Enemy

床に伸びた警備員二人を部屋の隅にまとめて隠したセリザワは警備室に設置されているモニターを眺めていた。


今、サナダはサーバールームでThirdParentへのハッキングを行なっている最中だ。そして、そのサーバールームへ続く道を防いでいた金属扉は開かれ、クリストファーが何やらごっついパワードスーツを着て廊下に立っていた。


(あれは反則だろ...)


クリストファーのナイト装備を見るのは初めてだ。セリザワのナイト装備は身体能力をアップさせるロボットスーツと仮面だが、クリストファーのはもうほぼ小さな装甲車だ。あの装備はさすがにズルいと思うセリザワだった。面倒な応援が来てしまったら全部クリストファーに任せてしまおうと心に決めておく。


そんなことを考えていると、一つのモニターに武装した警備員達の姿が映った。


急いでモニターの番号を確認してみると、その警備員達はやはりサナダ達がいるサーバールームの方へ移動している最中だ。


セリザワは脳内通信で扉を守るクリストファーに連絡を取ることにした。情報共有はとても大事な仕事だ。だが、あの警備員達が来たところで装甲車には敵わないだろう。少々警備員達に哀れみを抱いてしまうが、自分のところに来るよりはマシだ。


『こちら十三番目、武装した警備隊が接近中。数は7人』

『すこし予定より時間がかかってたな... これからが本番だ サナダのハッキングが完了するまで俺たちで持ちこたえるぞ 応援の数が増員されるからな』

『了解した』


脳内通信が切れる。


モニターでクリストファーを確認すると、パワードスーツをワキワキと動かしてウォーキングアップをし始めている。


(どうなるか見ものだな...)


あんな装甲車のようなものに殴られたら例え武装しているとはいえ、警備員が束になってかかっても勝敗は明白だ。そんなことは分かりきってはいるのだが、モニターに映る光景を見逃すわけにはいかない。セリザワは内心これから始まる戦闘を楽しみにしていた。


そのとき、


「やはりここにいましたか...案外仕事が早いですね 嫉妬してしまいますよ」


モニターを見ていたセリザワの背後からどこか聞いた事のある男の声が聞こえてきた。


予想外の出来事にハッとなり、後ろを振り向くと


黄緑色のスタッフ用制服を着た30代くらいの金髪男性が立っていた。ハンサムな顔立ちをしている。ここで働くスタッフに知り合いはいない...はず。元カノに会ってしまったのは例外ということにしているが。


しかしながらセリザワはその男の顔を知っていた。


そう、少し前にセリザワが35Fのスタッフルームに入り制服を盗んだ後、部屋を退出しようとしたときに話しかけてきたスタッフだった。


あのときはそこまで印象のある顔ではなかったが、一応マークしておいたスタッフだったのでなんとか気づくことができたのだ。ただ、何故一般スタッフがこんな警備室なんかに来たのだろうか。それに今、発言した内容がしっくりこない。まるでここのスタッフではないかのような言い回しだ。


セリザワの中で一気に不安が押し寄せてきた。


(もしかしてあのとき笑ったと思っていたのは気のせいではなかったのか!?)


もしそうであるなら、この男は本当にスタッフではないのかもしれない。で、ないとしたら...


「貴様 何者だ?」


セリザワは仮面をつけたまま男に話しかけた。音声変換装置が仮面についているのでスタッフルームに入ったときの声とは違う。同一人物と気づかれてなければいいが。


「私ですか? そうですねえ 私はただのスタッフですよ」

「そうか では何しに来た? ここは警備室だ お前のようなスタッフが来るような場所ではないぞ」

「っっくくっ ああ失礼 可笑しなことを仰るものですから... あなたのような不審者に言われるとは想像もできなくて まあいい 答えましょう。 敢えて言うなら... 今日は休みなんですけど、ロッカーに忘れ物していたので取りに来たんですよお」


(なっ!? こいつ!? スタッフルームで俺が言い訳したときと同じことを!)


