少年の足跡
刈り取った魂を送り届け、冥府の廊下を歩いていたら、顔見知りの死神に話しかけられた。
「――おう。いつに増して辛気臭くせえ
「……先輩はお元気そうですね」
落ち込んだ気分のまま返事をすると、先輩の眉が不思議そうに上がった。
「――あぁ、そうか。今日は例のガキの命日か」
「……そうですよ」
聡い先輩の言葉に胸の空気が重くなる。
“命日”イコール“亡くなった日”。ただし、毎日魂を刈り取っている死神の間では“亡くなった当日”のみを指す。
そう――
私がたったいま送り届けた魂は、あの少年のものだった。
「なんだ? また“延ばしてくれ”って頼まれたのか?」
「……いいえ。それどころか、お礼を言われました。迎えに来てくれてありがとう、と」
「へぇ、珍しいな。――そんで、なんでおまえはそんな辛気臭え顔してんだ?」
「お礼を言われたからですよ」
◇―◇―◆―◇―◇
三年前と同じように窓から降り立った私を見て、少年は嬉しそうに笑った。
「よかった。君じゃない人がくるのかと思ってた」
その言葉に、三年前から胸にあったしこりがちくりと痛んだ。
「……迎えに来ると言いました。他の人に頼む理由もありません」
胸の痛みを無視して返すと、少年は笑顔のまま続けた。
「うん。でも、最後に会ったとき、なんか怒ってるみたいだったから心配してたんだ」
「……その件は、すみませんでした」
心配、の一言に胸の痛みが激しくなる。なにかしただろうかと、この少年は三年の間、ずっと気にしていたのだろうか。
「……あなたが悪いわけではないんです。あなたは強くて前向きで、私の生き方とまるで対照的だったので……その、見ているのが辛くなったと言いますか……」
まっすぐに見つめてくる瞳に、視線を合わせることができない。
なにも成長していない自分が嫌になる。この少年は、三年間できちんと“なにか”を成し遂げたというのに。
「怒ってない?」
三年前より少し大人びた声が優しく問いかける。
私は無言で首を横に振った。
「そっか。よかった」
にぱっと笑う気配がし、下を向いたままの私の頭に温かな手が乗せられた。
「すっかり小さくなっちゃったね」
よしよしと手を動かしながら少年が言う。
座っていてもわかる。あの頃より背が伸びた。おまけでつけたような三年だったが、少年はきちんと成長していた。
(同い年だったのにな……)
三年前は。
そのことがなんだか寂しい。自分でやったことだというのに。
「ありがとうね。君のおかげで、僕は足跡を残せた」
自分を情けなく思うばかりで黙っている私に、少年が言葉を落とす。
「――これ」
差し出されたタブレットの画面に、胸が先ほどとは違う痛み方をした。
「僕が作ったんだ」
「……知ってます」
画面に映っていたのは、一つのアプリ。
三年前の別れから少年に会ってはいなかったが、ずっと気にしていた。だから、どれだけ頑張ってそのアプリを作ったのかも全部知ってる。
アプリの名は、『人生の残り時間』。
“優しい死神が来て言いました。
「あなたの寿命はあと○○年です」
残りの時間で、あなたはなにをしますか?”
○○の部分に好きな数字を入れて目標を決め、スケジュールを組む。毎日、その達成具合と一日の満足度を点数化し、記録していく――日々を精一杯生きるためのアプリだ。
少年はあれからプログラミングを学び、一人でこのアプリを完成させた。
利用者はさほど多くない。大半の人にはその存在を気づかれもしない。
それでも、確かに少年は足跡を残していた。
三年という、短い時間の中で。
「三年前に死んでたら、これは作れなかった」
少年がタブレットの画面を愛しげに撫でる。
「君がいたから、君が僕のところに来てくれたから、作れたんだ」
そして少年は、にっこりと笑う。
「ありがとう。僕を迎えに来てくれて」
そんな言葉をかけてもらえるなんて思っていなかった。
感謝されるような仕事じゃない。魂を刈り取るなんて格好よく言ったって、結局は人殺しだ。
怨まれるのが当然で、それでも、どこかで望んでいた。
「ありがとう」
と言ってもらえることを。
だけど――
初めて向けられた感謝の言葉は、こんなにも痛くて辛い。
「魂を……切り離します」
何度も口にした台詞。
やり慣れたはずの行為。
だが――
ぷつんという音が、やけに悲しく耳に響いた。
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