第36話 弱者

 意識が戻り、直ぐにテール君の安否を確認する。


 体には影響は無い。精神は……


 俺は小屋を出て、俺を確認したテノール一同が駆け足で俺の下に来た。


 使者の奴は遠くで周辺を警戒している。

 従者がいるのが少し不思議や抵抗があるが、長老のテノールが許しているのだから大丈夫なんだろう。


「どうでした?」


 この質問の『どう』はどういう意味か少し迷うが、一から説明するのが効率的だろう。

 俺はある程度順番を頭の中でまとめてから説明する。


「まず、テール君に付いていたのは病気じゃない。呪いだ。しかも知性があり強力な呪い」


「呪いが知性ですか?」


「あぁ。昔は強力な呪いの大体が知性を持っていた。どうやったら効率よく主を蝕んでいけるのか、とかそんな事を考える為に知性が付いたと考えられている」


「そ、それで、テールはどうなったんですか!?」


 女性の従者が我慢していた物が溢れ出したかの様に痺れを切らして、必死の形相で声を荒げた。ここまで必死になるという事はテール君と何か深い関わりがあるのか。


「ばっ!おい、口を挟むな!!」


 テノールが従者の失態を叱り、急いで俺に謝ろうとするが俺はそれを止める。


 人の心配をする事は悪いことでは無い。いや、人じゃなくてエルフか。


 そんなつまらない冗談を考えてしまうほど俺は現実から逃げていた。


 今まで数多の生物を壊してきて、今更一人のエルフに真実を告げるだけだ。簡単な事だ。そう、簡単な……


「呪いは殺した」


 そう言うと、取り乱した従者の表情がホッとしたのか少し和らぐ。だがその一瞬の弛緩は、俺の次の言葉で一瞬で掻き消された。


「だが、テール君の魂は崩壊した。彼は……もう一生話したり、歩いたり、普通に暮らす事は出来ない。彼は、もう一人じゃ、何も出来ない」


 女性の従者がそれを聞き膝から崩れ落ちる。もう一人の従者が彼女を支えようとするが、崩れて落ちた方は地面を見つめて反応を示さない。

 テノールは終始表情を崩さなかった。


 一人の嗚咽が静かな森の中で響き、それが俺を責め俺の身体を押し潰しているように感じた。


 誰も言葉を発さず沈黙が続くが、泣いていた女性の従者が沈黙を破る。


「そ、それは、英雄でも助けれないんですか?本当に最善は尽くしたんですか?」


 それは、難しい質問だ。


 簡単には答えれない。本当にそれが全力だったのか、最善だったのかなんて誰にも分からない。


 テノールは従者の発言を咎めようとしなかった。彼女の気持ちを察してなのか、テノールも俺の事を疑っているのかなんて、俺の頭じゃ分からない。


 だが言うしか無い。


「最善は尽くしたつもりだ。そして崩壊した魂の再生は、俺には出来ない」


「なんで!貴方なら出来るはずです!貴方の伝説は知っています。単独で最難関のダンジョンを攻略したとか、絶望的だった戦況を一人で塗り替えたとか、エルフの里を潰せる魔族を一人で退治したとか。そんなに強いのにどうにも出来ないんですか!?」


「……お前が言った伝説も他の俺がやった事も全て――破壊行為だ。全て虐殺だ。圧倒的な暴力で解決した物だ。俺は英雄の前に人間だ。神じゃない」


 従者は下を向く。さっきの威勢が嘘のように無くなる。子供が親に叱られている時、子供が親に反発するくらいの威勢しか残っていなかった。


「申し訳ありません。ですので、お願いですから――殺気をお鎮め下さい」


 テノールがそう言い全身の気力と魔力が波打っているのに気づいた。

 成長したと思っていたのに。

 直ぐに力で解決して逃げようとする悪い癖だ。

 俺は深呼吸をし、気力と魔力を鎮める。頭がまだ熱いが、落ち着きは取り戻した。


「いや、すまなかった」


 不思議な間が空き、少し気まずくなる。

 頭の中で同じ考えがぐるぐると渦巻く。何回も同じ事を考え、答えは出てこない。

 あぁ、クソ。本当に――


「俺は弱い人間だ」


 思っていた事が口から出てしまった。皆が驚いた顔を俺に向け、小っ恥ずかしくなる。


「いえ、英雄様程強い生物はこの世には存在しませんよ」


 テノールが俺の事を褒めカバーしようとする。

 だがその言葉は前世で俺に媚びてきたような奴らと同じ言葉だ。

 そんな言葉を聞くたびにある事を思う。だがその気持ちを察してくれる奴はいない。


「違うんだ。そうじゃない。俺は弱い。弱いから暴力に頼ってきたんだ。考えるのが怖くなって、力に頼って、殺すのが得意なだけで、それを強いとは言わない。大切な誰かと向き合って、誰かの為に泣ける覚悟すら俺には――無い」


 風が吹き木々が揺れ、強い葉擦れの音がなる。

 少し立ち眩みが起き寒気がする。加護を酷使し過ぎたのだろう。


 俺は最後に一つ注意して帰る事にした。


「俺はそろそろ寮に戻る。あと、絶対に魂を作ろうとするなよ」


「……あの事件ですね。」


「ああ。約1500年前、都市内で魂を作る実験をした馬鹿な研究者が起こした事件。結果は失敗したんだが、その際起きた災害が甚大な被害をもたらした」


「災害ですが……」


「魔力やら魂やらの入った物が爆発して、その爆発に巻き込まれた約二千人はアンデット――」


「に、二千人ですか!?」


 テノールが珍しく動揺し声を荒げる。初耳なのか?かなり大規模な災害だったはずだが、国が少なく発表したのか?それともエルフが交友的になるかなり前の出来事だから詳しく知らなかったのか?


 俺が考えているとテノールは落ち着きを取り戻し質問してくる。テノールの声で俺の疑問は簡単に掻き消えた。


「それで、その後の処理は……」


「腐敗した地は分からない。恐らく埋め立てやら何かしらの対処はしただろう」


「二千人はどうなったのですか?」


 俺が敢えて外した事をテノールが質問してくる。まぁ長に付いている身としては詳しい事は知らないといけないが、自分で調べて欲しい。


「……俺が処理した」


「……流石ですね」


 やはり予想通りだったのか納得していた。


 忌々しい過去だ。今の平和という環境に居るからこそ心に余裕ができ、どれだけ自分が恐ろしい事をやってきて、その責任から逃げてきたか実感する。

 それでも、余裕が出来ても、償うのが怖い。自分を優先してしまう醜い人間だ。



 少し気分が悪くなった。



「……じゃあ俺は戻る」


「あ、お供を――」


「いや、いらん」


 そう断り森の中に入る。


 今話し相手が出来てしまうと、そいつに責任を押し付けるように弱音を吐いてしまいそうになったため、供は断った。





 本当に、弱いな。

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