確定だ。こいつはただのスタッフではない。それに仮面をしているセリザワの素顔を見抜いている。


(こいつは何としてでも倒しておかねば!)


セリザワは尚も警備室のドアの前で不気味に微笑んでいる男を確実に殴り飛ばすため拳を握り、足に力を込める。


そして、セリザワは地面を思いっきり蹴り飛ばし一気に男の間合い付近まで距離を詰めた。腕のリーチが届くほどの距離まで近づくとロボットアームの補助を借り、思いっきり男の肺がある胸目掛けて拳を突き出した。


だが、セリザワの動きと同時に男がバックステップをして身を後ろに引き、右手で腰からものすごい速さで拳銃を取り出してきた。


拳銃の銃口の先にはサイレンサーが取り付けられている。


慌てたセリザワだったが動いてしまった体の流れには逆らわず、拳を男に喰らわせるためそのまま突き出した。


パスンッ! 


カンッ!


男がガンマンのような銃さばきで一瞬にして射出した弾丸は殴りかかろうとしたセリザワの胸に衝突した。


しかし、セリザワが着ていたロボットスーツがその弾を弾く。


と同時にセリザワの拳もバックステップで後ろに下がった男の前の空気を切った。


(クッソ! すんでのところで躱しただと!? このまま距離をおくのはマズすぎる あの拳銃をどうにかしなくては...)


空振りに終わったが、距離を取られ銃で攻撃されることを恐れたセリザワは男に接近しパンチを連打することに切り替えた。


ウォーン!ウォーン!ウォーン!ウォーン!ウォーン!ウォーン!ウォーン!


ロボットアームの稼動音がセリザワの繰り出すパンチと共に警備室に響く。


だが、一向にパンチが当たることもなく男はその全てを華麗な身のこなしで躱していった。


「原始的な戦いですな... 面白みに欠けるというもの」


退屈そうな顔をした男がセリザワのパンチを躱し、警備室に置かれていたデスクの上に飛び移ると拳銃をセリザワの仮面に向け、



パスンッ! 

カンッ!

パスンッ! 

カンッ!

パスンッ! 

カンッ!


立て続けに引き金を三回引いた。


顔をロボットアームでガードし、セリザワは弾丸を防ぐ。


『セリザワ君 一応仮面も防弾仕様だから気にしなくていいんだぞ』


緊張した場面に突如、脳内に力の抜けた博士の声が届いた。


『博士! 今はそんなことを話している場合じゃないんだ!』

『わかってるとも それなんだがな、ロボットスーツの方は前の実験を踏まえてアップデートしてみたんだ。両太ももにある突起があるだろう? それを外してみてくれ』


色々言いたいことはあるが、反論している余裕もないのでセリザワは博士の言う通りにロボットスーツの太もも部分にあった突起を外してみた。


ガチャっと音を立てて太ももから外れたのは扇子に似た細長い金属の塊。


『Activate BladeDroneでそいつは起動する 羽の部分が鋭い刃になっていてな、それを操ってあいつを––––––』

「Activate BladeDrone!」


両手に握った細長い金属の塊が扇子の容量で左右に開きだした。8枚もの鋭いナイフのような羽が姿を現す。


そして、セリザワが羽の開かれたドローンを前にいる男目掛けて空中に放り出すと、


ヴウィーンと空気を切り裂く音を立てて2機のドローンが空中でホバリングを開始した。高速で回転するナイフのような羽に当たったら間違いなく指くらいは切り落とせるだろう。


「ほほう また物騒なおもちゃを出してくれましたね これでこそ面白みのあるファイトができるというもの」

「随分余裕そうだな」

「これが私の個性ですので」


深々とお辞儀をする男。


(そのむかつく態度を改めさせてやろう!)


