東京

@slaughtdoll

東京

別に、あたしは最初から何も期待してなかったんだ。でも何にもねぇ田舎暮らしにはホトホト飽き飽きしてたし、社会人になってから実行しようとしてもたぶん色んな障害どこからともなくワサーっと来て負けそうだなーって思ったから、身軽な今が一番だよねって思ってわざわざ東京の大学を志望して上京してみたんだよね。


中学時代ちょくちょくムカつくやつだった同じ部活のクミとか、あいつそんな大した高校にも行ってない癖に推薦でいきなり青山進学して東京行って、ならあたしもーって思ったせいもあんのかもしんないけどさ。Twitterにアップされてたアイツの老け顔、見てるだけで本当笑えてきたよ。あれで都会者のウェイ気取ってんたからね。本当ムカつくよね。


言ってしまえばノリだよ、ノリ。でも人生なんて所詮そんなもんじゃない? そんな将来ガーとか老後ガーとか堅っくるしく考えてる方がよっぽど生きづらいとあたしは思うけどね。まーあたしが将来の事考えられる程先進的なアタマしてなだけかもしんないけどさ。「文字だけは読めるよな、お前」って何度言われたか分かんねーよ、本当。


友達もいねーし恋愛なんてガラでもない。てかそもそも人間って何なのだろうなーっていう哲学チックな妄想に囚われて、ナマの人間をどうにも自分と同格の存在だと捉えることができない。でもこんなあたしにもかつて好きだった子がいてさ、今となっては本当に夢のような話だとあたし自身も思うんだけど、でもきっとあれは恋だったとあたしは思うしそう信じたいんだよね。自分もそういう時代があったんだってノスタルジックな思いに浸ってみたいんだよね。


あの子、名前はアキナって言うんだけどさ……あぁ、女の子だよ。あたしは自分がレズビアンか否かなんて分かんねーし正直どうでもいいけど、男の子に恋愛感情じみたものを感じた事はない……そもそもアキナ以外を好きになった事もないんだけどさ。別にいつから好きになったか分かんねーしキッカケみたいなのが特にあった訳でもないんだけど、気がついたら好きだったんだよな。マジで何でなんだろうな? 一番混乱したのはあたし自身だよ、それまで女の子を好きになるという発想自体がなかった訳だしさ。


「幼稚園や保育園の先生が初恋の相手だ」なんて事言うレズビアンってよくいるけど、あたし別にそんな事は無かったしな。まー綺麗な人だなぁとは思ってたけどあたし割と面食いだし顔さえ綺麗なら老若男女関係なくテンションアゲアゲになるタイプの人間だし、幼少期の若い女の先生に対するアレやソレってそういう現象の範疇を出ないとあたしは思う。


でも好きになったんだよな、たぶん。まー好きになったなんて言っても彼女とセックスしたい的な直接的な肉欲をぶつけたくなった事はないし思春期特有の一過性の感情だなんて言われても否定する根拠ははないんだけど、「好き」という感情なんて定義づけようとしても余りに主観的過ぎるしそれを体感できるのは本人しかいない訳だから、「本当にこれが恋か?」なんて逡巡してみた所で意味ないじゃん。あたしはアレを恋だって信じたいから「あたしはアキナに恋してた」って頑なに言い張るさ。少なくとも、それまであたしがクラスメイトの顔のいい男の子に抱いていた興奮を「恋」だと信じ込もうとしていた頃よりずっと鮮烈な感情であった事は事実だしな。


アキナは何つーか、めっちゃ浮世離れした子だったね。正直アキナより可愛い子は僅か三十余名の同級生の中にも何人かは居たと思うよ。でもあの子はさ、当時恋に恋してたあたしのフィルターがかかってたせいもあるのかも知れないけどさ、オーラが違ったんだよね。結構やんちゃ盛りな他の女の子たちと違って、何つーか……京都っぽかった。当時のあたしは京都なんてテレビの画面越しに見たことがあるくらいで実際の京都人がどんな感じかなんてちっとも知らなかったけど、「上品で色白で髪は濡鴉(辞書でなんとなく引いて懸命に覚えた)のような漆黒で、何があっても『あらあら大変どすな』と余裕を崩さない感じ」というイメージにほぼ合致してた感じ?


