第33話 使者と希望
説明会が終わり入浴や夕食などを済ませ自由時間になった。説明ではエルフの事や寮の過ごし方、今後の簡単な予定の説明などを行った。
自由時間では、他の生徒は部屋に集まったり、四番エリアを散策したりなど自由な時間を過ごしている。かく言う俺もさっきまで友達と四番エリアを見て回っていたが途中で抜けて自分の部屋に戻ってきている。
こうして、人工的な明かりが無く月明かりだけが照らしている自分の部屋のベットで天井を眺めるだけでも、新鮮味を感じて退屈はしない。こんな感じのリラックスタイムも重要だと俺は思う。心が荒れると生活が荒れたり思考が鈍ったりなどいい事など一つもないからだ。前世では荒れに荒れていたが、今世では決してそんな事にならないようにする。この計画を成功させるには精神病などにはなってはならない。
人差し指で少し硬いマットレスを一定のリズムで叩く。叩く度に至近距離でなければ聞こえない音が小さく響くが、他に音が無いため部屋中に響いているような錯覚に陥る。
これは癖のようなもので無意識にやってしまうものだ。だがその音に安心している自分もいるが意識はしていない。
中々眠れない。理由は二つある。
一つは慣れてない環境な為体が警戒しているのだろう。まぁ子供ぽい理由ではあるがそれは我慢すれば問題ない。問題はもう一つの理由だ。
そのもう一つとは、誰かの視線を感じるというものだ。いや、感じるなんてハッキリした物じゃない。そんな技術的な物じゃなくて野生的な勘という感じがする。殺気とかそういうのが少しでも漏れているのならばハッキリ出来るがそういったものが全く無い。大体の場所は分かっているから発見することは容易に出来る。
だが、正直言って面倒くさい。ただ見られているだけだし放っておいても良いかもしれない。
因みに見ている奴が刺客などと言う可能性は皆無だ。そもそも生物ならば獲物を発見すると少しの緊張から生まれる殺気というものは漏れる。もし俺が知らない方法でその微量の殺気さえ殺せる刺客ならば俺は発見すら出来ない技量を持っているだろう。
さらに、いつまで経っても襲って来ないことだ。もし殺気などの敵意があれば何か狙っているんじゃ無いかと警戒するかもしれないがそれも無い。
俺は少し考え結論を出す。
「行くか」
そう小さく呟き得意な初級魔法のステルスを使う。
正直言って俺のステルスは普通のステルスとは格が違うと自負している。だが格が違うと言っても所詮は初級魔法だ。それに頼れるほど強力なわけでない。上級の気配探知系の魔法、又はそれに匹敵する気配探知のアイテムを使われれば簡単に見つかる。だから技術を磨き、素早く音を出さずに移動できるようになった。
ベットにリュックなどの荷物で膨らみを作り、ステルスを持続させながら窓に向かい外を見る。
そして俺は上級魔法テレポーテーションを使う。テレポーテーションは上級の中でも上位で魔力消費量も大きい。一瞬で場所を移動する魔法だがその難易度はかなり高く、俺も見えている範囲でしか移動できないし偶に失敗もする。便利だが出来るだけ使いたくない魔法の一つだ。
一流の魔術師ならば一瞬で一度行ったことのある場所ならば離れていても移動できる。他にもテレポーテーションの上位互換の極意魔法や、テレポーテーションを阻害する魔法やアイテム、ダンジョンではテレポーテーションができない区域もあるがその話は今は良いだろう。
俺は見えている外の場所に移動する。視界が切り替わり部屋の中から外に移動していた。つまりテレポーテーション成功だ。
俺は走り出す。勿論俺を見ていた奴の方に。森の中に入り直ぐに見つける。アイテムか魔法、はたまたその両方かで気配を消しているが俺には魔法を使わなくてもわかる。
俺は一本の立派な大樹に登り枝に立つ。見ていた奴は木の枝の少しの揺れに気づいたのか周りを見渡すがもう遅い。ステルスを持続させながら相手の首を掴み横から出来るだけ冷たい声で話しかける。
「返事はしなくていい。いいか?怪しい動きをしたと俺が判断したらお前の首を握り潰す。お前は俺の質問にだけ答えろ」
相手からの反応はないが、それが了解のサインだろう。俺は冷たい声色から優しく暖かい安心する声色に変え、敢えてこの質問を最初にする。
「何故、俺を見ていたんだ?」
この質問で俺が誰かわかっただろう。相手は少し落ち着き動揺が薄くなったように感じた。
「長老の指示で英雄様を連れてくるよう我ら『陰』の一人である私に命令されました。寮に入る全ての生徒が寝静まるのを待っており、その際生じた時間に英雄様の元で何か変化が起きたら直ぐに対応できるように見ていました」
声質的には女か。更にその声に殺気などはなく神に祈りを捧げる信者のような物を感じた。
「そんな簡単に長老を売っていいのか?」
「見つかった場合、正直に話せと長老の指示です。それにエルフは皆、英雄様の事を信用しています」
「仲間はここには居ないのか?」
「おりません。英雄様は目立ちたくないと言う事でしたので私一人でございます」
「……そうか」
俺は掴んでいた手を離し警戒ランクを少し下げる。まだ情報は足りないが重要なのはこれだ。
「長老はなんで俺を連れてこいと命令した?」
「……申し訳ありません。私には分かりかねます。ただ……もし来なかった場合、毎晩私が英雄様を向かいに行く事になります」
それを聞いてまず苛立ちが生まれ胸の辺りがムカムカし出すがため息を一つ吐き怒りを鎮める。今ここで文句を言ったってしょうがないからな。
「……お前を殺したらどうなる?」
「また新たな使者が送られてくるでしょう。この任務は私の命だけでは中止されません」
それくらい重要な事ということか。
どうしよう。本心は行きたくない。ただそれじゃあ毎日送られてくるか。いや、それだけで済めばいい方か。長老――テノールが何をしてくるか俺の足りない頭じゃ予想がつかない。テノールの事は上辺だけしかわからないからだ。
出口がない迷路を彷徨っている気分だ。なら考えたってしょうがない。なるようになれだ。
「テノールの所に案内しろ」
「承知いたしました」
俺は後を付いて行く。面倒事は無いと、あるはずも無い希望を抱いて。
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