十一番目のナイト

46F警備室。


「マスダさん これからお手洗いついでに自販機に寄っていこうと思うんですがなんか飲みます?」

「え? あー じゃあ缶コーヒー一つ頼む ブラックで」

「了解でーす」


普段と変わらずに警備室に備え付けられた計10台のモニターに映るサーバールームの映像をボーッと見ていたマスダは二つ年下の同僚の声に内心驚きながらも平静を保った感じの雰囲気を醸し出していた。


何もない日が今日ももうすぐ終わる。繰り返される退屈な日々が。また明日つまらない仕事が待っているだけだが。


しかし、そんなマスダの平和ボケした考えはトイレに行ったはずの同僚の声で一瞬に消されていく。


「なんだ君は!? ここは立ち入り禁止だぞ!」


警備室の扉のすぐ先から聞こえた同僚の声に反射的に椅子から飛び降りたマスダは腰につけた警棒に手をかけたまま扉へと走って向かった。


「どうした!? ....なんだ お前は?」


警備室の扉を開けるとそこには廊下に倒れた同僚の姿が、そしてその側にはWの模様がついた仮面を被り、茶色のローブを纏って、体にはなにやら所々に光る装置を身につけた不審者が立っていた。


マスダは直感的に感じた。


こいつはただの不審者ではないと。倒れている同僚も普通の一般人に負けるほどやわではないからだ。負けた原因はおそらく不審者が右手に持っているスタンガンだろう。あれを食らってはさすがに気絶する。


そして、ふとつい最近のニュースが頭を過ぎった。


”リンク社役員を狙ったロボットスーツを着たスナイパー UCASTの追跡を掻い潜り依然逃亡中”というニュースを。


もしかして今、目の前にいるのはそいつなのではないだろうか。まさかとは思いたいが、それでも体に装着されているものを見ると否定できない。いつも持ち歩いている携帯デバイスでニュースを流し読みしているが、マスダが興味あるのは芸能と金融のニュースだ。事件は特に興味がないので記事のタイトルだけを読んで飛ばしてしまった。あのときちゃんと読んでいればと今になって後悔しはじめる。


「くそっ 警報を...」


自分で対処するよりもまずは応援を呼ぼうと肩に付けていた無線機に手を伸ばした時、


既にスタンガンがマスダの脇腹に接触していた。


そしてバットで思いっ切り殴られたような衝撃が脇腹に走り、マスダは気絶した。














『こちら十三番目、警備室は占領完了 偽装工作も終わり準備オーケーだ』

『了解した では今からサーバールームの金属扉を開ける 十二番目準備しておいてくれ』

『こっちは準備万全よ 装備も装着済み』


脳内通信をし終えるとクリストファーは早速金属扉を開ける準備に取り掛かった。


彼がいるのはThirdParentを管理するサーバールームに通じる金属扉前。警備員に成り済まし、既に配置に付いていた。目の前にある金属扉は厚さ4.6メートルもある鉄の重厚な扉だ。中にあるサーバールームを守るだけの役割を果たすには丁度いいドアと言えるだろう。無論この扉は人間一人がどうあがこうとびくともしない設計で作られている。故に多少普通の男性よりは筋肉量のあるクリストファーと言えどもこじ開けることは不可能だ。


この扉の厄介な特徴はただ分厚いだけではない。分厚い扉の枠には何層にも飛び出る鋼の突起が付いており、そのすべてがコンピュータ制御によりランダムに射出される。一般の鍵穴のような決まった解除法を使うことさえできないのだ。これぞまさに鉄壁の扉。


だが、あらゆる機械を操作するBMD能力者、そして十一番目のナイトの前ではその意味を成さない。


「Activate "Blue Buffalo" & Follow Me! そしてその間に...Turn Off Main Power!」


次の瞬間、


バチンッ!という音が聞こえたと同時に天井に備え付けられていた蛍光灯が消えた。一瞬にして先ほどまで白く照らされていた空間が闇に落ちる。


数秒の静けさがあたりを包んだ頃、


クリストファーがいる金属扉へと続く廊下からガシャガシャと何やら乗り物が移動してくるような機械音が響き渡ってきた。


そしてその乗り物がクリストファーの元まで迫ると、そこで停止する。


「暗いところにいるとこいつの個性が活きないな... まあ仕方ないか」


クリストファーが暗闇にも関わらず、正確に乗り物の前まで歩いていくとその乗り物が再度音を立て始めた。


暗闇のなかでまたガチャガチャと音が鳴り響く。


「よっし! 装着完了 いくぞ"Blue Buffalo" !こんな扉すぐに開けてやろう」


乗り物のヘッドライトから強烈な光が照らし出され、金属扉が闇の中から姿を表す。


扉の位置を確認したクリストファー兼乗り物は金属扉を掴み、そして軽々とまるで木製の扉を開けるように開け放った。


「そろそろかな...」


6秒後、再び蛍光灯の明かりが復活し、闇が消えた。


すると、そこには開け放たれた金属扉の前に全身ゴツゴツした鋼のフルプレートに包まれたクリストファーが立っていた。


"Blue Buffalo" は十一番目のナイト、クリストファーのナイト装備であり、歩く装甲車という異名を持つ。その名の通り青を基調としたカラーリングがされていて、モビルスーツと言える代物だ。"Blue Buffalo" の人間の腕に似たアームが出す馬力は自動車とは比べ物にならないパワーを誇っており、もしアーム部分に搭載されている博士オリジナル開発のモーターを電気自動車に付け替えることができたらおそらくその電気自動車は水の上をハイドロプレーニング現象を利用して走れるほどの馬力を持つと言われている。


