後編
目が覚めた時、水面に映る姿に俺は神を恨んだ。
今まで散々俺の願いを叶えてきたくせに、今回ばかりは何ひとつ願いを聞き入れてはくれなかったようだ。
俺はスラリとした刀身の見事な剣になっていた。
柄にはめ込まれた宝石や鞘の装飾から見てもただの剣ではなさそうだ。
周りをせわしなく走り回る鎧兵はホブゴブリンやオークで、またもや俺は人間の味方にはなれなかったようだ。
『おい、誰だ。こんなところに武器を放置した奴は?』
1匹が俺に気づいた。
だが、誰もソイツには気にかけず、あっちこっちへ走り回っている。
『それにしても見事なもんだな』
ソイツは俺を鞘から抜くと松明の火にかざしたり、振り回したりし始めた。
何だよ。
二度と傷つけなくて済むように願ったのに。
これじゃ、ちょっと掠めただけでも命取りだぞ。
『おい、そこで何してる。招集かかってるぞ』
仲間と思しきヤツらがワラワラと集まってきた。
『見ろよ。さっき拾ったんだ。カッコよくね?』
ソイツは俺を掲げると偉そうに胸をそらした。
『めちゃ強そうじゃん』
『ちょっと貸せよ』
他の連中も興味津々で俺を手に取り、振り回した。
皆、感嘆の息を漏らしたり賞賛の目を俺に向けてきた。
別に嬉しくはなかったが、こんなヤツらにも感情はあるんだな、とか変な気持ちになってしまった。
『なあ、あの岩斬ってみろよ』
俺を見つけたヤツは完全に調子づいていた。
オーケィ、オーケィと手を振ると俺を両手でガッチリと掴んで岩に向かって振り下ろした。
ガンーー
俺は岩にぶつかった。
だが、岩には傷ひとつつかなかった。
『……あれ?』
『勢いが足りねぇんだよ。貸せ』
今度は他のヤツが俺を岩に叩きつけた。
また同じ結果だった。
その後、何匹も試した。
結局、俺は折れもしなかったが、岩に傷がつくこともなかった。
『つまんねぇな』
拾ったヤツが俺を放り投げ、俺は再び誰かが見つけてくれるまでそこでジッとしていた。
静かな興奮が胸を高鳴らせていた。
神は俺の願いを叶えてくれたのだ。
誰も傷つけなくて済む武器生じんせいを用意していてくれたのだ。
だが、俺が斬れなかったのは岩だけではなかった。
***
『紙も切れないとは……吾輩のコレクションには加え難いな』
ドラキュラはやれやれと首を振ると去って行った。
俺の周りにはソイツが試した様々な厚みの紙がひしゃげて転がっていた。
色々な魔物に試されて、俺はようやく事態を把握した。
滅多に傷がつくことはないが、何も切れない剣。
なまくらどころの話ではなかった。
最初はそのことに喜びを感じてはいたが、何度も捨てられるうちに段々気分が沈んできた。
ーー「見掛け倒しのなまくら」
何度そう蔑まれて捨てられたことだろう。
それなのに、外見のせいで俺を拾うヤツは後を絶たず、その度に俺は使えないと罵倒され、捨てられた。
転生して鋼になっても、俺のメンタルは豆腐のままだった。
ポンコツと罵られる度、俺は人間だった頃の自分を思い出させられた。
学生の頃はドンくさいと馬鹿にされ、社会に出てもずっと「窓際族」と揶揄された。
飲み会の時、誰も俺の隣に座って話したがらなかった。
俺はそんな世界に嫌気が差していた。
借金まみれのアイツの連帯保証人になったのも、ヤケだった。
アイツにいつものように煽てられ、調子に乗った。
唆されているとどこかで分かっていたはずなのに、闇金に殴り込みに行って返り討ちに遭って殺された。
結局、転生したところで俺は何も変わってなどいなかったのだ。
いつもダンジョンの入り口で威張りくさってるだけのヤツの武器だった。
威張りくさっていたのはソイツだけじゃなかったのかもしれない。
転生する度に強くなった気がして俺も調子に乗っていたのだから。
こうしてあちこちに売り飛ばされるまで俺はこの世界の広さにすら気付けていなかった。
俺はガタンガタンと洞窟を走る馬車に揺られながら意を決した。
死のう。ここで。
神が俺を何度も転生させたのは、俺に己の浅はかさを教える為だったんだ。
充分思い知った。
もう良いだろう。
前に転生した時、「これが最後で良い」と願った。
もう次はないだろう。
ゆっくり眠ろう。
目の前では布がヒラヒラと揺れ、その度にポッカリと闇が口を開けていた。
まるで俺を呼んでいるみたいだった。
ちょうどその時、車輪が石に引っかかったのか、荷台が大きく揺れた。
ポーンと荷台から放り出された俺は洞窟の底に落ちていった。
***
その後の俺の記憶はない。
何せ、真っ暗だったし、正直言うと落ち続ける感覚というのはなかなかに気分が悪くなるものだからだ。
情けないことに俺は地面にぶつかる前に気を失っていた。
だから、目が覚めた時にまだ剣の姿でいたことに驚いた。
刃は勿論、柄の宝石にさえ傷ひとつ付いていなかった。
別に誰かが落ちてくる俺を掴んで拾ったとか、そういうわけではなさそうだ。
確かに俺は地底に到達していた。
地面から突き出した岩の亀裂にちょうど挟まるように。
よし。
ちょっと抜いてみるか。
フンヌオォォォォッ!
