第24話
翌朝葵は、山間の町を案内してくれた。
「こっちの山もあっちの山も、伯父さんの所の山なんよぉ」
「凄いですね」
「何の値もつかん山なんよ。そんでも筍や山菜は採れるんよ。そうそう松茸も……」
葵は楽しそうに説明してくれる。
「葵さん……。僕たちおじいさんの顔見たら、帰りますね」
「もう?ほうじゃ、もう一日延ばせんかいのぉ?」
葵は黙り込んだ水樹から、克樹に視線を移した。
「市街地のお屋敷に、連れて行くつもりなんよ」
「そんな……おじいさんに会えただけで充分なのに……」
水樹が首を振る。
「ほうじゃろうけど、茂樹さんの育った家を、見せたいんよぉ」
葵はここで栽培している作物を見せた。
「葵さんが作ってるんですか?」
「そうなんよ……農業してる人に聞き聞き、見よう見真似で作っとるんよ。昔は仰山小作人も居ったそうじゃけん、使っとらん土地が幾つもあるんよ。勿体ないから僕が少しやっとるんよ。意外じゃろう?」
葵は笑顔を見せると、腕まくりをした。
「ほれ、こんなに筋肉が付いとるじゃろう?」
筋肉の〝筋〟の字も無い腕を見せて笑った。
「週に何回かは市街地に行っとるんよ……ついでに、僕の親父に会って行って……ほんま会いたがっとるんよ。伯父さんにしても親父にしても、今更なんじゃけど……」
葵の申し訳なさげな表情が、本心だと語っている。
「どれ、収穫したら食事を済ませて、伯父さんの所に行こうかいの?」
葵は畑の中に入って、トマトやら胡瓜やら野菜を収穫した。
無論慣れない二人も、促されて手伝った。
手掛けた野菜は青々として、自分達の手で取ったと思うと食指が動いた。
午後から病院に行くと、祖父はベッドに半身を起こして、静かに窓から見える山を眺めていた。
昨日と違い、水樹が落ち着いた様子で傍らに腰掛けると、細くて小柄な祖父は、穏やかな表情で、たった一人の孫を見た。
「来たか?昨夜はよお眠れたかいのぉ?」
「はい……」
「そりゃ、よかった」
「今日これから市街地に行こう思うての、明日そのまま帰るそうじゃ」
葵が言うと、祖父は嬉しそうに水樹を見つめ
「ほうか?それはええのぉ。彼処は茂樹のもんも残しておるんよ」
優しく言った。
それを見て葵はニコニコ笑って
「克樹君ちょっと手伝って……今朝の野菜を、看護士さんに渡すの手伝って……」
がたいのいい克樹を伴って、部屋を出て行った。
「悪かったのぉ」
祖父が水樹を見つめて言った。
「お前の母親が憎くてのぉ。茂樹を唆した都会の女と言うだけで、許せんかったんよ……大樹の事を、あれこれ言うたのも許せんかったのよ。わしはのぉ、大樹が可愛ゆうてのぉ、生い先短い大樹は掌中の珠でのぉ。茂樹には可哀想な事をしてしもうたんよ」
祖父はそう言うと、溜め息を吐いて水樹を見た。
「すまんかったのぉ。お前には本当に悪い事をしたのぉ」
「僕はお父さんを恨んだ 事はないんです。確かに顧みられず淋しい思いをしたけど、お父さんは側に僕を置いてくれた。そしていろんな人が僕を大事に思ってくれた……それは、幸せな家庭に育った人にはない事だと、今なら思えるんです。お父さんは決して認める事が無かったけど、妹の水穂もいます」
「茂樹の子かいの?」
「はい。水穂は母親が一人で、愛情を与えて幸せに育てました」
「水穂というんかいの?」
「僕はおじいさんに、僕や水穂が大きく育った事を、伝えたくて来たんです。
「そうなんかぁ?もう一人おるんかぁ……」
「今度来る時は一緒に来ます。おじいさんさえ、許してくれたら」
「うん。待っとるよぉ」
祖父は昨日とは違って、泣きだしそうな表情を作って言った。
「はい。近い内に連れて来ますから、おじいさんも元気でいてください」
「うん……」
祖父は窓の外に潤んだ瞳を向け、つられて水樹もそちらに目を向けた。
今朝取り立ての野菜を両手に抱えた、克樹と葵の姿が閑静な田舎の風景と相まって、絵のように見えた。
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