『十二番目 扉は開いたぞ 後は頼んだ』

『もう少しでそっちに着くわ』


"Blue Buffalo" の怪力で開くことができた金属扉だが、その怪力だけではあの鍵穴がランダムに変わるシステムを打ち砕くことは出来ない。それ故クリストファーはナイト装備の"Blue Buffalo" が倉庫室から自動歩行モードでスタッフ用階段を通じてクリストファーの元に来る間にこの未来の宝ビルディングに通じている全ての電力網を一時遮断したのだ。大元の電流供給システムにハッキングするのも悪くはなかったが、それをすると色々厄介なので、今回クリストファーは各階に設置されている非常用ブレーカーを操作した。最重要機密を管理するドアがブレーカーという安易な機能に繋げられていたのはこのビルの欠陥とも言えるだろう。培養施設に掛かる莫大な電力の埋め合わせの波が非常用ブレーカーという形になってしまったのだ。


もちろん非常用ブレーカーは簡単にスタッフが切り替えられるような場所には存在していない。外部の電力会社がクラウド管理をしている。電力会社独自のネットワークを築き、そこで電力調整を行なっているのだが、BMD能力者にとってはハードの方のブレーカーよりも容易く操作することができてしまうのだ。


ここまででほとんどのクリストファーの仕事は終わった。


あとはサナダが中に入り、ThirdParentの情報をハッキングしている間に新人のセリザワと共にサナダを守るだけだ。


正直言ってクリストファーはサナダ一人でも今回の任務は達成できるような気がしていた。


博士はナイト同士の連携と新人のセリザワの訓練を兼ねてこの形式にしたのだろう。それには納得がいっている。しかし連携にあたって不安な要素があった。


それはサナダだ。


セリザワがナイトメンバーになる前から共にサナダと働いていたクリストファーだったが、ここのところサナダの様子がおかしいのだ。


言動が以前よりも攻撃的になっている。特にわかりやすいのが話し方だ。前は博士に対しても敬語で話していたはずのサナダであったが、最近はタメ口だ。


クリストファーは既に感づいている。


これは明らかにサナダにもセリザワ同様にソフトフェアがインストールされていると。記憶までは失われていないが、ほぼ確実にそうだ。これが事実だとすると、サナダは二回人体実験をされていることになる。特に体に影響は出ないはずだが、何度もソフトウェアを頭の中にインストールされたらいずれはめちゃくちゃになってしまう。そこのところがとても心配なのだ。


特にサナダはクリストファー同様に遺伝子改造人間である。ナイトのメンバーはサナダ、クリストファー、セリザワ以外は全員が純人間で構成されている。初めて遺伝子改造人間であるクリストファーがナイトに選ばれたときは見えないところで反発があったようだ。博士も顔には出さないが遺伝子改造人間に対する接し方が純人間とは異なり雑である。


もし、サナダが遺伝子改造人間であるが故に利用されているとしたら同じ改造人間としても考えなくてはならない。


そんなサナダに対する不安をよそに、天井からゴソゴソと小動物が歩き回るような鈍い足音が聞こえてきた。


すると、ガコんっという音と共に天井に取り付けられていた換気口の蛇腹の枠が外され、中から全身黒ずくめの人間がニョッキと出てきた。


「おい サナダ 俺がいるとはいえ、もう少し音を立てないで侵入することはできないのか?」


地面に着地した忍者はバランスを整え終えると、クリストファーの方を向いた。


「ずっとあのダクト中をそろそろと這って移動するの疲れるのよね... それに映画と違って所々通れない隙間があるからさあ レーザーでカットしてると余計にね」

「はいよ ドア開けたからとっとと中に入ってくれ さすがに電力を一時落としたから確認に警備の連中が来るだろうし」

「わかってるわよ その間あんたたちで守ってよね 二人もいるんだから」

「了解 行って来い」

「おおせのままにー」


忍者の格好をしたサナダが金属扉の内側へと消えていった。


サナダの忍者のようなナイト装備は"Laser Ninjya"という名前だ。サナダ自身は特に名前にこだわりがないので命名したのはクリストファーは自身なのだが。サナダはクリストファーと違って無詠唱が可能だ。故に命令言語を発する必要がないので自身のナイト装備を確定させる固有名詞はいらないのかもしれないが、クリストファー的にはロマンがない。忍者の背中に装備された万能スティックはハッキングを助けるだけでなく、レーザーカッターが搭載されているためどんなに硬い物でも容易くバターのようにカットできる。最強の剣と言っても良いだろう。クリストファーは密かに博士にかけあってレーザーを"Blue Buffalo" に搭載させてもらえるように交渉している最中だ。


サナダがサーバールームに入ってからおよそ3分後、


クリストファーにセリザワから脳内通信が入った。


『こちら十三番目、武装した警備隊が接近中。数は7人』

『すこし予定より時間がかかってたな... これからが本番だ サナダのハッキングが完了するまで俺たちで持ちこたえるぞ 応援の数が増員されるからな』

『了解した』


クリストファーはこれからここに到着する警備隊に準備をするため"Blue Buffalo" のアームと足を動かし、ウォーミングアップを開始した。


「さあ サナダのナイトとして頑張るぜ!」

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