……と力んでみたものの、剣である俺が自分の意思で身体を動かせるわけがなかった。
そうだよな。
馬車から落ちたのも、元はと言えば運び屋が俺を雑に扱ったせいで半身がはみ出てる状態だったからな。
誰かー。
誰か、俺を引っ張ってくれー。
だが、別に誰かが居るわけでもない。
俺はもう少し頑張ってみることにした。
で。
時間がどれくらい経ったのかは知らない。
だが、一向に俺はここから出られそうになかった。
何故かは分からないが、声は出せるようになった。
洞窟に響く声は風呂場で歌う時と同じ感覚だった。
思いつく限り、俺は歌い続けた。
おニャン子クラブからQUEENまで。
喉が疲れることはないから、独りリサイタルは延々と続いた。
とにかくヒマすぎて頭がどうにかなりそうだったのだ。
カラオケで常に調子外れなタンバリンを叩いていたこの俺も、聴衆がいなければ気を遣う必要もない。
替え歌を作ったり、ボディパバージョンを作ったりしてそろそろレパートリーも尽きた頃、俺は次の遊びを考えていた。
その時、端の方で何かが動いた気がした。
お。ちょうどいい。おーい。そこの君。
『……ハヒッ?!』
小柄なゴブリンは声の主を探してキョロキョロしている。
ここだよ。ここ。
『け、剣が喋ってるぅ?!』
そんなに驚くことかね。ま、良いや。
君、俺を引っ張ってくれないか。
『わ、わ、私めが?!』
うん、そうだよ。君のほかに誰がいるのさ。
『私のような低級な魔物がそのような魔剣を引き抜くなど畏れ多いです!』
何を言ってるんだ、言いかけて俺は改めて状況を理解した。
どこから生えたのか分からん蔓が刃に巻きつき、遥か上から光が射し込んでいる。
しかも、元々外見だけは立派だった。
これなら伝説の魔剣と間違えてもしかたない。
……となると、打つ手はひとつだ。
俺は笑ってみせた。
よく気づいた、チビゴブリンよ。
『チ、チビ……!?』
俺こそが、数千年前に封印された選ばれた者のみが引き抜けるという伝説の魔剣なのだ!
『……』
ゴブリンはしばらくポカンと口を開けて俺を見ていた。
自分で「魔剣」とか言ってだんだん恥ずかしくなってきた。
ほら、早く何とか言えや。何とか。
『伝説の……魔剣……』
そ、そうそう! ほら、抜きたくなってきただろ?
『抜けば何でも願いが叶うという魔剣か……』
願いが叶うとは言ってないね、うん。
でも、抜きたいだろ? 抜いてみたくなったろ?
ゴブリンは恐る恐る柄に手を伸ばすと、ウンショと声をかけて引っ張った。
……
……おい。もうへばったのか。
『だって魔剣がそんなに簡単に抜けるわけないじゃないですかぁ!』
ゴブリンは泣き出すと走り去ってしまった。
何だよ……ようやくここを抜け出すチャンスだったのに。
しばらくすると、ソイツは仲間を連れて戻ってきた。
大きいヤツもいる。
『みんなで引っ張ればできると思うんだ!』
おぉ、やるではないか。
さっきのチビゴブリンは得意げに鼻をかいた。
結論から言おう。
ゴブリンが束になっても、俺は抜けなかった。
その後も色々なヤツが来た。
オーガ(角のある人型の魔物だ)、デュラハン(首がない騎士を呼ぶらしい)、サイクロプス(1つ目のデカいヤツのことだ)なんかも来た。
それでも俺は抜けなかった。
ソイツらが来る度に俺の噂に尾鰭がついていった。
数千年前に人間界を掌握した魔王ダグラスの魔剣が、その余りに凶悪な力によりこの洞窟に封印されたのだと。
俺、岩も斬れないんですケドネ!
