第41話 激励
控え室の硬い椅子に座り、焦りか、緊張からか貧乏ゆすり起こる。ゆする度、椅子から小さい音が鳴り、その音が更に緊張を掻き立てる。
別に誰かに絡まれたり、剣聖に突っ掛かれたりそんなトラブルは無く、驚く程平和に大会当日になった。
普通はそんな問題が起こる事は嫌がるのが正解なんだが、余りにも何もなさ過ぎて正直怖い。何か変化といえば初戦の相手が剣聖で、友達にからかわれたり、心配されたりはあったが予想の範疇で特に問題でもない。
誰かが近づく気配がする。
緊張が警戒になっていた事に気付き、目を閉じ深呼吸をする。新しい空気が体の中に入り込み、体の中の熱が入った息が外に出る。
ドアをノックする音が鳴り、短く「どうぞ」と返事をする。開く音が鳴り、視線をドアに移す。
そこには少し気まずそうに立っているスズがいた。視線がキョロキョロと動き、口が開きかけるが躊躇した様に固く口を閉じを繰り返している。
「どうしたんだ?」
俺はその様子を見かねて会話を切り出す。スズは、視線を俺に固定していつもの様な感情を読み取れない硬い声色で話し出した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫って?」
「だって、相手は剣聖ですよ?」
正直に言えば大丈夫だし、ただし別の理由で心配だ。だがそれは言えない事だし、言っても意味がない事だ。
「大丈夫だよ」
全く説得力の無い言葉だ。何も乗っていない空っぽの言葉だが、これが最善だ。
「大丈夫って、失礼ですけど明らかにレベルが違います。ここで辞退するのも仕方ありません」
流石に納得がいかなかったのかスズが少し声を荒げる。
辞退は論外だ。チャレンジ回数は一回だけ。なら、その一回を有効に使うのは当然の事だろう。
「大丈夫だって。無理はしないし、危なくなったら負けを認める」
「……そうですか。それでも心配です」
「大丈夫だよ。それより心配より応援してくれ」
「それに、負けたら皆んなに馬鹿にされます。アッシュさんは良くても私は嫌です……」
「周りなんてどうでもいいよ。それに負けると分からないし、勝つかもしれない」
「いや……でも……剣聖ですよ?」
「あぁ、知っているよ」
そう言うと同時にドアをノックする音が鳴る。俺が返事をするとドアが開き大会スタッフが現れる。
スタッフは俺たちを見て、少し気まずそうな表情になりながらも、自分の仕事をする。
「レイジネスさん出番です」
俺は大会用の特別形容の模擬剣を取り、椅子から立ち上がる。
「行ってくる」
そう言いながらスズの横を通り廊下に出る。スタッフに着いて行き、廊下を進んだ距離と比例する様に観客の騒めきが大きくなる。
「アッシュ!……頑張って」
後ろから激励の声が聞こえ、俺は模擬剣を掲げ返事をする。
作戦開始だ。
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