マ・ネキン属の生態についての報告

Black river

マ・ネキン属の生態についての報告



以下に記すのは、20××年某月某日に開かれた都市型生物管理学会の議事録および参加者であるA氏所有のテープレコーダーに録音された音声から復元した「都市型生物マ・ネキン属の生態についての報告と考察」という講演の内容である。



さて皆さん。本日は、まだ世間一般には知られていない、マ・ネキン属についてお話ししたいと思います。まずはこちらをご覧ください。

(スクリーンに図1としてデパートのショーウィンドウの写真が投影される)

こちらは我々もよく目にする街角の光景です。

しかしこの中には既に、マ・ネキン属が写り込んでいるのです。もう少し拡大してみましょう。

(切り替わって図2。ショーウィンドウの中に飾られているマ・ネキンのアップ)

これこそが、マ・ネキン属です。

ここにおられるほとんどの皆さんは、彼らを見たとき、無意識に人造物であると考えているのではないでしょうか。

ですが考えてみてください。子供の頃、彼らの前を通ると、なぜか不安な気持ちになりませんでしたか?立ち姿を見つめるとき、心のどこかにもやもやとした違和感のようなものを覚えませんでしたか?心当たりのある方は結構いらっしゃることでしょう。

当然です。子供の敏感な感覚は、未知の生命体がすぐ近くにいることに気づいているのです。

しかし親あるいは店員に、「これは作り物よ」といった言葉をかけられ、次第に何も感じなくなっていくのです。それが間違っていることにも気付かず。

かく言う私もそうでした。でなければもっと早く、皆さんにこのことをお話しすることができたでしょう。

さて、いよいよ本題です。マ・ネキン属とは一体どのような生命体で、どういう生態をしているのか、といったところに移りたいと思います。

まず、マ・ネキン属は一般的にこのような姿をしています。

(図3:衣服を着用していないマ・ネキンの写真)

体表は白もしくは肌色が大多数を占めています。人間の体に擬態していますが、プラスチックのように硬い外骨格で全身が覆われているようです。また人間の頭部のように見える部分は空洞で、脳は体の方に内蔵されています。頭部のような器官は、人間の社会に馴染むため、適応放散の過程で発達したものと考えられます。その証拠に…

(図4:首から上を持たないマ・ネキンの写真)

このように頭部の見当たらない個体もいます。おそらくこれは原始的な種です。他にも、

(図5:ある美容室の写真)

さっきのものとは逆に、頭部のみの個体もいるようです。この種の仲間は群れで一つの所にいる場合が多いです。


マ・ネキン属は、非常に多くの個体が人間社会に潜り込んでいることからも分かるように、常に人間を意識し、また監視しています。

彼らの感覚器官は、この部分にあります。

(図6:マ・ネキンの手のアップ)

頭部を持つ個体と持たない個体がいることからわかるように、人間で言う五感の機能は備わっていません。その代わり、指先に当たる部分に、極めて精度の高い熱感知能力を持つ生体センサーがあることが分かりました。

このように、

(図7:両手をぎこちないポーズで前に突き出したマ・ネキンの写真)

人間の多く通る方向や、

(図8:人間の水着を着用し、両手を高く上げているマ・ネキンの写真)

空気の流れを感じやすい所にこのセンサーを向けているのが分かります。彼らが常に周囲の状況を把握しようとしていることは、疑いようのない事実なのです。

ここでこのマ・ネキン属と日頃最も頻繁に接触しているであろう、アパレル関係者を対象にしてとったいくつかのアンケートを紹介したいと思います。ただし、無闇な混乱を誘発しないため、対象者にマ・ネキン属が生命体であるという事実を伏せています。

(スクリーンが切り替わり、いくつかの円グラフが表示される)

まず設問1、「あなたが業務中、最も関心を持って接しているものはなんですか?」というものです。

結果は左上のグラフです。

数字が多い順番に、50%が「客」30%が「商品」、15%が「上司または部下」、5%が「その他」となっています。この5%の内訳にも、マ・ネキンは含まれていません。あまりにも馴染んでいるので、関心すら払われることはないようです。

そこで次の設問2です。「あなたは意識してマネキンを見ることがありますか。理由も合わせてお答えください」というものです。なおここでは生命体であるマ・ネキン属を指す一般名詞として「マネキン」という語を用いています。