それで、その剣を抜くことができた者には、その魔王と同じ威力の力と富、名声が与えるのだと。
俺、そんなに偉くないんですKEDONE!
誰も俺を抜けなかったから、皆、俺が手の届かないほど凄いものだと思い込もうとしたのだろう。
俺も別に否定はしなかったし、噂はどんどん広まっていった。
***
それからどれだけ時間が経ったのか、俺には分からない。
ただ、気付いた時にはこの洞窟に住んでいた魔物も居なくなり、俺は再び話し相手を失ってしまった。
この時に俺が何をしていたかは省略する。
何せ、暇すぎて暇すぎて記憶がないから。
でも、これだけは言っておく。
俺は遂にこの暇な生活から脱却することができたのだと。
誰かの足音が聞こえた時、俺は真っ先に声を上げた。
こっちだ! こっちに来い!
それを疑いもせず転がり込んで来たのは、ボロボロの身なりのガキだった。
『うわぁぁぁぁっ!』
何かに追われているのか、ソイツは後ろを振り返りながら叫んでいた。
早く! 俺を抜け!
迷うことなく柄を握ったソイツは、何の苦労もなく俺を引っ張り上げた。
ソイツに本当に力があったからなのか、ずっと放置されていたから岩が削れて抜きやすくなっていたのか、そんなことはどうでも良かった。
俺はようやく自由になった刀身に触れる空気を思う存分楽しんだ。
助かったぞ、礼を言う!
ソイツは初めて俺に気付いたようだった。
口を情けないほど大きく開けて目を見開いている。
『け、剣が喋ってるぅぅぅっ!?』
いつぞやのチビゴブリンと同じ反応だな、おい。
だが、ソイツは地面にへたり込み、その拍子に、指先を切ってしまった。
『あ、血……』
そんなにたいした量じゃなかったのに、指先から滴る鮮血を見た途端、ソイツはひっくり返ってしまった。
おい、しっかりしろ。大丈夫か?
剣だから身動きはできない。取り敢えず声を掛けてみたが、気を失っているようだった。
『居たぞ! ここだ!』
そう叫ぶ声と共に鎧を来たヤツらがやって来た。
『ギルフォード様の御命令だ。処分しろ!』
中でも高級そうな鎧に身を包んだ如何にも指揮官らしいヤツがガキを指差した。
咄嗟の判断だった。
気付いた時には俺は叫んでいた。
待て!
声の主を探して皆あちこちを見ている。
俺は構わず続けた。
コイツを殺すんじゃねぇ!
『我々魔王軍に指示をするならば姿を見せよ、無礼者!』
俺はここだよ、指揮官さん! 俺は剣なんだ!
ソイツはガキの足元に落ちてる俺に視線を止めた。
『物言う剣とは珍しい。何故止める?』
コイツは俺を抜いたんだぞ。
折角、この洞窟から出られるチャンスを奪う気か!
とは勿論言えない。
だから、俺はここで一芝居うつことにした。
フッフッフ……魔王軍だか、何だか知らないが、俺のことを知らないわけではあるまい?
『長官。聞いたことがございます。先々代ダグラス様のお使いになった剣。その斬れ味は天地を切り裂き、英知により言葉巧みに生きるものを思うままにしたという……これが伝説の魔剣では?』
部下の1人がタイミングよく俺の伝説うそを思い出してくれた。
よし、もうひと押しだな。
お前たちも知っていよう。
俺は選ばれし者に力を与える。
この者こそが、俺の選んだ……
『それならば一層殺さねばならぬ』
長官は剣を抜くと、俺の後ろでまだ伸びているガキに剣を向けた。
『ギルフォード様の妨げとなる者は排除するのみだ』
待て待て待て待て! 何でそうなるんだよ?!
ここは怖気づいて一旦引くところだろ?!
百歩譲って、コイツを殺るのは俺を洞窟の外に出してくれた後で良いだろ?!
