最終話

その日の夕餉も、一流料亭で葵の父親と過ごした。

葵の父親はおじいさんの弟という事だが、年も離れているし若く見えて、葵の話しとは違いとても感じのいい人だった。

時が経ったから年寄り達は、可哀想な子供に優しくなれるのかもしれない。

己の罪悪感と悔恨を持って。

父の子供の頃の話しに思いの外、楽しい時間を過ごした。

そして当然のように、あの広い屋敷に泊めてもらう事になった。


「今度養い親の高城さんに、ご挨拶に伺ってもいいかのぉ?」


葵が寝る前に聞いた。


「はい。でも跡継ぎの話しは、しないでください」


「うん。もうせんよ」


「本当は大変な重責を担う事になって、申し訳なく思っているんです。だけど……」


「じゃったら、水樹君の子供に継いでもらおうかの?」


「僕はきっと結婚はしません。結婚というより、子供は作らない……僕は子供という存在が怖いんです。そしてその子に、愛情を注げない自分が怖い」


葵は水樹を直視した。


「そうかぁ……。僕も同じなんよ。本家の当主になって親父は僕を見直しての、今は普通の親子のようじゃけど……それまでは、蔑まれて育ったからのぉ。年も離れている所為か、親父から愛された記憶はないんじゃ……。おふくろに金は渡しとったけど、下に下に見てのぉ……酷い扱いだったんよ。だから、結婚は無理だと思うんよ。……と言っても、話したように跡継ぎ問題があってのぉ。今の僕の悩みなんよ」


「だったら、水穂の子供に……。あれはお父さんに認めて貰えなかったけど、お母さんとお墓を守ってくれているような子なんです」


「そう?そんじゃ、そうしようかのぉ」


葵はにこりと笑んだ。



広い屋敷の客間で克樹と水樹は、手を握って横になった。

小学生の頃から中学生までの間、憚りもせずにしていた事だったが、克樹の照れからする事がなくなったのは、中学のいつの事だったろうか……。

それを再び二人は、憚りもなく照れもなくいる。


「うちに連絡したか?」


「うん。明日新幹線に乗ったら連絡入れる」


「そっか……」


とうとう二人の時間は、終わりを告げる。

少しでも長く一緒に居たくて、新幹線にした。

こうして手を握り合っていたい。


「あとどのくらい神戸にいる?」


「うーん?今年一杯かなぁ?ちょっと北海道に行く仕事が入ってさ」


「えっ?どのくらい?」


「一年かなぁ?」


水樹は天井を見て黙った。

克樹が不安になるくらい、黙ってしまった。


「克樹見てよ……。あのシミ人間の顔みてぇ」


「どれ?」


「ほら……あれ」


水樹は人差し指でさして克樹に示すが、握り合った手は離さない。


「はぁ?見えねぇじゃん?」


「見えるよ」


「見えねぇよ」


「……克樹は芸術とか才能ないからなぁ」


「悪かったな」


克樹は口を尖らせて、天井を見入っている。


「成績は全然僕よりよかったけど、美術は僕の方が良かった」


「ああ……あと習字な」


「音楽も……折角毎月会えてんのにな」


「今の仕事は奥田の豪邸の例のだ」


「えっ?そうなの?」


「ああ……。だから、ある程度目処がついたら、早めに北海道の仕事を済ませて、東京に落ち着くつもりだ」


「マジで?」


「親父が元気な内に、せいぜい一緒に仕事をしておこうと思ってさ」


「そうだよ。おじさん喜ぶ」


「そうだな……」


水樹はとても嬉しそうに克樹を見たが、その視線を感じながら克樹は天井を見続けた。

最近の水樹との関係が、克樹の気持ちを変えていく。

それは克樹にとって幸せな事だろうか?それとも……。

だけど克樹の気持ちは、水樹に注がれ続ける。





《 思いのあとさきーその後……終 》

《 思いのあとさきーその先……に続きます 》

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思いのあとさき (BL) ーその後 婭麟 @a-rin

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