意識を2機のドローンに集中させ、男の拳銃を持つ右手と頭に目標を設定し移動させる。


すると、ドローンが動き出したことを察した男はすぐさまデスクの上からバク宙をし、空中で体を回転させると後方の床へと着地した。


(なっ!?)


先ほどまでデスクの上にいた空間を2機のドローンが通過し、鋭い羽をお見舞いするべく尚もドローンは目標へと接近し始める。


その間にも男は目にも留まらぬ速さで拳銃のカートリッジを抜き、新しい弾薬を追加して照準を迫り来るドローンに合わせていた。


パスンッ!

カキーンッ!

パスンッ!

カキーンッ!


正確にドローンに発射された弾丸であったが、高速で回転する金属の羽に当たった弾丸は破壊することなく弾かれる。


「予想以上に丈夫ですな!」


焦っているのか興奮しているのか、はたまた両方ではないかとも取れる反応をした男は右手に握った拳銃を腰にしまい、着ていた黄緑色のスタッフ制服の上着を脱ぎ出す。


そして、上着の裾の端と端を両手で握った男は飛んできたドローンよりもわずかに上に向かって上着を宙に放り投げ、勢いよく覆い被した。


ビリビリと上着が引き裂かれていくが、2機のドローンは速度を殺されて上着の中で暴れまくる。その瞬間を狙ってか再び拳銃を腰から取り出し、上着の上からドローンの羽が回転する軸目掛けてパスンッ!パスンッ!と弾丸が撃ち込まれると、


ドローンの動きが止まった。


「ふー 危ないところでした」


一連の動作で多少ドローンの羽が当たったのか男の腕からは数箇所から血が流れていた。だがそれでも表情一つ変えることなく涼しい顔をしてセリザワの方へと歩み寄ってくる。


『あれま...こいつ強いぞセリザワ君!』

『邪魔だ 博士』


「貴様...何者だ?」

「また同じ質問とは...センスがありませんな ではあなたの方からお願いします」

「...ナイトだ」

「とても抽象的な...わかりにくいですねえ まあ私も人のこと言えませんが...私はハンドレッドとでも名乗りましょうか」

「ふむ ハンドレッドよ ここには何をしにきた?」

「そんなこと言う奴はいませんよっ」


パスンッ!

カンッ!


「話の最中に人に発砲するもんじゃない」

「これは失敬 ですが人ねえ あなたは本当に人なんですかな?」

「当たり前だ」

「いえ 違います 我々以外は人ではありません 故にあなたを殺しても罪にはならない」

「我々か 案外、情報を漏らすのが得意らしいな」

「そうですね あなた方とは秘密を作っても意味があまりないですからねえ それに全てを隠す政府のようなやり方の真似事では面白くありません」

「なるほど」

「ええ おっと そろそろ時間です 楽しい時間と言うのはどうもすぐに過ぎ去ってしまいますねえ 悲しいものです ですがここら辺でさようなら」

「そのまま帰す訳がなかろう」


後ろ歩きで警備室のドアまで下がったハンドレッドがセリザワを見たままドアを開けた。


その瞬間を狙いセリザワはロボットスーツのパワーを使ってハンドレッドの元までジャンプし、拳を握った。


(逃すわけないだろ ここで殴ってから終了だ)


「また会いましょうよ」


セリザワはハンドレッドとの距離を詰めるがハンドレッドは微笑んだまま抵抗する素振りを見せない。


(どういうことだ? 何もしない訳な–––––)


プシューッ!


まさにセリザワの拳がハンドレッドの左頬に当たろうかとした時、


ハンドレッドが右手から取り出した細長い缶のような物体から気体をセリザワに向けて発射した。


急激に力が抜け、意識が遠のいていく。ハンドレッドにお見舞いする予定だった拳は軽い音を立ててドアにコツンと当たった程度だった。


(催眠スプレーか...)


どさりと床に倒れたセリザワの姿を見守ったハンドレッドは警備室から出て行った。

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仮面の王 ~KING OF MASK~ アカサタ七斗 @akasatananato

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