ここではなんと95%もの人が「ある」と回答しています。ですが、そのうち89%の回答は「着せた服を見るため」でした。やはり彼らにとってマ・ネキン属は、あくまでも衣服をディスプレイするための備品、という位置付けをでないようです。

しかし注目すべきポイントははここではありません。残り6%に含まれる数名は「見られた気がしたから」と回答しています。おそらくマ・ネキン属の発する微妙な生体電気を無意識のうちに感知したものと思われます。このことから、ごく一部の人間はマ・ネキンが生命体であることに気づいている可能性が僅かながら浮上しました。

それを決定づけるのが最後の設問です。「あなたは店内に一人でいる時、誰かに見られていると思ったことはありますか」という質問です。

これには70%もの対象者が「ある」と回答しました。彼らはその正体に気づいてはいなくても、マ・ネキン属に監視されているということを本能的に感じているのです。


さて、マ・ネキン属の生態についての話に戻ります。

皆さんが最も知りたいのは、おそらく彼らがどのように生命維持を行っているか、という点でしょう。

結論から申しますと、マ・ネキン属は生涯の大半を動かずに過ごします。そのため普段は最低限の感覚器官だけを残して、一種の休眠状態にあるようです。その間、食事も排泄も行いません。

ただし成長するときには外殻を丸ごと「脱皮」します。はじめは人間の子供のような見た目ですが、複数回脱皮を繰り返すことでやがて大人の大きさになるようです。アパレルショップの裏手に子供のマ・ネキンがぽつんと置かれているときは、この脱皮した抜け殻である可能性が高いです。


しかし彼らも、一生に一度、生殖を行うときは、摂食をします。そのために彼らは日頃から、熱感知センサーだけは機能を維持し続けているのです。

マ・ネキンの摂食は、その外殻が柔らかくなるところから始まります。それまではプラスチックのような硬さの外殻が、構造変化により人間の皮膚と同等か、それ以上に柔らかくなります。これによりマ・ネキンは移動することが可能になります。

多くの場合、アパレル店に生息しているマ・ネキンの狩場は試着室です。

常日頃からセンサーを張り巡らしている彼らは、そこから得られる情報により、若く健康で、配偶者のいる人物、多くの場合は女性を獲物として絞り込みます。

(会場がざわざわし始める)

そして獲物が試着室に入ったことを感じとると、そっとその後を追跡します。こうした捕食行動は店内に人が少ないときを狙って行なわれるため、気づかれるリスクは皆さんが考えておられるよりもずっと低いと予測されます。

そして獲物のいる試着室に入ると、マ・ネキンはその体の中に獲物を丸ごと取り込んでしまいます。この時のマ・ネキンの体はさらに軟化が進み、ゼラチンのように柔らかくなっています。彼らは獲物である人間に覆いかぶさるようにして、容易に全てを包み込んでしまうのです。大抵の獲物は気づくことなくマ・ネキンの餌食になります。

そしてここからがマ・ネキンの生態の最もおぞましいところです。

獲物を取り込み終わるとまた外殻の硬化が始まりますが、今度は人間の皮膚ぐらいの硬さで止まります。そして食べた人間の顔や体の凹凸が、押し出されるようにして前面に出てくるのです。つまり、マ・ネキンは取り入れた人間に成り代わることができる、ということです。

(会場の音がさらに大きくなっていく。「でたらめを言うな!」という野次も聞こえる)

食事を終えたマ・ネキンは何食わぬ顔で店を出て、食べた相手の配偶者の元に向かいます。この時、食べた人間の配偶者を完全に欺くことができるということから、マ・ネキンは食べた人間の脳から情報を吸い上げるなにかしらにシステムを体内に有していると考えられますが、そのメカニズムは現在研究中です。

さて、このようにして無事に繁殖活動を終えるマ・ネキンですが、その後どうなるのか、まだ分かっておりません。しかし私はこの興味深い生き物について、これらももっと詳細に研究を進めたいと考えています。それで1つだけ、皆さんにお願いがあるのです。

もしも本日、この会場に自分は人間に成り代わったマ・ネキンだ、という方がいらっしゃいましたら、是非後ほど私の方まで申し出ていただきたく…

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