エピローグ

「まぁ、そうは言っても死神は泣けねぇからなー」

 話し終えると、慰めのつもりなのか先輩が軽い口調で言った。

 仕事の邪魔になるからと、死神は涙を奪われる。悲しくても、嬉しくても、泣くことはできない。

 だからこそ、いつまでも胸に留まり続ける。


「辞めるか?」

 いきなり降ってきた言葉に顔を上げると、先輩がわざとらしく笑っていた。

「辞めたら泣けるぞ」

「……べつに泣きたいわけではありません。それに、まだ辞めるわけにはいかないんです」

 泣いたら、楽になるのかもしれない。だが、まだ私にはやることがある。

「ふぅん。まぁ、死神になる奴ってのは、たいていワケありだよな」

「……そのワケを訊こうとはしないんですか?」

「喋りたきゃ、喋れ」

 自分から訊く気はないらしい。


(変な人だよなぁ……)

 心配してくれているのだろうが、その手の言葉は一切口にしない。

 どうでもよさそうに、だが面倒臭そうな様子は見せずに、こちらの話を聞いてくれる。

 おかげで、涙は流していないが、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


「先輩はなんで死神になったんですか?」

 ふと気になって訊いてみた。

「……おまえ、自分は言わねぇのに人には訊くのか」

「あぁ、すみません。嫌だったら答えなくていいです」

「……いや、いいよ。べつに隠してるわけじゃねぇし」

 ふぅっと息を吐き、先輩は遠くを見つめた。


「恋人をな、探してるんだ」


 視線を合わせないままに告げられたのは、そんな言葉で、思わず「え?」と訊き返した。

「病院に行ったときにはもう手遅れで、あと半年だって言われたらしい。あいつは死ぬのが怖くて、俺に言ったんだ。“一緒に死んで”って。俺は、あいつが人生のすべてだったから、“わかった”って答えた」

 淡々と紡がれる言葉が、悲しみの深さを物語っている。

 続きは、聞かなくてもわかった。この人は、その場限りの約束をする人じゃない。

「あいつが死んで、俺はすぐ後を追った。だけど……追いついたとき、あいつは喜んでくれなかった。泣いて、“ごめんなさい”って繰り返して、そんで――いなくなった」

 私が再び「え?」という言葉を漏らすと、先輩は遠くから視線を戻して私を見た。

「ふっと消えちまったんだよ。そこからどこに行ったのかわからねぇ。天国にも地獄にもいなかった。

 俺が死神になったのは、そいつを探すためだよ。死神なら、霊界も下界も行き来できるからな」

 悲しげに笑いながら言う先輩に、なんと反応していいのかわからない。

 喋りたきゃ喋れと言うわけだ。

 死神になった理由は、軽々しく訊き出していいものじゃなかった。


「……私は、自殺したんです」

 ごめんなさい、と言うのも違う気がして、私はせめて償いに自分の理由も話すことにした。

 聞いて楽しい話ではない。もしかしたら聞きたくないかもしれない。

 それでも、他に謝る方法がわからなかった。

「学校でいじめられて、誰にも言えずに命を絶ちました。両親はすごく悲しんで、そこでようやく、私は両親の気持ちに気づいたんです。

 だから……どうしても一言謝りたくて、死神になりました」

「……親の魂を、自分で刈るのか?」

「はい」

 その瞬間しか、私が両親と話すタイミングはない。死神は対象者以外に姿を見せられず、夢枕に立つ権利は自殺者には与えられないのだ。

「そうか」

 すべてを悟ったように、先輩は呟いた。

 そして、私の頭を乱暴に撫でる。

「頑張れよ」

「子供扱いしないでください」

 なんだか今日はこればっかりだ。

「ガキだろうが」

「そうですけど!」

 どけてもどけても乗ってくる先輩の手に、少年の手がだぶる。

 その手の向こうに、あの笑顔を思い出す。


 いつか両親に謝ったら、私は死神を辞めよう。そして新しく生まれ変わって、今度こそ、最期まで生きよう。

 そしたら、そうしたら――あの少年にもう一度会えるだろうか。今度は、生きているうちに。

 叶うかどうかもわからない。

 “生きる”以外になにを頑張ればいいのかもわからない。

 この願いに少年のアプリは使えないけど――


 頑張ろう。


 そう強く思った。



             <了>

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人生の残り時間 沢峰 憬紀 @keiki_s

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