BRAIN МADE
孔雀 凌
仮想は現実世界。脳は誰かの手によって操られている。
『彼の名は、根来 颯人。
二十五歳。
冴えない就職浪人生だ。
仕事が決まって一度は安定するも、長続きはせず入退社を繰り返し、自ら招いた苦労の日々に先行き不安な現実を抱えている。
昨日同様、彼は混雑する職業安定所内の受付で空席番号札を受け取ると、指定席へ向かう。
タッチペンで画面に触れ、検索を開始。
以前は、様々な条件付きで仕事を探していたが、近頃ではそれもしなくなっていた。
希望職種を幾つかに絞ると、プリンターで印刷し、相談窓口で紹介状を書いてもらう。
根来の日課だ……』
「ちょーっと、待った! そこのクズ野郎」
クズ? 誰のことだ。
間近で聴こえる罵りに、私は慌てて手元のシナリオを閉じる。
「お前だよ。そこの下手な語り手」
何処かの遊牧民かと見間違えそうな風体の漂う、紫色の長い衣を羽織った男が不機嫌そうに私を見つめていた。
彼は、私の返答も待たずに言葉を繋ぐ。
「駄目、駄目。そんな、在り来たりな展開じゃあ。聴いていて、呆れ返るね」
「君、何者だ」
「俺は、お前のつまらない語り調子を修正するために登場を許された、もう一人の語り手だ」
新たな語り手だって?
馬鹿なこと、有り得るはずがない。
物語の主人公を動かす源も、語り側である私の進行諸とも全て、この掌中にあるというのに。
「悪いが、何か勘違いでもしているんじゃないのか。君の居場所はここにはない」
私は一言吐いて、巧くかわしたつもりだったが、甘かった。
相手は更に食い下がってくるではないか。
「そんな悠長な事を言ってる暇があるのか? ほら、見てみ。自身の行動を判断しかねた主人公が戸惑い始めている」
不敵な笑みを浮かべる男に気を取られていた私は、彼の言葉に我に返り、二つの空間を結ぶフィルターを通して、世界を覗き込んだ。
語り手である私の指示を失った主要人物は、捌く心を失い、ただ足踏みを繰り返すだけだ。
「仮想は現実。彼等は、我々にとって一種のあやかしだ。また彼等にとって、我々の存在も幻影。しかし、我々の力がなければ奴等が身動く事は不可能。まあ、見てろ。俺が面白い展開に変えてやるから」
自信に満ち溢れた声で、彼は私の手元のシナリオを奪い取る。
「な、何をする! やめろ」
私は必死に抵抗したが、敢えなく無駄な行為と化してしまった。
もう一人の語り手と名乗る男がシナリオを読み始めると、消耗しきった電気的装置の如く、途方に暮れていた根来 颯人が動き出す。
『「すみません。これ、お返しします」
一度は受け取った番号札を受付嬢に渡した根来は、何かを想い出した様にいそいそと職業安定所を後にする。
どうやら、想うところあっての行動の様だ。
彼が行き着いた場所は、他でもない自宅。
自室の片隅に眠る、頑丈な造りである貯金箱の開口部に、根来は三年振りに指先をかけた。
錆びた音を起てて、金属性の箱が開かれる。
露になった額を、根来は指折り丁寧に数え始めた。
全て、小銭ばかりだ。
総額、八千六百円。
僅少の蓄えを懐に抱えて向かった先は、宝くじ売場。
根来はなけなしの銭を使い、一攫千金を狙って、賭けてみることにしたのだ。
決心は誤っていなかった。
根来の購入した数十枚の紙切れの内、一枚が見事に高額当選した。』
「どうだ? 我ながら、いい出来映えだと想うんだが。仲間に吹聴して回りたい気分だぜ」
彼は、したり顔で言うが、私にはしっくり来ない。
寧ろ、面白い展開だとは到底想えない。
在り来たりという言葉を、そのまま弾き返したい位だ。
だが、言ったところで無意味だろうから、止めておく。
「私の考えたシナリオ通りの方が地味だけど、現実味があると想うんだが」
小さく、自分を主張してみる。
「まあまあ。結果的には良かったんじゃね。主人公が満たされたんだから。まだ、続きがあるんだよ。いいか、聴いてろよ」
けれど、突如、その男は姿を消してしまった。
潔く、引き際を選択したのか。
いや、あれほどの被承認願望の強い男が、容易く引き下がることがあるのだろうか。
どちらにせよ、今、語り手の主導権は私にある。
彼が導いた都合の良い展開に、私が納得するはずはないのだ。
ここはとりあえず、主人公・根来の夢オチということで、結末を丸く収めようと想う。
「おやおや、語り手同士の主張が噛み合わず、対立してしまった様ですね。収集がつかないので、僕が一人を消去しました。そう。彼を登場させたのも、この僕。え、僕は誰かって? それは極秘です。あなたの物語は、気紛れな語り手によって日々、紡がれています。時に語り手は複数になり、展開を複雑に歪めてしまうこともあります。語り手が、脚本を完全放棄することもあるでしょう。そうなれば、登場人物達は永久に迷宮を彷徨うことになります。哀しい展開は極力、避けたいですね。さて、僕は温かい珈琲でも飲もうと想います。最近、シナモンを少しばかり足すのが自己流なんですよ」
完
BRAIN МADE 孔雀 凌 @kuroesumera
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