第25話
「ここが茂樹さんの部屋じゃけん」
葵は広い屋敷の、二階の一室に案内して言った。
市街地に在る藤沢の本家のお屋敷は、ひと際大きな屋敷と庭が広がり、土地の者ならば知らない者は居ないという旧家だ。
今だにそうなのだから、父や祖父の代はもっとだったろう。
「こんなに広い屋敷の、維持費だけでも大変でしょう?」
「そうなんよぉ。使用人はもうおらんのじゃが、この家の維持だけでも大変でのぉ。じゃが岡山市内や市外にはマンションやらあっての、そうそう広島とかにも先祖が残した会社もあるんよ。それでなんとかしとるんよ」
「奥田の所も真っ青だな」
克樹が呟いた。
「ほいじゃけん、おじいさんは茂樹さんをさらって行った、ナツさんが憎らしかったんよ。本家と分家は大違いじゃけん。分家の者の中には、財産を当てにしとるもんもおるんよ。跡継ぎの茂樹さんの嫁には、言いにくいんじゃが、ナツさんは認められんかったと思うんよ。何故したのか解らんのじゃが、大樹さんを悪者にして、茂樹さんとの事を認めさせようとしたその事で、ナツさんは家に入りとうて茂樹さんを誑かした、悪女となってしもうたんよ。僕の親父もそう言うとっての……」
「そうじゃなくて、純粋にただ認めて欲しかっただけですよね?」
克樹は言った。
「それはどうじゃろう?茂樹さんからいろいろ聞いていたら、捨てがたいもんだったかもしれんよ?僕は分家の五男でのぉ。親父が外に作った女の子供なんじゃ、名家とは無縁の育ち方したからのぉ、こんななんよ」
「外腹……ですか?」
「ああ……。親父が女を何人もこさえてのぉ、その中の子なんよ。僕はそれこそ、家の恥曝しみたいなもんなんよ。それも年老いてからの子じゃけん、親父の所ではなく、広島の母親の所で育ってのぉ。頭がまあまあだったんで、大阪の大学行っての大阪で就職したんよ。本家の伯父さんが、何故か僕に目を掛けてくれての、それこそ大出世で本家の跡取りになってのぉ、腹違いの兄には睨まれとるんよ」
葵はからからと笑って言った。
「それじゃ、水樹が来たのは、葵さんには都合悪くないんですか?水穂ちゃんの存在も?」
「そんなの無いよぉ。僕には過ぎた場所じゃ。何で茂樹さんの話ししたかと言うと、そういう経緯じゃけん、水樹君に跡を継いで欲しい思うての。伯父さんを許して跡を継いで欲しいんよ……まあできれば、あの田舎の畑を譲ってもらえたら、有り難いんじゃけど」
「おじいさんを許すも……僕はおじいさんを恨んでなんていません。それに僕は藤沢の名を捨てた子供です。跡継ぎなんて、口にするのも恥ずかしい。水穂は父に認めてもらえなかった子です、だからそんな考え持たないでしょう」
「そうか……」
「父もそれを考えて、水穂をあんなに認めなかった……。話し聞いて納得できました」
「そうか……そうかもしれんのぉ」
「…………」
「いずれ伯父さんが水樹に財産を譲ると、そう思っていたんじゃねー。その時君に相続させたかったんだね。大樹さんの、生まれ変わりみたいな君に……。だから酷な事だけど、認めんかった……そう思う。だから継いで欲しいんよ」
「だから、僕は欲しくない。父をあんなにした家名は欲しくないんです」
「うーん。困ったのぉ。養い親ともよく相談して、返事はゆっくりでいいんよ」
「いえ。だから克樹と来たんです。僕の気持ちは変わらない」
葵は困惑の色を隠せず、黙ってしまった。
「葵さん。水樹も叔父やおじいさんに負けずに、意固地な奴なんです。この話しは諦めてください」
克樹が間に入って言った。
「意固地かぁ……」
葵は吹き出して
「血筋なんじゃのぉ」
そう言うと部屋を出て行った。
「克樹が言ってくれると思ってた。高城さんはきっと言わない……僕のお父さんやお母さんに対する気持ちが、よく理解できないから……」
「できなくて当然だ。そんな哀れすぎる気持ちなんて、理解できなくて正解だ」
「僕はこの気持ちを、理解してくれる克樹がいてくれて、よかったと思ってる……そうじゃないと、憎しみだけになる……。あの時……お父さんが死んだ時、泣けない僕を怒った克樹がいたから、僕は素直に本当は好きなんだと認められた。お父さんもお母さんも、そしておじいさんも……」
「……そうか……」
克樹は胸が痛い。
一緒に風呂に入って、泣かない水樹の頭を洗ってやった。
わざと平気にする水樹を怒鳴れたのは、両親からも祖母からも、愛を受けて育ったからだ。
親を亡くして泣かないヤツはいないと、純粋に信じていたからだ。
そう若い克樹は思い、それはあながち違っていないと大人になっても思う。
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