でもアキナは好き好んでギークなグループに入り浸っていた(グループの派閥がめちゃくちゃめんどくさくて、あんまりそういうゴタゴタが及ばないオタクサークルがはちゃめちゃ居心地良かったんだよね)あたしとは違って、正真正銘カースト上位に属する女だった。当然カースト外なあたしが好きに話しかけられるような相手じゃなくてさぁ。だから、たまに何の気まぐれかあたしに話しかけてきてくれた時はすっげー嬉しくて、家に帰った瞬間ダッシュで2階に駆け上ってその会話を一言一句ノートに書き留めたりなんかしてさ……はぁ、ピュアだわ……当時の私がピュア過ぎて泣けてくるわ……


ほら、あたしってさ、クズじゃん。容姿は全然女の子っぽくないしコミュ障だし空気読めないし臆病だし、そんな自分が嫌過ぎて肥大化した自己嫌悪がどうしようもなくなってカスみたいな生き方しか出来なくてさ。それでも承認欲求が捨てられなくて身体売って稼いだ金でちょっとお高めのコスメとか服とか買って自分を着飾って、たまには恵比寿のバーとかにも行ってみたりして、でもそうやってどうにかして日々を誤魔化し誤魔化し生きてみても一日の全てが終わって自宅のベッドに身を投げ出す頃にはめちゃくちゃ虚しくて悲しくて泣き続けて。でも、そんなあたしにもちゃんとピュアな頃があったんだなーって。最早あれはあたしじゃなくて、今のあたしは元々居た「あたし」に乗り移ったナニカなんじゃないかという感覚も正直あるけどさ。


高校で県一番の進学校に入学していきなり急変した環境に適合出来ずどんどん精神が荒んで(クソ田舎だったからさ、中学までほぼメンバーも変わんないし変化のないコミュニティだったんだよ)、べつに環境がそれほど悪かったとは思わねーし寧ろ面白い奴もいっぱいいてギークなあたしも肩身の狭い思いはせずに済んだんだけど、でも何でか知んないけど人と向き合おうとしても無理でヘラるだけで、高校に通うのがどんどん辛くなって。毎朝起きるのが嫌で家を出る瞬間が一番つらくて身体が重くて何度も立ち止まって、でも高校をリタイアしてレールから外れたら本当にどう生きていけばいいか分かんねーか、あたしは時折休みを挟みつつも泣く泣く学校に通い続けた。


「レールから外れても人生上手く行った、だから辛かったら不登校になってもいいんだよ」的な綺麗事吐くやつもいるけど、それを聞くたびにあたしは「それはお前らにレールを外れても這い上がるだけの実力と気力があったからに過ぎねーしあたしみてーな超無気力ほぼ死体人間が真似出来る訳ねーだろターコ」と言葉の弾丸で撃ち抜いてやりたくなる。あたしの弾丸は砂糖菓子みたいな甘っちょろいものじゃないので、きっと結構な威力があると思うが。


……まー大学四年生になった今、就活がどうしても無理で人生詰みかけてるから結局レールを外れる時期をちょっと遅らせただけの結果にしかならなかったっぽいけどさ。


結局あたしはキャバやソープでオス猿共の接待して泡銭稼いでユラユラ生きる以外にどうしようもねーんじゃないかなって思う。最近ではレズビアン風俗なんてものもあるらしいけど、却って女の子たちの相手する方が恥ずかしいし好き嫌いもより激しく出るので続けにくそうだなーというのが正直な感想だ。男ならほぼキモいだけだしハナから同じ人間だと思っていないのであしらうのは結構楽だな、キモいけど。


……早稲田卒の風俗嬢、結構良い肩書きになるんじゃねーか? 無理か??


もう救われたいと願う事すら嫌なんだ、何だかんだ言って生きるのを諦められないあたしがもう嫌で仕方ねーよ。人生なんて苦でしかねーのに此れから先生きたところで幸せになんか絶対なれねーし、万が一なれたところであたしはその幸せを素直に受容できるほど出来た人間じゃねーのに。なのに、あたしは何でまだ生きてんだろう?


