転生したら魔界一のポンコツ武器になっていたんだが

@oniki-alpha

前編

後悔の多い人生だった。

いや、人生を語るには早過ぎるのかもしれない。

医療技術の向上のお陰で、年齢が3桁まで行くのが当たり前の時代に、その半分すら生きることなくこうして死んでいくのだから。


「おい、コルァッ! 聞いてんのか、ボケェッ!」


如何にも悪そうな面構えの、如何にもヤバそうな銃器を手にした奴が俺に蹴りを入れる。

散々タコ殴りにされてもう痛みは感じないが、止めてもらいたい。

腹の骨がメキメキいってる。

骨が音を立てるなんて、VRゲームの世界ならともかく、現実には有り得ないことだぞ。

耳元で鳴ってたチェーンソーの音にも良い加減慣れてきた。

それに付いてる俺の血を見るのも。

かつて俺の指だと思われたモノがソイツの靴底ですり潰されている。


あーあ、グロいなぁ。

もうちょいマシな生き方してりゃ、これが最後に見る景色にならなくて済んだのに。


「アニキ、コイツもう保ちませんよ?」


俺を蹴っていたヤツが振り返った。


「もう良い。埋めろ」


ボスっぽいスーツの男が返すと、屈強な男たちが俺を担ぎ上げた。

多分、担がれたんだと思う。

何せ視界がぼやけてもう分からなかったから。

そのままコンクリートらしきものの詰まったドラム缶に突っ込まれた。


海に投げ込まれたら、誰かがこれを見つけてくれるんだろうか。

まぁ無理だろうな。

親も死んだし、悲しむ人はもういない。

唯一の友人だと思ってたアイツは……ないな。

アイツのせいで、今、こんな目に遭ってんだから。

頭を押し込められ、鼻や口、あらゆる穴からドロドロしたものが流れ込んでくる。

恐らく俺が考えつく中でも最悪な死に方の1つだろう。


段々と静かになる世界の中で俺は誓った。

次に生まれる時はもっと長生きをしよう。

痛みと無縁で、こんな面倒に巻き込まれないような平和な人生を送ろうと。


***


ふと我に返った時、まだドラム缶の中に居るのかと思った。

相変わらず視界は暗いままだし、身動きも取れない。

でも呼吸はできている。

一体、どうなってるんだ?


そんなことを考えていると誰かに引っぱられたような気がした。

いや、引きずられていると言った方が正しいか……

ガリガリと地面を擦る音がする。

ブンと勢いもつけずに持ち上げられたところからすると、俺、軽くなってるのか?

宙に浮かび上がった瞬間、嫌な音が響いた。


『てぇいっ!』


遠くで聞こえる誰かの声も。


何故かは上手く言えないが、俺は悟った。

あ、やばい死ぬ、と。

遠のいていく意識の中でふと我に返った。

ちょっと待て。

なんだ今のは。

ついさっき目が覚めたばかりだぞ。

俺もコンクリートに何時間も浸かり続けて生きられると思うほど馬鹿じゃない。

せめて視界が明確になって自分の状況がもう少し分かれば……


『とぅりゃっ!』


ソイツの声がまた聞こえ、俺の意識は完全に途切れた。


***


しばらくすると俺は再び身動きの取れない何かに閉じ込められていた。

ポタンポタンと規則正しく水の落ちる音が聞こえる。

はぁ、これが鍾乳洞ってヤツか。

暗いけど意外に見えるもんだな。

遠くの松明のおかげか。


いやいや、松明っていつの時代だよ。

今はどんな僻地でもLEDライトの灯りが24時間ついてるんだぞ?

タイムスリップでもしたのか……?


そんなことを考えていると、俺は何かに引っ張られたような気がした。

いや、違う。

何かに掴まれて引きずられてるんだ。

さっきも体験したような感覚だなぁと思っていると、再び俺は宙に振り上げられた。

ユラユラと揺れる炎の向こうに誰かが浮かび上がる。


真紅のマントに身を包み、身の丈ほどもある剣と盾を持った少年……

何だ、ハロウィン?

勇者のコスプレか?

でも、ここ洞窟だよな?


『てぇいっ!』


そう叫んでソイツが剣を振り下ろしてきた。

うわ、ちょっと待て!

タンマ!

だが、元々身動きの取れない俺が避けられるわけもない。

それどころか、俺はその剣に当たりに行っていた。


『とぅりゃっ!』


少年の剣が再び振るわれ、俺は嫌な音を立てて「折れた」。


待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。「折れた」って何だ。

確かに視界的にも、感覚的にも折れたんだ。

俺は一体どうなってる?

