第23話

「克樹起きてる?」


水樹は眠れなくて、ずっと仰向けになって天井を見つめていた。


「うん……?」


克樹も眠れないのだろう、同じ様に天井を見つめたまま返事をした。


父の実家は旧家というだけの事はあって、檜作りのこの家は居心地よくて落ち着けた。

この家の何処かで、大樹は寝起きしていた。

あのいつも無関心だった父が、思いを寄せていた兄とは、どんな人だったのだろう?


「大樹さんとお父さんって、そんな関係だったのかな?」


「どうかなぁ?母親に似ていて綺麗な兄……俺とお前との関係……って言ったら、お前どう取る?」


克樹は探りを入れる様に言う。答えは解っているのに……。


「僕はこの世の中に、いなかった人間になるのかなぁ?」


水樹は答えずに言った。


「なんだそれ?」


「お父さんとお母さんが、結婚してなかったら……」


「そんな事、皆んなそうだろう?だけど、誰もそんな事考えないと思うぜ。現に居るんだからさ。はたから見たら、俺だって水鈴に対して、愛情なんて無いに等しいだろ?だけど俺なりには、大事に思ってるつもりだし、この世の中で一番の女子になるわけよ。伯父さんがあそこまで関心の無い振りしていても、お前を手放さなかったのは……俺には解るっていうか……さっさとお前を捨てる事だってできたのに……一緒に死ぬ事だってできたのに……」


そう、ばあちゃんが家に連れて来た時、母美奈子に言った言葉を思い出す。


「こんな風でも、生きていてよかった」


と。おばあちゃんも母も、ナツさんが自分を捨てて行った腹いせに、水樹に対してこんな扱いをするのだろうと思っていたから、虐待をしなかった事に胸を撫で下ろしていた。

まさか、水樹の容姿にこれ程の思いがあったとは……。水樹にでは無く、己に憎悪があったとは思いもよらずに……。


水樹は涙を流して克樹を見つめた。

暗闇の中で浮かぶ水樹の瞳が、キラキラとして見える。


「俺に言わせるのは酷だぜ」


「ごめん」


「まあ、同じ事してる俺にしか、解らねぇだろうけど……」


克樹は半身を起こして水樹を見た。


「だから俺と来たんだろ?」


「まさか」


「まあ……明日にでも連絡入れておけよ。こっち来てから何回も連絡来てるだろう?」


水樹はじっと、克樹を見て黙っている。


「五月蝿いくらいピンピン鳴ってる……誰からなのか解る」


克樹は仰向けになって、再び天井を見た。


「お父さんやお母さんの事は、高城さんじゃ厭なんだ。克樹とじゃないと厭なんだ。一緒じゃないと不安なんだ……何故だろう?心配してくれるのは高城さんも一緒なのに、あんまり話したくないし知られたくない。それが失礼極まりないって解ってるけど、高城さんに厭な思いさせるの解ってるけど、絶対に入って来て欲しくない領域なんだ」


克樹は天井を見つめたまま、水樹の手を探って握った。


「あんまり可愛い事言うなよ。本気にするだろ?」


「本当だよ。血なのかな?克樹は僕にとって兎に角一番なんだ……。高城さんは人一倍の愛情と過分な贅沢を与えてくれるのに、克樹に与えてもらった優しさや親切の方が、僕の寂しかった心には忘れられないものなんだ……。あの細やかなあの時程の幸福感は、僕にはないんだ」


「そっかぁ?」


克樹は嬉しそうに笑うと、握った手に力を入れた。


「俺だって水樹が一番だよ……」


「克樹の一番はなんだかなぁ……」


「なに?」


「数えられない程の女性に、言ってるように聞こえる」


「言わねーよ、そんな事」


克樹はじっと天井を見つめたまま、水樹の手に絡めた手を胸元に乗せて、その内寝息を立て始めた。

その寝息のリズミカルな動きに、水樹も次第に睡魔が訪れ、知らぬ間に寝入ってしまった。

静かな克樹の寝息が一瞬止まり寝返りを打ったので、水樹は手を引かれて目を開けた。

それでも放そうとしない克樹から、ゆっくり静かに手を引いた。

傍らで気持ちよさげに眠る克樹を、注視しながら身を起こした。

子供の頃から見慣れたその顔を、そっと覗きたい衝動にかられて顔を近づける。


「……………」


スマホが明る過ぎる程に点滅して、そして直ぐに消えた。

水樹はスマホを手に取ると、音を憚かる様に部屋を出た。


「あっ、高城さん?直ぐに連絡しないでごめんなさい。心配しないで明後日には帰ります……」


水樹はその後、ジッと黙って高城の言葉を聞いている。


「帰る朝には連絡しますから……帰ったら話します」


頭を下げてスマホを握りしめた。



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