交わるけど交わらない

@gigigirawaan

第1話兼最終回

「なんとひどいことでしょう。涙が止まりません。」

 フェミ子は激怒していた。ネットで紆余くんと名乗る者の書き込みを見たからだ。紆余くんは、ある事件にかこつけて、いつものような定型文を垂れ流していた。

「ジャップメスのくせに生意気だぞ!」

とか、そういう。そしてフェミ子は、出てもいない涙を拭くのも忘れ、電話に指を這わせた。

「ジャップオス、金玉潰してやるよ!」

 迸るままに垂れ流す激情、そしてそこは最早劇場。

「は?!知るかヴォケ。」

 紆余くんの無内容な文が示すのは無能。そしてそれが罷り通る無法。


 割って入る者も、なぜかまじれすをする。

「被害者をなんだと思ってるんだ!」

「これだからオスは!」

「やっぱりオスは不要ですね!」

 フェミ子は安堵した。魂の姉妹たちが存在することを感じたのだ。紆余くんは、どうか。同じ権利は紆余くんにもあった。援軍も到着した。

「男の言うことを聞けよ」

「女性様wwwwwww」

「まーん(笑)」


 フェミ子は再び書き込む。「涙が止まりません」と。そして、宴は続いた。最初に火をつけた二人は、喧騒に埋まった。

「お前ら氏ね」

「お前らこそ市ね」

 ほとんど同時の息の合った書き込みがこの二人のものだと気付く者はいなかった。


 その翌朝。

 ラディ山は、駅前で久しぶりに小学校の同級生を見かけた。そして、声をかけてみた。一応明るく振舞う、それがラディ山である。

「あれ?もしかして根戸くん?」

 根戸は、小さくうなづいた。慣れていないのだろう。ネクタイが歪んでいる。いや、そればかりか、後ろの襟がめくれている。そんな根戸は、声も出せないようだった。

「久しぶりだけどこれから会社なんだ。根戸くんもがんばって。」

 ラディ山は、近所のスーパーへでも行くような格好で、メイクもほとんどしていない。だが、「会社」へ行くと言う。確かに会社ではある。だがそれは、今日の派遣先でしかない。

 根戸はというと、とうとう声を出せなかった。震えているようにも見える。だがそれも無理はない。ひきこもりの根戸は、数年ぶりに外へ出て、家族以外に遭ったのだから。根戸は、親のコネで就職のための面接を受けに行くところだったのだ。


 ラディ山が去ったのを見届けた根戸は、電話に指を這わせた。その頃ラディ山も、電話を通して、フェミ子の名で男叩きに勤しんでいた。他にやることがないからだ。根戸も大して変わらない。だが、勝手に気圧されて何もできず棒立ちしていることだけが、ラディ山との違いだった。

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