チクショウ。
今、コイツに死なれたら俺はここから出られないままだ。
良いか。よく聞け、お前ら。
コイツは俺の主人だ。
コイツに手を出してみろ。
お前たちを一生呪ってやるぞ。
『黙れ、魔剣。お前は汚らしい人間の血が混じったコレではなく、ギルフォード様に捧げられるべきだ』
……何が汚らしいって?
『人間は我らが駆逐すべき下等種族だ。だからコレは名を授からなかった。名のない魔物などなまくらな剣ほどに役に立たぬわ。それに引き換えギルフォード様こそ、我らの理想の世界に相応し……』
おい。良い加減にしろよ、お前ら。
今まで散々侮蔑されてきた。
人間としての俺も、剣としての俺も。
それでもこれほどまでに怒りを感じたことはないかもしれない。
俺は勢いよく息を吸った。
口がないから、正確には吸ってないんだろうけど。
とにかくデカい声を出そうと思った。
喰らえ!
この絶対音痴の俺の唄ノイズを!
常にカラオケで全国最低点を取り続けた俺のセンス溢れる美声デスボイスを!
『な、何だ、この凄まじい音は?!』
俺が歌い出した途端、その場にいた全員が武器を放り出して耳を塞いだ。
これでも音を外してはいないつもりだから、ここまで「聞くに耐えない」という顔をされると少し傷つく。
このヤロー! 前世の恨みだ!
もうひと押しボリュームを上げた途端、全員が我先に逃げ出していった。
後に残ったのは、俺とまだ伸びているガキだった。
俺はソイツが起きるまで待った。
今まで独りでここに居て誰かを待っていた時間の方が長かったはずなのに、コイツが眼を覚ますまでが凄く長く感じられた。
『ん……あれ?』
起きたか、ガキンチョ。
『わっ!喋る剣だ……』
喋っちゃ悪いかよ。
それにあまり驚くなよ。また気絶するぞ。
『ま、また気絶しちゃったんだ……血を見るとダメなんだよね、ボクさ』
目を開けろ。もう止血してる。
……ったく。
お前、俺が居たから良かったものの……
『あーっ!』
な、何だよ?!
『ボク、兄さんの軍隊に追われてたんだ!』
追い払ったから安心しとけ。
『え、どうやって?』
ま、色々とあったんだよ。
ガキには知らなくて良いこともあるんだ。
『……そっか』
何で追われてた?
『ボク、魔王のオーイケーショーケンってのを持ってるみたいで。それで兄さんたちに追われてたんだ。でもね、ボクそんなの知らないよ。素っ裸になっても良い。持ってないもん、そんな剣』
いや。お前、剣じゃねぇよ、それ。
「王位継承権」だぞ。
おい、ガキ。1つ聞いてやる。
お前、魔王にならないか?
『え……今、何て言ったの?』
魔王になるつもりはないかって聞いてるんだよ。
ギルフォードだか、何だか知らないがお前らを殺そうとしてるヤツを全員はねのけて、お前が魔王になれ。
『ボクが?』
嫌ならここでのたれ死ねよ。
その前に俺だけはここから出して欲しいがな。
『……それは嫌だ』
そうか。じゃ、魔王になるんだな。
『で、でもボクは弱いんだよ……』
構わねえさ。
こんな見た目のせいで伝説の魔剣なんて呼ばれてるが、実のところ俺もただの棒だ。
『じゃあ、何でボクなんかにそんなこと言うのさ』
面白いだろ。
紙も切れない俺と魔王からほど遠い魔王候補のお前。
俺たちが武力を使わずにこの王位継承権争いを生き残ったら。魔界の覇者になったら。
『そ、そういうものかな……』
嫌なら別に良いぜ。
俺はただ暇つぶしになれば良いんだから。
お前が断るなら他の遊びでも考えるさ。
『ま、待って! ボクやるよ!』
そうか。よし、交渉成立だな。
それじゃ、まずは……
お前の名前を決めよう。
何かと便利だしな。
『名前……』
呼ばれたい名前はあるか?
『うーん。ボクみたいなのは名前なんてもらえないと思ってたから、どう呼ばれたいのか分からないや』
そう返すコイツに俺は生前の自分の名前をやった。
理由は特にない。
もしかしたら俺はコイツを通して俺の人生をやり直したかったのかもしれない。
今となってはそれも分からないが、その時は深く考えずに名前をつけた。
ここに、魔界一ポンコツ武器の俺と、魔王から最も遠い魔王候補の世界の覇者への快進撃が始まったのである。
転生したら魔界一のポンコツ武器になっていたんだが @oniki-alpha
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