第25話 見えていない

 闘技場。

 入学試験の時、実技試験を行った場所だ。普段は使用禁止だがルーシュが先生を半端脅し許可させた。

 俺から離れているルーシュを見ると俺に殺気を放ち睨んでいる。

 自分の失敗に嘆きたくなるがここからどう挽回するか考えなければいけない。ルーシュは俺に一対一の決闘を申し込んできた。その意図は単純に考えて、俺を叩きのめしてストレス発散をしたいのだろう。ならそれに乗って全力を出したけど敵わなくて叩きのめされるのが最善だ。


「行くわよ」


 ルーシュはそう言い目を閉じる。するとルーシュの身体の気力が動くのがわかる。その全身全霊な気力からルーシュは気力重視で俺を倒そうとしていると判断出来た。


 ルーシュは勢いよく地面を蹴り一歩で俺に到達する。流れるようにルーシュは剣を抜くが俺はぎこちない動作でそれに合わせる。

 ルーシュが驚いているのがわかった。一発で決めれると確信していたからだろう。

 俺も一発で終わらせたいがそれをするとルーシュの怒りが完全に収まらない危険性がある。それより、ギリギリで勝たせて達成感に浸らせた方がいい。


 ルーシュは俺から一度距離を取り、目を瞑り気持ちを切り替えている。相手を前に目を瞑るのはどうかと思うぞ。

 目を見開き、再度地面を蹴り俺に剣を振るうが、それを俺は流す。

 ルーシュの剣は俺に流されルーシュの体の軸がブレるがすぐに立て直し、押し込むように俺に斬りかかる。


 俺は苦しそうな顔をしながら少しずつ押されていく。


 ルーシュの顔を覗いて見ると今にも泣き出しそうな顔になっていた。それは剣を振るうに連れて増していくのがわかる。


 俺は動揺する。意味がわからない。感情が高まり過ぎたのか、はたまた俺が何かミスをしたのか見当がつかない。


 するとルーシュは俺えの攻撃を急停止する。


「……なんでよ」


 ルーシュが下を向き言うが、上手く聞き取れない。


「なんでお姉ちゃんは私を見ないのよ!!!」


 ルーシュの声は誰もいない広い闘技場に響いた。

 俺はそんなルーシュを平然とした態度で見る。


「なんで……私はお姉ちゃんに見てほしいだけなのに!!そのためなら色々な事をやったわ!気力操作や魔術、剣術から武術褒めてもらうために頑張った!それにダメな事や危ない事だってお姉ちゃんに叱ってほしいだけのためにやった。……ありがとうとか、ごめんねとか、またねとか言ってほしいだけなのに、ただ私を見てほしいだけなのに……」


 ルーシュは今にも崩れ落ちそうだった。ルーシュの言葉には今まで誰にも見せたことのないであろう程の強い感情が入っていた。


 だがその言葉は俺に向けてじゃない。


「なんで……なんでなのよ!!!!」


 そう言いながら俺に斬りかかる。その一振りは今までの綺麗な型とは違い、ただ力一杯の一振りだが、今までのどんな一振りより重たく見えた。


 俺はその一振りに苛立ち、少し本気で弾く。

 すると、ルーシュの剣はルーシュの手から離れ宙を舞い地面に落ちる。



「ルーシュさんもエルザさんの事以外見えているんですか?」


「え?」


 ルーシュは理解が追いつかなく、呆然とした表情で俺を見ていた。


「だから、お前だってエルザさんの事以外見えてんのか?自分の事すら見えていないように見えるぞ」


「み、見えてるわよ!!」


「なら、なんでそんな俺に関係ない家庭のくだらない問題に俺が利用されるんだ?俺の事も見えてるなら俺の気持ちも考えろよ」


「う、うるさい!!あなた――」



「俺の事を一回だけ見たよな。けど、それもエルザさんの話題の時だ」


「黙りな――」


 ルーシュの表情が段々と歪んでいくが関係ない。もう――知らない。


「今だって俺をストレス解消の道具としか見ていない。発狂した時だって俺に向かって言っているわけじゃない。単純に自分がスッキリしたいだけだ。そんなゴミみたいな物を聞かされる俺の身にもなってみろよ。見てほしいならまず自分で自分自身を見――」


 俺は途中で話すのを止める。いや、止められる。ルーシュの拳が俺の左頬に突き刺さったからだ。気力もまともに纏ってなく覇気もない。ただ限界で自分の精神を守るだけの拳。


 ルーシュを見ると顔は真っ赤で息が荒い。俺の事を睨んでいるが怒気や殺気は感じられない。弱ってしまったからか。


 俺はルーシュの手首を掴み突かれた拳を離す。


 一度ルーシュの顔を観察する。睨んでいるが弱い。


 それに――消えたいと嘆いているように見えた。


「消えたいのか?」


 俺は剣を捨て右の拳を引く。そして拳に気力を全力で集める。拳の周りが歪み出す。


 ルーシュからの返答は無い。精神を保つので精一杯なのだろう。


「そうか」


 返答が無いのが答えだと受け取る。俺は呟き息を吸い込む。そして拳を発射台から拳を発射する。常人から見たら右腕はブレているように見えるほど早い攻撃だ。間違いなく一撃で跡形もなく吹き飛ばせる攻撃だ。


 だがその拳はルーシュの額の前で止める。すると俺たちを中心に爆風が上がる。


 俺はルーシュを再度見る。だがその顔は変わらない。俺をずっと威嚇している。


「ここからだ。お前はまだ終わりじゃない。ここから壊れるか、前に進むか自分で決めろ」


 するとルーシュは糸が切れた人形のように倒れる。俺はルーシュを受け止めゆっくり地面に寝かす。


 「はっ……自分で見つけろねぇ。人の事言えた義理かよ……」


 俺の失笑が入った独り言は誰にも聞かれずに消えていった。

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