第三歩 闘技大会
第37話 悪夢
大きな部屋だ。
壁と地面は魔法的な輝きを放っており、それは縦にも横にもにも大きく広がっていた。つまり途轍もなく巨大部屋だ。
そして、等間隔に壁や地面と同じ色の支柱が建っていた。それのせいなのか、開放的な物は感じ無く、それはどれだけ天井が高いか思い知らせている様だった。
そんな物が巨大化した様な空間に、小さな者が二人立っていた。
女の方は、黄金の様な輝きを放っている金髪と瞳を持ち、それを最大限に引き立たせる一切の汚れが無い白い肌を持つ絶世の美少女。
更に、白く無地で上等の生地で作られた地味なワンピースを着ており、それ以外の飾りや色は身につけていなかった。だが、女がそれを身につけると、一気に神聖な者に変わり、女神と呼んでも誰も不思議に思わないだろう雰囲気を醸し出す。
もう一人は、黒髪黒目の男。だがその黒髪は、所々に白髪が生えている。それは、黒髪に白染をしているのか。それとも、白髪に黒染めをしているのか。答えは後者だ。
身につけているものはどれも一級品だ。
輝きや、その装備や武器から放たれる異様なオーラから素人でも分かるだろう。まさに、そんな輝きを放つ装備を身に付けている者は『英雄』だ。
だが、男の淀んだ、まるで連続殺人犯の様な瞳が男を英雄には見せなかった。
そんな、明らかに普通とはかけ離れている二人が異様な空間で対峙している。
女が男を微笑みながら見て、男は女を無表情で見る。そんな時間が流れ、会話などは無い。だが、お互いに気まずさは感じてなく、まるで、恋人が別れる時の様だ。
「これで、最後ですね」
女が和やかに天気の話をする様に、沈黙を切る。
「そうですね」
男は変わらず無表情で答える。それは一方的に話を切る様な、ぶっきらぼうな返事だったが女に気にした様子は無い。
「こう……最後になると色々な事を思い出しますね」
「そうですね」
男に変化は無い。相変わらず男は短く答え、女は饒舌に話す。
「最初の貴方はトゲトゲしてましたよね。最初の時よりかはかなり柔らかくなったと思います。いい事です」
「そうですね」
「……最後なのです。そんなに殺気を飛ばさないで下さい。もっとお喋りしましょ?」
「……そうですね」
男の雰囲気が柔らかくなり瞳の色が少し戻る。震えた大気が止み、波打っていた男の気力は静まる。
「お礼を言わせてください。この役目を受けてくれて、本当にありがとうございます」
女は真剣な口調で礼の言葉を言い、深々と頭を下げる。そこには真っ直ぐで純粋な感謝があった。
だが、男はそれを嫌そうに眺める。
「ふふっ。感謝されるのが苦手なの、治っていないんですね」
「……申し訳ありません。感謝される時は大抵、怯えて感謝されるので……その時の相手の表情を思い出してしまうんですよね」
「私は怯えてないでしょ?」
女は優しげに微笑みを浮かべる。
男はその女の様子を見て苦笑いを浮かべてしまう。
「そうですね。……感謝と言えば私の方です。こんな私を拾って頂き本当にありがとうございます」
「いえ、ふふっ。実はですね、貴方を私の護衛に置いたのも単純な興味だったんですよね。皆さんが怖がる貴方はどんな方なのか知りたかったんです」
「……結局、私がどんな人物かわかりましたか?」
「ええ。よく分かりましたよ。貴方はとても、そう臆病な人ですね。ですが、折れない強さもプライドも持っている。矛盾だらけですね。つまり――」
女は視線を一度下げ、直ぐに顔を上げる。そして、少し微笑みを強くして、溜めた言葉を言う。
「貴方はどんな人間より、人間ですね」
男は少し戸惑い返事に困る。その為、返事が少し遅れた。
「……そうかもしれませんね」
時間を開け絞り出したのは同意だった。女は小さく笑いその笑い声が空間に響いた。
「本当に臆病ですね」
女の和やかな表情が少し力む。男は直ぐにそれに気づくが表情を崩さなかった。
「そろそろ時間ですか」
「そうなんですかね。本当に、この竜人病は痛いですね」
「……普通の人なら、熱にうなされて痛みで発狂する筈ですよ。本当に竜人病か疑うくらい反応を示さないですね」
「そうですか?これでもかなり痛がっているんですけどね。ええ、本当に痛いです。こう、身体の隅々まで作り変えられている様な、そんな感じですね」
「作り変えられている様な、ですか……」
女がもう一度痛みに反応し、微笑みが消えて、覚悟を決めた様な表情を浮かべた。
「そろそろですね」
女がそう言うと、男はその意味が直ぐに分かった。意味が分かってしまった、理解してしまった事を記憶から消し去りたくなる。
一度ゲンコツを食らった様な錯覚に陥り、少しふらつく。
だが、覚悟した事だ。やり遂げなければならないと、自分に言いつけ決意する。
「アルクス。貴方のお陰で一年、楽しかったです」
「こっちのセリフです」
「アルクス。貴方は弱いですけど強い人です」
「こっちのセリフです」
「……アルクス。愛しています」
「こっちのセリフです」
「アルクス。――ありがとう」
「……こっちの、セリフです」
男はいつのまにか地面を眺めていた。自然と感情が消えいつもの何か欠けた気分になる。
前の方から何か硬いものが変形する音がする。それと一緒に低い呻き声が。
男はいくら感情を殺しても、頭の中で一つの映像が流れていた。
『貴方は何になっても、どんな風になっても英雄です』
それは、女が俺にいつものように微笑みながら言った映像だ。
それはまるで、魂に刻み込まれた呪いの様な物に男は感じた。
&&
物が巨大化した様な空間に、剣を抜いた男と、頭が刈り取られた人型の竜の死体が転がっていた。
男は死体に背を向け、高い、高い天井を眺めていた。だがそれは天井を見ているのか、それとも何か別の物を見ているのか。男も自分で何を見ているか分からなかった。ただ男の頭の中には、一つの言葉が渦巻いていた。
『英雄』
今まで封じ込めて逃げていた記憶が少し漏れて、何かを壊す瞬間の自分を思い出す。思い出す度に自分で自分を責め、自分に苛立っていた。
あぁ、本当に――
英雄なんて糞食らえ。
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