てか、何で洞窟にいるんだよ。

チクショウ。

さっきよりは状況は分かってきたけど、また何も分からないうちに死んでいく。


あとちょっと。

あとちょっとで良い、神様。

もう少し状況を理解させてくれよ。


***


神様も優しいのか、何なのかは分からないが、俺は再び同じ状況に戻っていた。

何かに引きずられていくのを感じながら頭の中を整理する。


どうやら俺は変なループに入ってしまったらしい。

変なところに閉じ込められて、何かに引きずられて、よく分からんが、ガキの持つ剣にぶった斬られる。

斬られても痛くないってのが不思議だけど。

そこで俺の意識は飛んでまた元に戻る。

で、同じことの繰り返しだ。


ふわっと浮いた感覚を覚えた瞬間、俺は後ろに意識を向けた。

さっきのループのままなら、前にいるのはあのガキだ。

じゃあ、後ろは?


……?


はあぁぁぁっ?!

何じゃこれは?!

お前もハロウィンか?!


顔も身体も緑色に塗ったくって、禿げ上がった頭の真横にとんがった耳が生えている。

黄ばんだ犬歯もますます本物っぽい。

てか、もしかして本物……?

何だかよく分からない言葉を喋ってるようにも思える。


そこまで分析した俺はあることに気づいてしまった。

コイツが握ってんの、俺じゃね?

俺、棍棒じゃね?


『とぅりゃっ!』


そろそろ聞き飽きたガキの声がかかる。

俺は自分の身体が砕け散る音を聞きながら思った。


転生したんだ。俺。


不幸な目に遭って、異世界に転生して、すごい能力手にしたり、ハーレム生活ウハウハ楽しんだり、そういう展開ではなく……


何で、コレなのだ?!


相手はどう見ても装備レベル1、武器レベル1のガキだぞ?!

絶対にチュートリアル終わったばかりで、

「町も見飽きたし、ちょっとダンジョン行ってみよー」

的なノリだろ?!


その最初に出てくる雑魚の武器に転生するとか聞いたことがない。

強い能力の宿った武器とか、綺麗なお姉ちゃんに使われる武器とかならまだしも!


……というか、このことに気づくまでに何回もこのループをしてた自分に腹が立つ。

あぁ、こうして俺はまた死んでいく……

せめて次は、もうちょい長生きできますように。


***


再び目が覚めたとき、俺は思わず声を上げた。

おぉ、コレは!

今までとは違い、尖った刃がついている。

荒削りではあるものの、間違いない。

斧だ!

斧にグレードアップしたのだ!


俺を握る魔物の身体も今までのよりはがっしりしている。

ホブゴブリンだな。

俺はひとり納得した。

これならいける!


そう思った矢先、足音が聞こえてきた。


『うぉぉぉぉぉぉぉっ!』


剣を携えて走ってくるのは、如何にも勇者と思しき好青年イケメンだった。

今までのガキとは違い、武器も装備もそこそこのレベルはありそうだ。


だが、今回こそ俺には即死しない自信があった。


『てやっ!』


降りかかってきた剣をホブゴブリンは俺で勢いよく弾き返した。

おぉ!

初めて一撃で死ななかったぞ!


『こんの……っ!』


勇者の剣が再び俺にぶつかった。

フフン。無駄なのだよ、君。

何たって今の俺は頑丈さを備えた斧なのだから。

真正面からぶつかってきても……


『勇者様!』


『助太刀致す!』


そう言って誰かが飛び出してきた。

大きな三角帽子を被り、水晶をはめた杖を持つ女の子と、武器は何も持っていないが、屈強そうな大男。

パーティーか。

ホブゴブリンはソロで倒すには難しいからな。


『助太刀は無用だ!』


『ですが、勇者様!』


『そんなことより、お前たちはヒーラーを探せ! きっとまだ近くにいるはずだ!』


『ご自身の身の安全を第一に考えられよ!』


『うるせぇ! 俺に任せろって言ってんだろ?!』


回復役がいないのか。

なら、そんな内輪揉めしてる場合じゃないんじゃないか。

さっきまで突然増えた人間にまごついていたホブゴブリンも、そろそろ攻めることを決心したようだ。

斧を構え直して挑発するように俺を振り回している。

多分、魔物に人間の言葉は通じていないのだろう。

分かっていたら、ヒーラーが居ないと分かった時点で襲ってるもんな。


ホブゴブリンが一番近くにいた勇者に躍り掛かった。


『勇者様!』


魔法使いが叫んだ瞬間、俺に何かの粘液が降りかかった。

頑丈なはずだった刃先がこぼれていく。

え、俺、サビてない?


