第35話 蟲付き

 そこは真っ白な空間。地面はタイルで敷き詰められている。壁は見えない。何処までも続いているようだ。いや、実際続いているのだろう。空間内は、ガラスが日の光を反射させているような自然的な光が照らしている。少し暖かく心地いい。

 エルダがいる空間を彷彿とさせるが一つ圧倒的に違うものがある。それは、存在する者だ。エルダがいる空間は、石膏像のような見た目をしたエルダが存在していた。

 だがこの空間は、黒い人間の簡単なシルエットの様な存在が俺から離れた所にいる。


 あれが病気の、呪いの主だ。


 呪いの名は、蟲付き。

 それは、前世である都市に現れた。蟲付きは当時どの学者や研究者、医師の手に負えない物だった。


 最後に俺が派遣され患者を見た。

 蟲付きは魔力や気力を少しずつ奪い魂を侵食し宿主を蝕んでいく。実体は無く、魂に寄生する。

 俺は魂に関与し、その存在に気づいた。


 魂の侵食率はかなり進んでおり早急に処置をする必要があった。実体が無く、宿主が死んでもまた新しい被害者が出ているため宿主を殺す事で解決する確率は皆無だろう。


 結果的に言えば成功したが、侵食していた蟲付きの魂は崩壊し、宿主の魂の半分は無くなり宿主の魂は修復する事なく崩壊を選び死んだ。


 問題は前世の時はこんな空間を用意されなかった。つまりこの蟲付きは前世の時より強力で、恐らく知性がある。


「よーこそ!我が空間エ!」


 黒い人間のシルエットをした蟲付きが話しかけてくる。大袈裟な動きで手を広げ迎い入れるようなポーズを取りながら言う様子は道化師のようだった。


「あぁ、お邪魔させてもらっているよ。俺の名前は――」


「結構や!オメェの情報はオメェがこの空間に入ってぇきた時に大体流れ込んできた。それにしても中々の人生送ってんなぁ!英雄様よぉー」


 喋り方が変化する。道化師から独特な訛りを持つ喋り方になる。性格も変化するのか謎だがまぁそれはいい。それより俺の事を英雄と呼んだ事が驚きだ。


「英雄はやめてくれ。……それでお願いなんだが死んでくれないか?宿主がかなり弱っているんだ」


「ひ、ひどい。そ、そんな事言わないでよ」


 ビクビクとしながら言う。声も少し震えている。テール君の様な喋り方だ。


「まぁ、だよな。じゃあ俺――」


 俺の言葉を遮る様に、隙を狙う様に、光線の様な物が俺の顔めがけ飛んでくる。俺はすぐに察知し、反射と呼べる速度で判断し首を傾け躱す。


 警戒レベルを引き上げ、蟲付きを睨みつけるように観察する。放たれた光線が俺の頬をかすめたのか、俺の頬に傷ができそこから血が流れるが、それを拭く行動が隙を生む為放置する。


 蟲付きの後方付近に黒光りした球体が五個生まれる。

 球体から光線が放出し俺に向かってくるがそれと同時に俺は動き出す。


 作戦は、距離を取りつつ情報を集める。

 相手は俺の情報を持っているが恐らく俺の明確な戦闘力は分かっていないだろう。その証拠に俺が光線を躱した時僅かに動揺をしていたのが証拠だ。それが演技な場合、対策もあるが、相手にも天晴れと言ってやろう。


 蟲付きからある程度距離を取り、蟲付きを中心に円を描く様に走る。光線を躱すなら光線より早く動けばいい。簡単だ。


「おいおい、逃げてばかりかよ!チキン野郎!!お前の事は知っているぞ!悲劇だなぁ。人間としてじゃなく殺戮兵器として必要とされ、沢山の生物を虐殺してきたな!そんな奴が今更誰を救うんだ?えぇ?」


 俺は返答しない。これは罠だ。本当に知っているか分からない情報を使い俺を苛立たせる作戦だ。と、分かっていても――不快だ。


 確かに沢山の命を消してきた。それはいい。事実だ。


「罪から目を背けて逃げ続けてきたんだろ?いやぁ、無責任だなぁ。そんな子供が英雄なんて笑える」


 だが、クズな俺を思い出しそんな俺を救ってくれた馬鹿な恩人も思い出してしまう。


 あぁ、いいだろう。作戦に乗ってやる。


 俺は今世で始めて全力の気力を使う。しばらく実践で使っていなかった為少し力が入り過ぎるかも知れないが大丈夫だ。


 俺は踏み込み勢いよく地面を蹴り一つの閃光になる。地面を蹴った際地面が割れなかったのはここが精神世界な為だろう。


 蟲付きは俺の姿を捉えきれず、踏み込んだ場所から俺の位置を特定する。だがその特定する際に生じた隙と時間は致命的だ。


 光線が五つ放たれ到達する前に、俺は中級魔法マジックシールドともう一つ魔法を無詠唱で使用する。

マジックシールドは気力や魔力が籠もった攻撃だけ防ぐ事が出来る中級魔法だ。使用者の力量で左右させやすい魔法で、俺が中級魔法で鍛えた数少ない魔法の一つ。


 マジックシールドは最後の五つ目の光線を防ぎきった時にはボロボロになり危なかった。俺の予測だとあと一発耐えれると思ったが実践から離れていた為鈍ったのだろう。


「なに!?」


 蟲付きが驚きの声を上げる。

 この蟲付きの事は大体分かった。こいつは自分の力を過信し過ぎている。さらに、実戦経験がほとんど無いのだろう。隙が多く生じるのが証拠だ。


 マジックシールドと一緒に放たれた魔法――ウィンドブレードが蟲付きの腕を切り落とす。切り落とされた腕は地に落ちる前に消滅した。俺は消滅と同時に蟲付きに到達し首を掴む。


「上級魔法アブソリュートキャプチャー」


 上級魔法アブソリュートキャプチャー。これは簡単に言えば捕縛系の最上位だ。極めた者ならば呼吸すら出来なくするが、俺は身動き取れなくするだけが限界だ。今は古代魔法と呼ばれ失われた魔法らしい。


 切り札は無いのか?警戒の為直ぐには殺さなかったが無いのなら終わらそう。


「アッハッハッハ!!いやー強いな。流石だ。一体どれだけの屍の山を作ってそこまでの頂きに辿り着いたのか。私には力と経験が無かった。無い者を欲してしまうな。実に、羨ましい」


 ……。


「ハッハッハッハッ!いやー、うむ。そうだな最後に何か残すか。そうだな。……よし決めた!」




 ……。








「――くたばれ虐殺者Slaughtererが」




 俺は蟲付きに中級魔法ドレインタッチをし魔力と気力と魂を一気に奪う。


 蟲付きは呆気なく煙となった。


 空間に亀裂が入る。


 俺はその亀裂を見ながら亀裂に向け呟いた。



 「虐殺者Slaughtererか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る