示さない。理由は単純な物だ。それは、フウザの本能が、理性が、細胞が、俺から目を離すなと訴えているからだろう。


 一言で言えば怯えている。


 生物が圧倒的な殺気を受けると、起こす反応は面白いくらい同じ反応を示す。


 剣を振り下ろし、剣がフウザに接近する。剣が近づけば近づく程、フウザの呼吸は早く、乱れる。


「あぁぁあぁぁあぁ!!!」


 フウザが糸が切れたかの様に、絶叫する。その叫び声は正気を保つ為、心が折れそうになる自分を励ます為の叫び声だろう。


 その叫び声と一緒に放たれた抜刀は、見事と言えるほど綺麗で洗礼されていた。そして、精神が不安定とは思えない程、精密な気力操作が行われていた。これがフウザの全力か。


 予定だとこれを数回受ける予定だったが、俺はフウザを過小評価していたみたいだ。流石にこれを防ぐと怪しまれる。


 俺はフウザの本気の一撃を綺麗に受け、吹き飛ぶ。


 吹き飛んだ俺は、壁に叩きつけられ壁はボロボロと崩れる。


 常人ならいや常人じゃなくても死んでいる一撃。それを食らって吹き飛んだ俺を見たからか、観客は静まり返っていた。



 これは、あれだ。



 作戦失敗だ。

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