『全く』


別方向から現れた露出の多いお姉さんが手に持ってる瓶を振った。


『やはり、お前たちには私が必要だろう?』


『ヒーラー様!』


感嘆の声を上げる魔法使いの横で勇者は小さく舌打ちすると頭をかいた。


『べ、別に。お、お前のことなんか……』


『折角戻って来てやったのに、何だその言い草は!』


『お、俺は、別にお、お前に戻って来てほしいなんて思ってなかったんだからね!』


おい。

とんだツンデレ野郎だな、勇者。

幸い俺は錆びついただけでは死ななかったらしい。

とんだ茶番を見せられている。


『まあ、お二人ともそこまでになさってください!』


『うるさいぞ、魔法使い! 大体、お前が勇者と日夜ベッタリしているのが……』


『誤解ですわ! ヒーラー様! 私には既に将来を共にすることを誓った方がおりますもの!』


魔法使いは「ねー」と隣に立つ大男と視線を交わした。


クソ。どいつもこいつも……

おい、ホブゴブリン。

さっさと潰せ、このリア充どもを。

……て通じないか。

俺もコイツの言葉が分からないし。


だが、ホブゴブリンの方も痺れを切らしたのか、4人に向かって俺を振り下ろした。


ベキーー


嫌な音を立てて柄から俺が「折れた」。

あ、そっか。

木の方が腐敗するの早いもんな。


地面に落ちながら俺は思った。

マジで次に転生したら、コイツらをぶっ潰そうと。

このダンジョンに蔓延る悪のリア充臭を滅してやろうと。


コツは度重なる転生のおかげでもう分かっていた。

死に際に俺の願ったことが、次の人生に反映される。

常に魔物側の、しかも武器に転生してしまう点はこの際抜きにしよう。

とにかく俺がすべきは錆びない特性を持つことだ。


ループの中で変わるのは俺だけだ。

また生まれ変わった時に出会うパーティーは同じになるはずだ。

メンバーも、能力も、そこで交わされる痴話喧嘩も、リア充宣言も。

あ、これは流石に腹立つな。


次に生まれ変わった時、やはり俺はホブゴブリンの持つ斧に転生していた。

防錆性を身につけた後は、壊される度に魔法使いの炎への耐性や、大男の衝撃への耐性なんかもどんどん身につけていった。

あと、何かと便利になると思って魔物の言語を理解する能力も手に入れた。

ホブゴブリンと人間の両方の言語を理解できるようになったおかげで、RPGの世界をそのまま体験しているみたいで楽しかった。

まぁ、お互いに分かって話しているわけじゃないから、会話にはなってなかったけど。


だが、遂にあのごっついモーニングスターに転生した時、流石に調子に乗りすぎていたと反省した。

一発で勇者をノックアウトしてしまったからだ。

あの時の感覚は、恐らく今後何に転生してもつきまとうことになるだろう。


『回復が効かないだと?! 私のせいだ! 私が勝手に飛び出したから!』


血を流したまま微動だにしない勇者に泣きつくヒーラーは俺が見た中で一番見たくない彼女だった。

違うだろ、お姉さん。

あんたは颯爽と現れて俺に錆薬や、ありったけの毒をぶっ掛けるんだろ。


大男が慰めるように彼女の肩を叩いた。


『そんなこと言うなよ、ヒーラー。お前は勇者と魔法使いがデキてると勘違いしたんだろう? お前のせいじゃない』


『何言ってんのよ、大男! アンタはあたしのせいだって言いたいわけ?! あたしがあんな身勝手なバカと付き合えるわけないでしょ?!』


『でも、お前が昨日の夜に誤解させるようなことをしてたから……』


『ハンッ! あたしはアイツに火の操り方を教えてあげただけよ! そんなのも分からないわけ?! もう良い! アンタなんか別れる!』


止めろ。

お前たち、ここを出たら結婚するんだろ?

いつも手を繋いで言っていたじゃないか。

それに魔法使い、お前天然ゆるふわキャラじゃなかったのか。


『ハハハハッ! 勇者が我の一撃で倒れるとは! 人間など所詮、とるに取らない存在よ!』


高笑いするホブゴブリンの声が耳障りだった。

こんなつもりじゃなかった。


いつだってそうだ。

すぐ調子に乗って取り返しのつかないことをしてしまう。

だから人間の俺は死んだんじゃないか。


めちゃくちゃになったパーティーを尻目に俺はホブゴブリンに連れられてその場を後にした。


その後、俺が死ぬまでに少し時間がかかった。

色々なものに耐性をつけたせいで、すぐには死ねなかったのだ。


だが、武器の手入れをする習慣のないホブゴブリンのおかげで一度傷を負ってからは痛むのも早かった。

俺は身が粉砕される音を聞きながら願った。


どうか、次が最後の転生になりますように。

何も傷つけなくてすみますように。

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