たまに、自分が生きてる事が不思議になるんだ。でも「何でこんなにつらい思いしながら生きなきゃいけないんだ」と嘆いてみてもやっぱり死ねない。なんでだ。なんでなんだよ……


あたしはもう地元に戻る気はねーんだ。正直東京は居心地、いいしさ。結構。だってオシャレやカフェとか珍しいお酒が取り揃えられたバーとかそんなクソッタレな人生の苦しみを緩和してくれるツールがわんさか揃ってるからお金さえあれば時間潰しに困らないし、山と田んぼしかなかった地元と違ってここは色んな特徴がある街街がいっぱいあるから、電車に乗ってふらっとどこかの街に出向いてうろうろするだけで気が紛れる。あとすれ違った人間を完無視しても何も言われないしやたら干渉してくる近所のおばちゃん共に愛想笑いする必要もねーからめちゃくちゃ楽だ。田舎は誰かとすれ違うたび挨拶しなくちゃいけないから辛い。昔、あたしは「元気よく挨拶する快活な子」として結構評判良かったらしいけど、それはそうしないとなんとなく罪悪感やら何やらに蝕まれて居心地が悪かっただけで、本心からそんな優等生をやっていた訳ではないという事を強調しておきたい。


「都会の人間は冷たいだろ」じゃねーんだよ、お前らが余計なお世話過ぎんだよ自覚しろやクソが。


上京した頃はさ、初めて見る東京の街にちょっと浮かれちゃってたりもしてたんだよ、実際。高層ビルだらけの街とかコミケとか、秋葉原にズラッと並ぶビラ配りやってるメイドさんとか……あぁ、そういや冒頭に「最初から何も期待してなかった」って書いたな? あれは嘘だよクソが。もう自分の人生なんてどうにもなんねーし何も期待したくなんてなかったけどマジで何も期待しないでいられる訳ねーだろ人間だもん。上京して初めの数日間はバタバタしっぱなしで楽しむ間もなかったけどさ。大学デビューを夢見てサークルに3つも入って頑張ったりもしたな……すぐに壮絶に鬱ってやめたけど。本当クソ。クソはクソしか産まないなクソが。


あー、で上京する時一番楽しみにしていたのって実は新宿二丁目に行くことでさ。日本一のLGBTのコミュニティ、なんとなくアングラ臭すら漂うそこに、私も「仲間に入れてー!」と飛び込んで見たくてさ。でもいきなり飛び込む勇気はねーし何より私は当時未成年だったんで、上京して最初のゴールデンウィークにあった東京レインボープライド……略してTRPに弾む心を押し留めつつ参加してみた。もしかしたら綺麗なお姉さんにナンパされたりして、なんてムフフ(死語)な妄想も含めてさ。でも勿論ナンパなんてある訳もなかったし、そもそも想像以上に何もする事がなくて結局ステージパフォーマンスを4時間くらい見続けるだけで終わってしまった。LGBTの解放なんて謳ってみても内実はただの陽キャ共が浮かれ騒ぐだけのイベントだし、おひとり様の陰キャが参加した所でどうしようも無かったんだなこれが。


コミュ力がねーと何処にも所属出来ないし、所属した所で「ここが自分の居場所だ!」と心から思う事なんぞ出来ねーんだなと漸く悟った私は、以来おひとり様で色々な場所を気の向くままに回遊しつつ、寂しくなるとSNSや掲示板で呑み相手を募集するという生活を続けている。ネットを見てると最近特に「日本って地獄だな」と思う事も多いしこの先日本に衰退以外の道なんてないだようなーと思いつつも、ド陰キャなあたしは骨の髄まで地獄な日本社会に適合しきってるし海外に飛ぶ気力もねーのでこのままゆらゆら生きてって、んで三十か四十くらいで人知れず死んでくんだろうなーとぼんやり考えてはカラカラ笑っている。


だってほら、今日もこんなに酒が美味い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東京 @slaughtdoll

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